[往復書簡]国籍のゆらぎ、たしかなわたし【第三期】|第6回|空白を埋めるためにできること(サヘル・ローズ)|サヘル・ローズ+木下理仁

[往復書簡]国籍のゆらぎ、たしかなわたし【第三期】 サヘル・ローズ+木下理仁 じぶんの国籍とどうつきあっていけばいいだろう。 「わたし」と「国籍」の関係のあり方を対話のなかから考える。

自分の国籍とどうつきあっていけばいいだろう。 「わたし」と「国籍」の関係のあり方を対話のなかから考える。

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[往復書簡/第三期]第6回
空白を埋めるためにできること
サヘル・ローズ


木下兄さんへ
こんにちは。お元気ですか?

今回も胸を打たれるお手紙に感謝いたします。
心の中を言葉にして紡ぐのはエネルギーがいるから。
兄さんも、いっぱい苦しんでて
たくさんの闇も抱えているからこそ、言葉に魂があるんですね。

思いをこうして共有してもらえて「知ること」ができて、本当によかった。
ね、このお手紙にもう、終わりがきてしまうのが寂しいです。

始まりがあるように、ちゃんと終わりもやってくる。
わかってはいますが、寂しい。
それだけあっという間に年月が流れていく。

何かを、指先からこぼれ落としてしまいそうで
何かを、背後に置き去りにしていそうで
それでも「生きていく」という選択をしつづけている自分がいます。

幸せ? って本当にシンプルで美しい響きなのに
なぜか純粋に「幸せだよ」といいきれない自分がいます。
なんでかな?

木下兄さんのお手紙を読んでうなずいた。
うなずきすぎて首が痛いぐらい(笑)。

私も同じでね、
いまはありがたいことに衣食住もあって
木下兄さんや多くの優しい出会いがある。
本来は「幸せです」と言いきらないといけない。
でもね、世界中で起きていることが報道されるたびに心が疲弊する。

自分さえ幸せであればいいのか?
自分さえ安全であればいいのか?

違う。
幸せは自分自身だけのものではない。
幸せは他者の笑顔からあふれてくる。
そう、幸せには「相手」が必要。

コロナで感染の恐ろしさも学んだ。
ただ、感染は感染でも、「ウイルス」ではなく
「笑顔」や「共存」のよい感染があればいいの。

子どもみたいなことをいってごめんなさい。

なぜ、人間同士はこんなにも残酷になれるの。
なぜ、人間がこんなにも暴君になれるの。

「戦争」を始めるのは「人間」
「戦争」を終わらせる「  」

ここの空白に入る「人間」がいない。
そしてどんどん悪者を作りだす世界になりつつある。

正義か? 悪者か?
それで解決するものでもない。
はじめることは簡単なことだからこそ、
「何を始めるかが重要」。

私は戦争をはじめる人間がいるのなら
なぜ、「平和」をはじめる人間はいないのか、といつも考えています。
永遠の課題であり、誰にも答えようのない難題。

──戦争は双方が「平和」のために戦っている。

この言葉を知人から聞いたときにハッとした。

──平和のために戦う。

彼らは彼らの正義と平和を見すえている。

難しいよね。
この感覚の違いは「訂正」できるものでもない。
人間が存在するかぎり、この「ズレ」は永遠に生じていく。

そう思うと、
木下兄さんと同じように私は永遠に
心からの「幸せ」を感じられないのかな。

コロナ以降、海外へもいけず、
大事なサポートをしている子どもたちに
愛しいクルドのご一家にも会えない。

定期的に連絡を取りあい、話をしていくと
ふとしたときに、受話器の向こう側で涙を流しているのがわかる。

──どうして生まれたときから、不平等の世界にとされたんだろう。

──強く生きるようにしている、頑張るから、私負けない。

と、話をしてくれる。

私は言葉に詰まってしまう。
なんて言えばいいの。

結局、何も言えずにただただ、うなずく。
「わかるよ」とも言えない。
なぜなら、本当の痛みは当事者にしかわからない。

それでもできることがあると信じて
私は個人的な活動を続けていると思うんだ。

できるところから、できる人が、一歩ずつ始めていく。
何かをしたい気持ちに、大小や、遅い・早いもない。
何かをできる権利も選択も、幸いにも私たちには残されている。

私の選択は「おせっかい」という「幸せ」の貯金箱。
そう思ってね、いろんな活動をしていくなかで
今年、力を入れてるのが、「思い出」をプレゼントすること。
まずは3月下旬に主催したアートイベント、
そこには児童養護施設にいた方々や職員さん、里親さんなどを招待。

ゼロからなにかを始めるって本当に大変でね(涙)。
でも、プロのカメラマンの仲間を呼んで
スチール写真や動画を撮っていただき編集をして、
「思い出」を、参加してくれたみんなへプレゼントしました。

じつはね
思い出が記憶のなかで山積みになっていく方もいれば
思い出を作れずにいる方も世の中にはいます。

もちろん、
強制的に思い出を作ろう! という趣旨ではないからね(汗)。
ただただイベントをとおして、
「人」と「ひと」が出会う機会を作りたいんだ。

ちゃんと「アナタを思っている、アナタを見ているよ」ということを知ってほしい。
「独りじゃないよ」をお節介しているさっちゃんです。

でね、兄さん!
このまえ、愛しい仲間たちに協力してもらって
「おせっかい食卓」も開催したんだ。

みんなでペルシャ料理を作りながら
子どもたちや大人たちと話をしていて
笑って泣いて、濃厚な日だった。

参加してくれた皆様や手伝ってくれた仲間たちから
「幸せな時間だった、ありがとう」と
メッセージをたくさんいただけたときに
「あっ、これだ、幸せはみんなと作っていけるものなんだ!」
と、なんだかね、
「幸せのレシピ」を見つけた気持ち。

このレシピを得られるまでが
本当に長い旅路だったけれど、
自分ができることを始めようって思い
歩み出した「一歩」があったからこそ
いまがあるんだ。

じつは、
この幸せのレシピを片手に
次回は11月に「第2回 おせっかい食卓」を開催する予定。
11月は仮放免の方々をご招待して
温かい栄養満点の手料理を届けるつもりでね、
しかも、「さへる畑」の仲間たちと!

さへる畑は大事な相棒が作ってくれたファンサイト?
とは違うけれど、わかりやすくいうとファンサイト。
応援してくださっている皆さんが入ってくれているので
ファンの方々で間違いはないのだけど、
ほかのファンサイトとは違う点があってね、
さへる畑は「何かをしたい」と思ってくれている方が入会してくれています。

正直、あんまり自分の活動を話したり、見せたりするのは苦手です。
個人で、コツコツとやっていたのです、いままでは。
でも、素敵な相棒の言葉に背中を押されたんです。

──みんな、何かをしたいと思ってても、何をどうしたらいいかがわからない。だからこそ活動をちゃんと共有して、サヘルの姿をぜんぶ見せたほうが、じつは何かをしたい人びとに勇気とチャンスを与えられる。
こんなやり方があるのか、これでいいんだってロールモデルが作れます。

と、真っ直ぐな眼差しで教えてくれた相棒(ハッシー)に深く感謝しています。
ありがとうね。

そこから自分の目指すものを明確にしたときに
「平和」は自分の中から生まれてくるし、
「幸せ」は相手との関係から生まれてくるから、
その種まきを多くの人びとにも経験してもらいたい!
仲間がどんどん増えていけば、
自然と大きな力に変わっていくはず!

急に革命家みたいなテンションでごめんなさい。
熱い思いを胸に、さへる畑のメンバー「ハタメン」と11月に挑みます。

心配なことも、不安もあります。
でも重要なのは、自分のできることをていねいにやり抜く。
そう思ったら、
私は「幸せ」を毎日いただいていたよ。

このお手紙もそうだ。
兄さんとの対話のなかにも大きな刺激と学びを得てるから。

ね、兄さん。
出会ってくれて、ありがとうございます。
生きててくれて、もっとありがとうございます。

感謝を込めて はぐはぐ

P.S. 木下さん『TAKOトーク来てくれるかなぁ??』
   サヘル 『いいとも―――――!!』

 

サヘル・ローズ(さへる・ろーず)
俳優。1985年イラン生まれ。8歳で来日。日本語を小学校の校長先生から学ぶ。舞台『恭しき娼婦』では主演を務め、主演映画『冷たい床』では、ミラノ国際映画祭で最優秀主演女優賞を受賞するなど、映画や舞台・俳優としても活動の幅を広げている。また、第9回若者力大賞を受賞。国際人権団体NGOの「すべての子どもに家庭(かてい)を」の活動では親善大使を務めた。個人的にも支援活動を続け、公私にわたる福祉活動が評価され、2020年にはアメリカで人権活動家賞も受賞。今後も、世界に目を向け活動していくことが目標。