保護者の疑問にヤナギサワ事務主査が答えます。|第21回|健康保険証のコピーっている?|栁澤靖明

保護者の疑問にヤナギサワ事務主査が答えます。 栁澤靖明 学校にあふれるナゾの活動、お金のかかるあれこれ⋯⋯「それ、必要なの?」に現役学校事務職員が答えます。

学校にあふれるナゾの活動、お金のかかるあれこれ⋯⋯、「それ、必要なの?」に現役学校事務職員が答えます。

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第21回
健康保険証のコピーっている?

 

 みなさん、こんにちは。社会保険労務士に転職したヤナギサワでございます。公務員時代の経験を生かして受験してみました──というのは冗談ですが、公務員経験者はその職務経験におうじて試験の一部が免除されます。たとえば、今月のテーマである健康保険証の取り扱いは社労士マターの仕事であり、学校では事務職員がその一部を担当しています。そのため、あるていどの知識が備わっていることから、健康保険法という科目が免除されます。

 事務職員と社労士の関係じゃなくて、知りたいのは保険証についての疑問ですよね。それは、宿泊行事のような校外活動に関係があります。とくに宿泊行事では前回「第20回 修学旅行っていくらかかるの?」でも説明したように説明会がありますね。そこで「保険証のコピーを提出」と求められたことはありませんか? 一定の学校では、宿泊行事中に病院へ行くかもしれないという想定から保険証のコピーを収集します。まれに日帰りでも同様にしていると聞いたことがあります。みなさんの学校ではどうですか? 

 今回は、「保険証の収集」、その意義と効果、リスクについて検討してみたいと思います。


♪ いっしょにLet’s think about it. ♪


 みなさんは、学校から保険証のコピー提出を求められたらどう感じますか? とくに金銭的な負担があるわけではないし、それほど気にならないかもしれません。でも、自宅にパソコンやプリンターがない場合は、コンビニまで行かなくてはならないし、負担だと思います。コンビニなら1枚10円かかりますしね。

 その昔、コピー機が一般的ではなかった時代は、なんと現物を集めていました。さらに、そのころの保険証は家族で1枚でしたから、校外行事中に子どもが怪我や病気になるかもしれないという、それなりに低確率の事態を心配し、家族全員が共用している保険証を集めていたわけです。しかも、当日集めていたわけではありません。1週間くらいまえから集めて、学校に保管されていました。ちょっと非常事態に備えすぎた異常事態です。

 保険証には、相当な個人情報が載っています。保護者側からしたら子どもに知られたくない情報(親子の姓が違うなど)がオープンになってしまったり、学校側でも保険証を保管したり、持ち歩いたりする(養護教諭が全員分を持参など)リスクもあります。後者では、万一にも紛失したら参加者全員分の個人情報が流出することになりますからね。相当なリスクです。コピーだとしても同様ですが、現物であるならば情報流出の事故(リスク)に加えて、再発行という手続きの負担(リスク)も重ねて家庭に負わせることになります。

 それでは、学校が保険証を収集しなければならない理由を考えてみましょう。まず、日帰り遠足の場合を考えてみます。たとえば、アスレチックで大はしゃぎし、落下して頭部を強打⋯⋯。これなら、救急車案件ですよね。当然、保護者にも連絡をして保険証を持ってきてもらいます。そのため、収集は不要です。逆に、切り傷や打撲程度なら応急処置ができるため現地の病院には行きませんね。この場合も不要です。少し考えただけでは、日帰り遠足で保険証が必要なパターンは思いつきません。

これくらい何も書いてなければ、預かってもいいかも?

 

 つぎに、宿泊の場合です。日帰りにくらべれば、心配は多いかもしれません。それでも、救急車案件なら保護者を呼びますし、軽症なら養護教諭が対応できます。その中間案件として、39度の高熱が出た場合──そんなときは病院に行くかもしれませんね。ただ、日本の医療機関は親切です。健康保険未加入者は診察しない! ということはありませんから、保険証の有無はそんなに関係ありません。ここで問題になるのは、費用です。

 保険証を提示した場合、医療費の窓口負担は3割です。そう、保険証があれば、たとえコピーでも番号などの情報がわかるので3割負担ですみます。それが、保険証を提示できずに10割となれば金額は大きくなります。引率している教員や校長が立て替えなくてはなりませんが、緊急手術が必要になった場合、その医療費は何十万円にもなるでしょう。

 しかし、その場合でも、支払いが必要なタイミングには、ほぼ保護者が到着しているでしょう。保護者を呼ぶまでもなく、現地で病院にかかり、翌日には通常の行程で活動することができるていどの病院案件なら、多くても数千円程度でしょう。それを10割負担したとしても1万円前後です。何人ものおとなが引率している状況でそんなにあわてるような額ではないと思います。

 引率者が立て替えることじたいを問題視するなら、「医療費立替金」として事前に数万円を引率責任者などに持たせるという方法はどうでしょうか? 教育委員会の制度にもよりますが、資金前渡金を使い、後日清算という対応も可能かもしれません。

 どうでしょうか? 相当なリスクを背負いこんで、保険証を収集・保管、そして持ち歩くことに大きな意義があると思えますか? ほとんどの学校では「ずっとそうだったから」という例年踏襲による継承行為です。今回の内容を参考にしていただき、説明会などで学校に問いかけていただけると幸いです。この連載で何度も申し上げていますが、学校は保護者からの意見に敏感であり、それをきっかけとして変わることができる組織です。むしろ、それがないと変わることができないといっても過言ではないかもしれません。

 だれにとってもメリットが少なく、リスクが大きいこの〈保険証収集問題〉を解決に近づけませんか?

 

栁澤靖明(やなぎさわ・やすあき)
埼玉県の小学校(7年)と中学校(13年)に事務職員として勤務。「事務職員の仕事を事務室の外へ開き、教育社会問題の解決に教育事務領域から寄与する」をモットーに、教職員・保護者・子ども・地域、そして現代社会へ情報を発信。研究関心は、家庭の教育費負担・修学支援制度。具体的には、「教育の機会均等と無償性」「子どもの権利」「PTA活動」などをライフワークとして研究している。「隠れ教育費」研究室・チーフディレクター。おもな著書に『学校徴収金は絶対に減らせます。』(学事出版、2019年)、『本当の学校事務の話をしよう』(太郎次郎社エディタス、2016年、日本教育事務学会「学術研究賞」)、共著に『隠れ教育費』(太郎次郎社エディタス、2019年、日本教育事務学会「研究奨励賞」)など。