保護者の疑問にヤナギサワ事務主査が答えます。|第45回|算数セットは「セット」じゃなきゃダメ?|栁澤靖明
第45回
算数セットは「セット」じゃなきゃダメ?
9月ですし、45回目だから⋯⋯関係ないけど「算数セット」いきましょうか。
『本当の学校事務の話をしよう』(4刷・好評発売中!)を書いた2016年ころは、「教材といったら算数セット」って表現できるくらい有名な教材でした。あれから10年弱が経過した現在ではどうでしょうか?
10年前、わが子は小学生で、算数セットをもっていました。使わなくなった時点で処分しましたが、学校に寄付するっていう選択肢もあったのかも。さらにむかし、30年前のわたしが小学生のころは、算数セットバリバリ時代だったとわが母は語ります。いまでも実家に帰ると後生大事に⋯⋯いや、捨てられないタイプなだけでしょうが、2セットの存在を確認しています(わたしと弟のぶん)。
ちなみにアルトリコーダーも2本発見し、それはわが子が使っています。親子二世代で使用中。ぜひ、次世代にも引き継いでほしいですね(笑)。
それでは、いろいろな思い出が詰まった算数セットを解剖していきましょう。
♪ いっしょにLet’s think about it. ♪
算数セットとは「算数の授業で理解を助けるために使われる補助教材のセット」、と定義しておきましょう。
具体的には、時計(時計の概念を理解させる)、ブロック(くり上がり、くり下がりの理解を助ける)、計算カード(足し算・引き算の習熟)、かぞえ棒(100までの数を数える)、おはじき(数の概念や足し算・引き算の理解を助ける)、数カード(数字を覚える)などがあり、メーカーや学校によってセット内容が変わってきます。ついでに価格もバラバラですが、一般的には3,000円前後でしょうか。
小学校入学と同時に、各家庭に斡旋購入させる場合が多いです。メーカーによっては6年間使える方法を示していますが、多くの場合は小学1年生でしか使わないため、双子以外なら兄弟姉妹で使いまわしが可能になっています(わたしと弟は2歳差なんですが、2セットあったということは3年生でも使っていたということかも?!)。私費ではなく、公費で購入して入学祝に教育委員会が寄贈している事例もあります(東京都港区ウェブサイト、「小学校の算数セットについて」という区民の声も載っています)。
また、算数セットといえば、「記名の試練」ですね。時計はひとつ、ブロックなら少量ですが、計算カードやおはじきになると量も増え、かぞえ棒にもなれば100を超します。しかも米粒ほどの部分に名前を書くわけで⋯⋯総量600~800箇所に及ぶ「隠れ教育労働」ともいえますね。名前シールを受注生産している業者も多いですし、名前スタンプを作ってしまう保護者もいるそうです。
そのうち、体操着に名前を刺繍するようなノリで、算数セットにも名前がプレプリントされていくのでしょうか⋯⋯いや、メーカーさん聞かなかったことにしてください! それこそ本体価格を底上げしてしまう提案でした。
話を戻して、最近は算数セットを知らないひとも出てきました。『隠れ教育費』(3刷・好評発売中!)で提案した〈セットじゃなくバラ〉が定着してきたんでしょうか。たとえば、ブロックと計算カード、時計だけで1,400円程度の〈算数[小]セット〉にしたり、時計やブロックなどは学校備品にして消耗が激しい計算カードだけ私費で買ってもらったりするパターンです。いちおう個別の価格を確認すると、時計(350円程度)、ブロック(700円程度)、計算カード(350円程度)、かぞえ棒(500円程度)、おはじき(400円程度)、数カード(400円程度)です。
先に紹介した港区民の声に「入学時に支給して頂く算数セットを学校の備品にして頂きたいです」という意見があり、その理由を5点あげています。「授業ではあまり使わなかった様で、ピカピカのまま家に戻ってきた」「私自身も港区の小学校出身で、当時も算数セットはあまり使わなかった」「まだキレイで使えるのに、捨てるのがもったいない(備品になるなら寄付したい)」「学期ごとに持ち帰る荷物が多い」「パーツ全てに名前を書く労力が無駄だと思う」──どれも保護者としてはもっともな意見ですよね。
わたしも同感です。入学祝として家庭にプレゼントするなら、学校の備品として現物支給したほうがいいと思います。毎年すべてを買い替える必要もないので、ランニングコスト的にもお得です。
もっといえば、その分の予算を学校へ配当し、学校の裁量で必要な教材を購入するのがベストです。算数セットを購入するでもいいし、「あまり使わなかった様」にもみられているなら、別のもの(裁縫セットでも、ドリルでもワークでも⋯⋯)のほうが有用性は高いでしょうし、税金も効果的に使っていると考えられます。
しかし、そうなると多くひとにとっては「無償ならなんでもいいじゃん」、となりそうです。ここで考えてほしいことは、算数セットを公費で配付することで算数セットを使用しなければならない印象を与えることです。教育委員会による学校裁量の制限ともいえなくもないです(このあたりは、第42回「補助教材って、どうやって決めているの?」を復習してみてください)。
同じような事例として、ランドセルを入学祝としている教育委員会もあります。これも、ランドセルをあげたんだからランドセルで通学してね! という保護者や学校裁量の制限にもなりそうですね。
今回取り上げた「港区民の声」のように、「学校の『当たり前』を問い直す」声をあげていくことで、変わっていくこともあるでしょう。そう、「学校の『当たり前』を問い直す」(朝日新聞デジタル)──「地道に伝え続けることで、少しでも隠れ教育費の問題についての理解が広がってほしい」と「隠れ教育費」研究室一同、考えています。
栁澤靖明(やなぎさわ・やすあき)
埼玉県の小学校(7年)と中学校(13年)に事務職員として勤務。「事務職員の仕事を事務室の外へ開き、教育社会問題の解決に教育事務領域から寄与する」をモットーに、教職員・保護者・子ども・地域、そして現代社会へ情報を発信。研究関心は、家庭の教育費負担・修学支援制度。具体的には、「教育の機会均等と無償性」「子どもの権利」「PTA活動」などをライフワークとして研究している。「隠れ教育費」研究室・チーフディレクター。おもな著書に『事務だよりの教科書』『学校事務職員の基礎知識』『学校徴収金は絶対に減らせます。』(学事出版、2019年)、『本当の学校事務の話をしよう』(太郎次郎社エディタス、日本教育事務学会「学術研究賞」)、共著に『教師の自腹』(東洋館出版社)、『隠れ教育費』(太郎次郎社エディタス、日本教育事務学会「研究奨励賞」)など。