[往復書簡]国籍のゆらぎ、たしかなわたし【第二期】|第1回|思い込みがひっくり返るって、楽しい!(木下理仁)|サンドラ・へフェリン+木下理仁
[往復書簡/第二期]第1回
思い込みがひっくり返るって、楽しい!
木下理仁
サンドラ・ヘフェリンさんへ
こんにちは。お元気ですか。サンドラさんとこの「往復書簡」のやりとりをさせていただけることになって、とてもうれしいです。何年かまえ、サンドラさんがお書きになった『ハーフが美人なんて妄想ですから!!──困った「純ジャパ」との闘いの日々』(中公新書ラクレ)や『ニッポン在住ハーフな私の切実で笑える100のモンダイ』(メディアファクトリー)を読んで、とてもおもしろかったので、いつかどこかでごいっしょできるといいなぁと思っていました。
このあいだ、上記の2冊をあらためて読んでみました。やっぱりおもしろかったです! 『ハーフな私の100のモンダイ』は漫画になっているので、笑いながらあっというまに読めてしまいますし、『ハーフが美人なんて妄想ですから!!』のほうは、あらためて読んでみると、笑えるだけでなく、とくに後半、「ハーフ」にかかわる真面目な問題についてもいろいろと考えさせられますね。
サンドラさんの本に出てくるエピソードが笑えるのは、「純ジャパ」(ハーフではない、フツーの日本人)の思い込みの激しさ、そして、外国人、とくに欧米人、とくに白人に対するコンプレックスが背景にあって、見る角度を変えることによって、そのおかしさが露わになるからなんでしょうね。
パリ、パリジェンヌといえば「おしゃれ」、ニューヨーク、ニューヨーカーといえば「カッコいい!」、みたいなステレオタイプは、多くの「日本人」のなかにありそうです。
そういえば、『フランス人は10着しか服を持たない』(大和書房)という本がベストセラーになったこともありましたね。おしゃれなはずのフランス人がなぜ?…という、「日本人」の思い込みを逆手にとったタイトルですね。これがフランス人ではなく別の国の「〇〇人は10着しか服を持たない」だったら、まったく違った意味に受け取られていたかもしれません。
「〇〇人って、こんなタイプ」というイメージは、すべての人に当てはまるわけではない、かならずしもそうとはかぎらない、というのは、ちょっと考えればだれでもわかることですが、何かきっかけがないと、意外にそれが崩せないこともあるようです。
サンドラさんの本は、そういった「思い込み」を、笑いをまじえながらひっくり返してくれるので、とても楽しくて素敵だなと思います。
人の「思い込み」をひっくり返すって、おもしろいですよね。と同時に、自分の「思い込み」がひっくり返されたときにも、ちょっとした快感を覚えたりもします。
ぼくは、おもに教育の場で仕事をするファシリテーターとして、「思い込み」を問うワークショップをいろいろやってきましたが、その手法のひとつに「ちがいのちがい」というのがあります。世の中にあるいろんな「ちがい」について、それが「あってもよいちがい」か「なくすべきちがい」かを話し合うワークショップです。
たとえば、「エスカレーターに乗るとき、東京では左側に立つ人が多いが、大阪では右側に立つ人が多い」というカードを見て、この「ちがい」について参加者どうしで議論するわけです。
「どちらか一方に決めたほうが、混乱が生じなくていい」という人もいれば、「それぞれの地域でルールとして定着しているなら、それでいいじゃないか」という人もいますが、そのうち、「どちらかの手に障害のある人は、決まった側に立てと言われるとベルトにつかまれないので困ってしまうことがある」「そもそもエスカレーターを歩いて上り下りすることがおかしい。急いでいるなら階段を駆け上がれ」という意見も出てきたりします。
またさらに、「いつからエスカレーターを歩く人が増えたのだろう? なぜだろう?」「自分は止まっていたいのに、後ろから来る人に気をつかって歩くことがある。なんだかもやもやする」と話が広がっていくこともあります。
この「ちがいのちがい」のカードを、「文化」をテーマに、日本の学校や自治体などで交流事業に携わる外国人の人たちといっしょに作ったことがあります。
「中学校の高橋先生は、日本人の生徒の名前を呼ぶとき苗字に『さん付け』で呼ぶが、アメリカから来たメアリーさんのことは『メアリー』と呼ぶ」
「勤務時間中、佐藤さんは仕事がなくても忙しいふりをしているが、オーストラリアから来たジョンソンさんは、仕事のないときには読書をする」
「順子さんの職場では3時になると女子社員が課の全員にお茶を入れるが、同じ職場の外国人女子社員は、その仕事を免除されている」
などのカードのアイデアが生まれました。
そういう「ちがい」をめぐって、いろいろと面白い議論ができそうな気がします。「日本人」のおかしな「思い込み」や前例踏襲に疑問をもたない姿勢、コミュニケーション不足など、いろいろな課題が浮き彫りになりそうです。
「目から鱗が落ちる」という言葉がありますが、そんな対話をきっかけに、「外国人」や「ハーフ」に対する思い込みが、ぽろっと落ちるといいなと思います。なにごとによらず、「そうとは限らない(かもしれない)」という視点をもって見るって、大事なことですよね。
サンドラさんなら、どんな「カード」を作りますか?
先週、サンドラさんの新しい本『なぜ外国人女性は前髪を作らないのか』(中央公論新社)を買いました。読んだらまたお便りしたいと思います。
今年の夏も暑くなりそうです。元気でお過ごしください。
木下理仁(きのした・よしひと)
ファシリテーター/コーディネーター。かながわ開発教育センター(K-DEC)理事・事務局長、東海大学教養学部国際学科非常勤講師。1980年代の終わりに青年海外協力隊の活動でスリランカへ。帰国後、かながわ国際交流財団で16年間、国際交流のイベントや講座の企画・運営を担当。その後、東京外国語大学・国際理解教育専門員、逗子市の市民協働コーディネーターなどを経て、現職。神奈川県を中心に、学校、市民講座、教員研修、自治体職員研修などで「多文化共生」「国際協力」「まちづくり」をテーマにワークショップを行っている。1961年生まれ。趣味は落語。著書に『国籍の?(ハテナ)がわかる本』(太郎次郎社エディタス)など。