きらわれ虫の真実│第4回│クラゲ──脱力系の漂う傘│谷本雄治

きらわれ虫の真実 谷本雄治 大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

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第4回
クラゲ──脱力系の漂う傘


クラゲ。いつか見た映画の宇宙船に似ているような
クラゲ。いつか見た映画の宇宙船に似ているような

【虫の履歴書】クラゲは昆虫ではないが、広い意味での「虫」にふくまれる刺胞動物の一員。分類上は刺胞、つまり毒針を持つことがクラゲの条件となる。ゼリー状のからだにちなみ、英語圏では魚でもないのに「ジェリーフィッシュ」と呼ぶ。日本沿岸だけで200種を超し、毒の強いものは危険生物として警戒される。


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 ——クラゲはいいよなあ。なーんにも考えずに、ぷかぷか浮いているだけで。

 そう思う人が増えたのか、ちょっとしたクラゲブームだ。「癒される」「ミステリアスで宇宙にいる気分」とベタぼめで、クラゲを売りものにした水族館はなにかと話題になる。

クラゲが1匹、クラゲが2匹、クラゲが……、とても数えきれないけれど、見ているだけで癒される

クラゲが1匹、クラゲが2匹、クラゲが……、とても数えきれないけれど、見ているだけで癒される

ここが海中? 宇宙空間にしか見えないんですけど

ここが海中? 宇宙空間にしか見えないんですけど

ミズクラゲ水中の舞いでござーい! 音楽まで聞こえるようで、見ていて飽きませぬ

ミズクラゲ水中の舞いでござーい! 音楽まで聞こえるようで、見ていて飽きませぬ

「海月」「水母」「水月」などいくつかの漢字表記をするが、そもそもの名前は「暗げ」だという説がある。「クラゲには目がない。だから、真っ暗な世界しか見えていないのだろう」というのがその根拠らしい。

 じっさいには、目がある。ヒトにあってクラゲにないのは骨であり、脳であり、心臓だ。ついでにいえば、手もあしもない。それでも傘のかたちを変えて水の流れをつくり、たゆたうごとく、移動する。

骨もないのに泳げるのは、傘で水の流れを起こすからなんだって。それって、スゴくない?

骨もないのに泳げるのは、傘で水の流れを起こすからなんだって。それって、スゴくない?

 脳がないなら、指示命令系統はどうなの? マジメな会社人間はそんな疑問をもつが、心配はいらない。クラゲのからだには散在神経というものがあって、神経が刺激されると反射的に動くという。

 人間だって突然の刺激には、イテテとかアチチッと反応する。だから脳なんて、なくてもいいのかもしれない。

 骨はなくても、化石は見つかる。からだの95%は水分だが、残る5%の成分がそれを可能にする。浜辺で砂泥に混じって乾ききり、ン万年後にはクラゲ化石の一丁上がりだ。

からだのほとんどが水分なのに化石が見つかる。砂や泥に混じって乾燥するからなんだって。でも時間はかかるよなあ

からだのほとんどが水分なのに化石が見つかる。砂や泥に混じって乾燥するからなんだって。でも時間はかかるよなあ

 クラゲの一生はなんとも、めまぐるしい。受精卵は数時間でプラヌラという幼生になり、繊毛を使って泳ぐ。その数時間から数日後には、ポリプに変身だ。触手やくちが識別できるようになり、親戚筋のイソギンチャクに似て、岩にくっついた生活を送る。

 そんなポリプが皿を重ねたようなかたちになると、ストロビラと呼ばれる。皿がはがれて独立すれば、花びらみたいなエフィラとして泳ぎだす。それが無事に育ってやっと、触手やあしのごとき口腕こうわんの発達したクラゲになる。なかには飛び級のごとく、プラヌラからいっきにエフィラになる例もある。

 盆過ぎに目立つのは、この時期、異形の幼生時代を経て「クラゲ」の姿になり、海水温が20〜30度で活動しやすいからだとか。姿が見えなくても長い触手に触れる可能性はじゅうぶんにあるから、遭遇する確率は交通事故より高いかもしれない。

 しかも数センチにちぎれた触手でさえ激痛を与えることが、実験からわかっている。その結果、アンドンクラゲやハブクラゲ、カツオノエボシの被害に遭う人は後を絶たない。

 いわく、「電気が走るような激痛に襲われた」「みみず腫れになった」。ひどい場合には死に至る。クラゲ防護ネットを張ったり、発生情報を流したりする海水浴場もあるから、まずはその指示に従うのがいい。

 クラゲが億単位で持つ刺胞は触手の表面にある小袋で、そのなかに毒針がある。その発射後の毒針が海に漂っていることもある。

波に洗われ、青い触手が少しだけ残るギンカクラゲ。銀貨に見立てた命名だ。つい手にとりたくなるが、毒があるので触れないように!

波に洗われ、青い触手が少しだけ残るギンカクラゲ。銀貨に見立てた命名だ。つい手にとりたくなるが、毒があるので触れないように!

 気にしだしたら、海水浴などできたものではない。接触リスクを減らすなら、サーファーが着用するようなラッシュガードが有効だが、脱ぐさいに気をつけないと、表面に付着した刺胞を見のがす恐れがある。毒針の発射を抑えるとして、マグネシウムイオンに着目した防止用のクリームも出回っているが、油断が禁物であることはいうまでもない。

 被害のもとは、タオルや手袋でとり除く。カツオノエボシは45度ぐらいの温かい湯につけるといいらしいが、なるべく早く医師の診断を仰ぐのが賢明だろう。骨なし脳なしと揶揄されるクラゲにだって、刺胞同様に隠しもつ意地があるかもしれないのだ。

 漁業者はクラゲを嫌う。漁の妨げになるだけでなく、捕獲した魚を死なせることもあるからだ。網にかかったクラゲの重みに耐えきれず、漁船が転覆する事故も起きた。取水口に詰まって、運転できなくなった発電所だってある。癒し系とたたえられる一方では、こんな暗黒面もかかえるのがクラゲの真実だ。

 クラゲはおもに、動物プランクトンを食べている。そしてそのクラゲを、マンボウやカワハギ、サバなどが食べる。ヒトも負けずに腹のなかへ。古くは縄文時代にまでさかのぼるから、クラゲ毒とのつきあいも長くなった。

 食用にするのはビゼンクラゲ、ヒゼンクラゲ、エチゼンクラゲなどの限られた種だが、あえものにしたり、せんべい、刺し身で食べたりと料理法はじつに多彩だ。

ビゼンクラゲ。もともとは青みがかっているそうだが、飼育していると色が薄くなるという

ビゼンクラゲ。もともとは青みがかっているそうだが、飼育していると色が薄くなるという

これはキクラゲ。当然ですが、クラゲとは赤の他人でっせ

これはキクラゲ。当然ですが、クラゲとは赤の他人でっせ

 クラゲを食べると熱や血圧が下がり、成人病の予防にもなるという。さらには美肌効果が期待でき、赤潮の抑制や緑化に役立ち、野菜栽培の肥料にもなるとか。そうなるとまたでんぐり返って、クラゲさまさまである。

 げに恐ろしきはやはり、ヒトである。


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忍者御用達?:忍者はアカクラゲの乾燥粉末を愛用した、といううわさがもっぱらだ。刺胞のせいで敵はたまらず、くしゃみをするとか。ゆえに別名、「ハクションクラゲ」。試したい気もするが、アカクラゲの毒は侮れない。話だけにとどめるのが無難だろう。

海岸で見つけたアカクラゲは意外に美しい。だけど手出しは禁物だ。痛い目にあいますで

 

谷本雄治(たにもと・ゆうじ)
プチ生物研究家・作家。1953年、名古屋市生まれ。田畑や雑木林の周辺に出没し、虫をはじめとする、てのひらサイズの身近な生きものとの対話を試みている。肩書きの「プチ」は、対象の大きさと、研究もどきをたしなむという意味から。家庭菜園ではミニトマト、ナスなどに加えて「悪魔の爪」ツノゴマの栽培に挑戦し、趣味的な〝養蚕ごっこ〟も楽しむ。おもな著書に『週末ナチュラリストのすすめ』(岩波科学ライブラリー)、『土をつくる生きものたち』(岩崎書店)、『ケンさん、イチゴの虫をこらしめる』(フレーベル館)などがある。自由研究っぽい飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。