きらわれ虫の真実│第6回│カバキコマチグモ──ちまき部屋で養うすねかじり│谷本雄治

きらわれ虫の真実 谷本雄治 大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

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第6回
カバキコマチグモ──ちまき部屋で養うすねかじり


カバキコマチグモの雌
カバキコマチグモの雌

【虫の履歴書】体長1センチ強のフクログモ科のクモ。日本在来の毒グモとして知られる。かまれると赤く腫れたり、発熱・頭痛といった症状が出たりするが、個人差は大きいようだ。ヨシ(アシ)やススキなどイネ科の植物の葉を折って巣をつくり、産卵や休息の場所として利用する。


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 「きょうはゲストに、空に浮かぶ雲ではなく、昆虫のクモの話をうかがいます」

 そんな紹介で始まるラジオ番組があった。司会者はわかりやすく説明したつもりだろうが、入り口でつまずいたことになる。

 クモを広い意味で「虫」と呼ぶのはいい。だが、「昆虫」と言い切るのはさすがにマズいだろう。頭・胸・腹という3つのパーツに分かれる昆虫と異なり、クモは頭胸部と腹部の2分割だ。8本あしで、はねはなく、変態もしない。大ざっぱにいうとクモは、サソリやダニの仲間にふくまれる。

 半世紀近くまえのこと。あるデパートが「世界の宝石展」を企画した。そのさい、時価3億円という商品の見張り役に抜擢されたのがタランチュラだった。

 猛毒を持つクモとして、極度に恐れられる。デパートでもじっさいに「巨象を倒す」毒グモだとアナウンスした。そんなのを相手に、命をかけてまで宝石に手を出す不埒ふらちな輩はいまいということでの起用だった。

 その強烈なアピールが功を奏したのか、展示会は無事に終わった。じっさいにはタランチュラに、それほどの毒はない。人びとの頭に、猛毒グモのイメージが刷りこまれているからこその作戦勝ちだった。

 毒グモというなら、最近はセアカゴケグモのほうが有名だろう。海外では死亡例もあるから警戒するに越したことはないのだが、その毒グモ騒動でにわかに浮上したのが日本在来の毒グモ、カバキコマチグモだ。その名のとおり樺黄色、すなわち茶色がかった黄色のクモで、俗に「牙」と称する鋏角きょうかくとあしの先が黒みを帯びている。

「嫌い」を超えた危険生物とされるが、わざわざヒトを襲うようなことはない。みずからの身に危険が迫ったと感じたときにとる行動が、ヒトとの摩擦を引き起こす。

 それなら、遭遇はなるべく避けたい。

 そう思う人たちには申し訳ないが、出会う確率はセアカゴケグモよりもずっと高い。イネ科植物が生えるところなら、どこにいても不思議はないからだ。

イネ科植物が生えるこんな場所にはカバキコマチグモが生息する可能性が高いが、必要以上に怖がることはない

イネ科植物が生えるこんな場所にはカバキコマチグモが生息する可能性が高いが、必要以上に怖がることはない

 カバキコマチグモは、コガネグモやジョロウグモのような網は張らない。徘徊性で、夜になると歩きまわって狩りをする。

 となると、なおさら気になるかもしれないが、過度に恐れることはない。星空に誘われて無防備でススキの原っぱの散歩でもしなければ、狩りの現場を見ることも、誤ってかまれることもないはずだ。

コガネグモは網を張るクモの代表格。目立つ色彩で、堂々としている

コガネグモは網を張るクモの代表格。目立つ色彩で、堂々としている

 昼間は、葉を2、3回折ってつくるちまき状の巣で休んでいる。その巣さえ覚えれば、むやみな接触は避けられる。

 いわば、「下ノ畑ニ居リマス」と書いた宮沢賢治の黒板みたいなものだ。独特の巣で、「ワタシら、ここに居りますんで」と無言のサインを送る。

ちまき状のカバキコマチグモの巣。このかたちを覚えれば、無用の摩擦は避けられる

ちまき状のカバキコマチグモの巣。このかたちを覚えれば、無用の摩擦は避けられる

もしかして、カバキコマチグモのマンション? 1本の茎に複数の巣があった

もしかして、カバキコマチグモのマンション? 1本の茎に複数の巣があった

留守かと思ってひとつを開いたら、いや失礼。お休み中でした

留守かと思ってひとつを開いたら、いや失礼。お休み中でした

 獲物を狩るていどの有毒成分を持つ生きものは多いが、人間をも倒す強烈な毒を持つクモはきわめて少ない。毒グモだからと完全否定することなく、適度な距離を保ってつきあうのが現実的だろう。カバキコマチグモの獲物には害虫となる蛾やその幼虫もふくまれるから、生物農薬の一種ともいえるのだ。夜の巡回中に出会った虫たちを、毒で麻痺させて狩る。

 秋になると巣のなかで100個ほど卵を産み、翌年の6〜9月には成体になる。そのせいか、人間とのトラブルは6月を中心に5〜8月が多いという。草刈り時には、たとえ暑くても長袖、長ズボン、軍手などの完全防備が無難だ。室内に侵入するかもしれないという不安があれば、防護用に網戸をつけよう。

 カバキコマチグモは、「究極の母性愛」でもよく知られる。孵化ふかした子グモのえさとして、母グモがみずからのからだを与えるからだ。

 最初の脱皮を終えた子グモたちは、母グモにすり寄っていく。だがそれは、母乳を求める子豚の行動とはまったく異なる。母親を食べるためだ。母グモはじっとしたままで、半日もすれば最後の汁まで吸いつくされる。

 なかには、母グモのすねにかじりつく子グモもいるという。すねかじりは人間社会にもいるが、比較にならないすさまじさである。

巣のなかで卵を守るカバキコマチグモのお母さん。かわいい子には旅……ではなく、わが身を与える究極の愛の持ち主だ

巣のなかで卵を守るカバキコマチグモのお母さん。かわいい子には旅……ではなく、わが身を与える究極の愛の持ち主だ

 そんな習性もあってか、あの黒光りした牙は獲物を捕まえてずたずたに切り裂き、むさぼり食うための恐ろしい武器とみられがちだ。しかしじっさいには、毒液を注入し、消化液を流しこむ道具として使っている。

 沖縄で見たオオジョロウグモのからだには、猿の顔のような模様が隠れていた。チブサトゲグモは、守り神とされるシーサーにそっくりだった。クモはなにかと誤解されやすい。どう見るかで、印象は大きく変わる。

5センチほどあるオオジョロウグモの雌

5センチほどあるオオジョロウグモの雌

近づいてよく見ると、猿の顔が隠れていた!

近づいてよく見ると、猿の顔が隠れていた!

沖縄でよく見るチブサトゲグモ。シーサーにそっくりなのは土地柄かな

沖縄でよく見るチブサトゲグモ。シーサーにそっくりなのは土地柄かな


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ほんとは美人:わが身を子に与える特異な習性を知ると、カバキコマチグモの「コマチ」は「子待ち」を想像させる。だがじつは、平安時代の女流歌人・小野小町にちなむ命名だとされている。クレオパトラ、楊貴妃と並ぶ「世界三大美女」のひとり。色白ではないが、現代人の目には樺黄色の体色も健康美に映るかもしれない。

 

谷本雄治(たにもと・ゆうじ)
プチ生物研究家・作家。1953年、名古屋市生まれ。田畑や雑木林の周辺に出没し、虫をはじめとする、てのひらサイズの身近な生きものとの対話を試みている。肩書きの「プチ」は、対象の大きさと、研究もどきをたしなむという意味から。家庭菜園ではミニトマト、ナスなどに加えて「悪魔の爪」ツノゴマの栽培に挑戦し、趣味的な〝養蚕ごっこ〟も楽しむ。おもな著書に『週末ナチュラリストのすすめ』(岩波科学ライブラリー)、『土をつくる生きものたち』(岩崎書店)、『ケンさん、イチゴの虫をこらしめる』(フレーベル館)などがある。自由研究っぽい飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。