きらわれ虫の真実│最終回│フナムシ——ちょっとあわれな清掃集団│谷本雄治

きらわれ虫の真実 谷本雄治 大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

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最終回
フナムシ——ちょっとあわれな清掃集団


フナムシ。踏まずに歩くことはできそうにない⋯⋯なんてことはない。さっと、逃げていく
フナムシ。踏まずに歩くことはできそうにない⋯⋯なんてことはない。さっと、逃げていく

【虫の履歴書】大きな複眼と長い触角、2本のしっぽ(尾肢)が目立つ甲殻類の一種。体長は5センチ程度。フナムシ属8種のうち、そのまんまの名前をもつフナムシが代表種。あしは7対・14本。体表はかたいクチクラ層で覆われ、からだの前と後ろの半分ずつ、2回に分けて皮を脱ぐ。湿ったところにすむが、海中では生活できない。


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 ザザザーッ。ピタッ。ぞわぞわ。

 そんな動き方をして、「だるまさんがころんだ」という遊びを連想させるのが、海岸にたむろするフナムシだ。

 近づくと、いっせいに逃げ、いったん停止。それからまた動いて止まり、また動く。リーダーがいるわけでもないのに、無数といっていいフナムシがみごとな集団行動をとる。

 平べったく、地にへばりつくようにして進むところはゴキブリにそっくりで、「海のゴキブリ」にたとえられる。英語圏でも「ウォーフ・ローチ(埠頭のゴキブリ)」とよぶから、あながちおかしな発想でもない。ふんにふくまれる集合フェロモンで群れる習性も、ゴキブリに酷似する。

 ゴキブリはたった1匹、それもちらりと顔を出すだけで人間から袋だたきにされる。それなのにフナムシは、その何倍も集まっている。しかも、ぞぞぞーっと虫唾が走るようないやらしい動きだ。それで直感的に敬遠されるだけでなく、人によっては恐怖心さえおぼえる。

 フナムシのおもなえさは、浜に打ち上げられる海藻や腐りかけの魚だ。死んだ魚ということでは同じだから、干し場の魚に口をつけることもある。そうなると、干物をつくる漁師らにとっては、商品に手ならぬ口をつける許しがたい行為となる。

 だが、まちがっても積極的に人間を襲うような生きものではなく、いくらかの共通点はあってもゴキブリの親戚でも友だちでもない。そこであらためて英名を調べると、「シー・スレーター」ともあった。海のダンゴムシ・ワラジムシという意味である。ワラジムシやダンゴムシの集合フェロモンは胃、フナムシは腸にある特殊な分泌細胞から出すといった違いはあるが、同じ甲殻類であることに変わりはない。

脱皮をしたばかりのフナムシ。ダンゴムシと同じで、からだの半分ずつ皮をぬぐ

脱皮をしたばかりのフナムシ。ダンゴムシと同じで、からだの半分ずつ皮をぬぐ

 フナムシはなにゆえ、何匹もいっしょに動く必要があるのか。その理由は、自分たちの命を守るためだといわれている。

 湿度を低くした環境で、これら三者を飼った実験がある。それによるといずれも、単位あたりの数が多いほど長く生きた。その時間はフナムシがいちばんで、次いでワラジムシ、最後がダンゴムシだった。逆の見方をするとフナムシは、集団でいないと寿命が短い。

 そうした違いは、からだを包むクチクラの差がもたらすらしい。フナムシのクチクラはキチン質が薄く、節板のつながりも単純だ。それにくらべると、ワラジムシのものはしっかりしていて、ダンゴムシはさらに強固なつくりになっている。

 これらは、進化の歴史を反映した結果でもある。最初に海から陸に上がったのはフナムシで、そのつぎがワラジムシ、最後がダンゴムシだった。それぞれに水中生活と決別することにはなったものの、なんらかのかたちでからだの水分を保たないと生きていけない。そこでクチクラ層で身を包み、水分の蒸発を防ぐ作戦に出たというわけである。

 遅れて陸に上がったぶん、ダンゴムシは優秀な装備を手に入れた。そのボディースーツが高級品だとすれば、早い段階で海を捨てたフナムシのそれは安普請といったところか。それでフナムシは着衣の弱さをカバーするためつねに身を寄せあい、湿気を保つことで水分の蒸発を抑えている。そのことは、乾燥した環境だとフナムシの体重減少が激しいというデータからも推測できる。

 集団でいるメリットは、まだある。フナムシは数多く集まるほど成長が早く、デカくなれるというのだ。

 ひとところに群がれば個々の取り分は減るから、えさの奪いあいが起きてもおかしくない。だったら分散して暮らし、腹いっぱい食うほうがいいはずなのに、それはフナムシの世界にはない常識とみえる。

 フナムシを見ていると、仲間どうし、しきりに触角でふれあう。すると、その刺激が脳に伝わり、成長にかかわる物質の分泌が促される。だから一か所にいる数が多く、触角の触れあう頻度が高い環境ほど成長スピードは速まるという理屈だ。

フナムシの集団。もっとくっついてもよさそうなのに、適度な間隔をとっていることが多い

フナムシの集団。もっとくっついてもよさそうなのに、適度な間隔をとっていることが多い

 ゴキブリとは縁が薄いのに同列に扱われ、ヒトにはうとまれる。仲間だと思ったワラジムシ、ダンゴムシとも比較され、装備品にはケチがつく。へたをすれば、チヌ・イシダイ釣りに最高だといって、えさにされる。

 人間に大きな被害をもたらすことはないのに、まさに踏んだり蹴ったり。そう思って見直すと、あのいやらしい動きは自分たちを卑下し、いじいじしているようすにも見えてくる⋯⋯かもしれない。


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水があわない:海から離れないフナムシだが、小笠原には渓流で一生を過ごすナガレフナムシがいる。正式な報告はないが、沖縄でも淡水種が見つかっている。そして森林には古くから知られるヒメフナムシ。船着き場で目立つことがフナムシの名の由来とされるが、意外に多様性に富む生きもののようである。




■この連載が本になりました(2022年8月5日発売、定価1800円+税)

 2021年7月から全17回にわたって、じっくりと“きらわれ虫”の世界を観察してきた本連載「きらわれ虫の真実」が、本日、書籍として発売されました。大幅に書き下ろしを加えて、おなじみの「きらわれ虫」30種を紹介、楽しいコラムも盛りだくさんです。さらに、イラストレーターのコハラアキコさんによるユーモラスな虫イラストがウジャウジャ。虫だらけのこの季節、招かれざるヤツらに悩まされている人も、虫マニアも、大人も子どもも楽しめる一冊です。

 

谷本雄治(たにもと・ゆうじ)
プチ生物研究家・作家。1953年、名古屋市生まれ。田畑や雑木林の周辺に出没し、虫をはじめとする、てのひらサイズの身近な生きものとの対話を試みている。肩書きの「プチ」は、対象の大きさと、研究もどきをたしなむという意味から。家庭菜園ではミニトマト、ナスなどに加えて「悪魔の爪」ツノゴマの栽培に挑戦し、趣味的な〝養蚕ごっこ〟も楽しむ。著書に、『週末ナチュラリストのすすめ』(岩波科学ライブラリー)、『天の蚕が夢をつむぐ 大島紬ものがたり』(フレーベル館)、『ちいさな虫のおくりもの アリスの心とファーブルの目』(文研出版)など多数。自由研究っぽい飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。