きらわれ虫の真実│第10回│イラガ——ビリビリの美学│谷本雄治

きらわれ虫の真実 谷本雄治 大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

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第10回
イラガ——ビリビリの美学


ヒロヘリアオイラガの中齢幼虫。それにしてもスゴいとげとげだ
ヒロヘリアオイラガの中齢幼虫。それにしてもスゴいとげとげだ

【虫の履歴書】日本ではイラガ科の蛾として、約30種が知られる。はねを広げた成虫の大きさは、およそ3センチ。はねの先端は丸みを帯びる。幼虫はからだを縮めたナメクジみたいで、毒針と通称される「毒棘どくきょく」を持つものが多い。そのため、刺されると、もっとも痛い毛虫としても有名。ただし、成虫に毒はないとされている。


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 スズメの名をもらった「スズメノショウベンタゴ」という、けったいなものがある。「たご(担桶)」というのは肥おけのことで、単純に「スズメノタマゴ」とよぶ地域もある。

 それがイラガのまゆだ。木枯らしが吹き、木々が葉を落とすようになると目につく。

イラガの繭。この縞模様は、すなおに美しいと思う

イラガの繭。この縞模様は、すなおに美しいと思う

 なるほど、スズメの卵に似ている。大きさは長径13ミリ、短径10ミリぐらいだから、スズメの卵よりひとまわりは小さい。それにしても、成虫が羽化したあとの穴あき繭を肥おけに見立てたなんて、なんとも痛快だ。

 イラガの繭の表面には独特のしま模様があり、そのデザインは木の枝の太さと関係があるという。細い枝につくる繭は縞がはっきりし、幹や太い枝にできた繭の縞は不鮮明で、繭じたいも大きい傾向にあると報告されている。

 蛾の繭のなかにはたいてい、さなぎがいる。だが、イラガは繭のなかで、さなぎになりきっていない前蛹ぜんよう状態のまま、春を待つ。スズメは知らないが、シジュウカラやコゲラはそれを好んでついばむ。

 そんな繭は冬の風物詩にもなるが、「イラムシ」「オコゼ」「デンキムシ」などとよばれる幼虫には、最大限の注意が必要だ。

 からだには、ひと目で危ないヤツだとわかる鋭いとげが生えている。その毒棘に触れると、電気が流れたようなビリビリ感を味わうハメになる。

 実をいうと、その名のとおりの種名を持つ本家のイラガとは別に、アオイラガ、ヒロヘリアオイラガ、テングイラガといったものがいる。それなのに「イラガ」とひとくくりにされがちだから、まぎらわしい。

これが本家のイラガの幼虫。繭もそうだが、見る機会が減っているように感じる

これが本家のイラガの幼虫。繭もそうだが、見る機会が減っているように感じる

 種名は識別できなくても、不幸なことに痛み、腫れ、かゆみなどの症状はどれにも共通する。イラガ類の幼虫はリンゴ、ナシ、カキノキ、ウメ、クリなど多岐にわたる樹木の葉を食べる。

 いるとわかっていれば警戒もするが、敵もさるもの、隠れ方が巧みなため、すぐには気づかない。しかもアオイラガ、ヒロヘリアオイラガはよく群れる。若いうちは何匹も行儀よく並んで、ガシガシと葉をかじっている。

並んで葉を食べるヒロヘリアオイラガの幼虫

並んで葉を食べるヒロヘリアオイラガの幼虫

壁にとまっていたヒロヘリアオイラガの成虫。イラガ類のはねの先端は丸みを帯びている

壁にとまっていたヒロヘリアオイラガの成虫。イラガ類のはねの先端は丸みを帯びている

 正面から見ると何かのキャラクターを思わせるが、むやみに手を出してはいけない。庭木の手入れには帽子、長そで、長ズボン、ゴム手袋着用の万全の態勢で臨むべきだ。

 駆除のさいには幼虫がいる葉だけでなく、枝ごとカットする。生きたまま捕えた幼虫はもちろん、殺虫剤でやっつけたとしても幼虫の毒棘には要注意だ。からだに触れることがないように気をつけ、紙に包んで捨てるか土に埋める。毒棘に触れたら水で洗い流し、ようすを見て医師の診断を仰ごう。

困りもののとげだが、こうして見るとガラス細工のようで、造化の妙を感じる

困りもののとげだが、こうして見るとガラス細工のようで、造化の妙を感じる

 本家のイラガの繭は、手で触れても害はない。繭のなかにいるのは前蛹だから、幼虫のように怖くはない。

 ところが、アオイラガ、ヒロヘリアオイラガの繭はそうもいかない。幼虫時代の毒棘が繭の外側につくからだ。しかもこの両者の繭は、幹などのせまい範囲にいくつも付着する。

ヒロヘリアオイラガの繭。かたまってつくることが多いが、それにしてもよく集まったものである

ヒロヘリアオイラガの繭。かたまってつくることが多いが、それにしてもよく集まったものである

 イラガは基本的に年1回の発生で、5、6月に幼虫を見るだけだ。アオイラガとヒロヘリアオイラガの2種は、秋にも2度目の発生があるから、始末が悪い。

 あれやこれや、なんともやっかいなイラガ類だが、ありがたいことに自然界にはちゃんと天敵が存在する。たとえばカマキリ、ヤドリバエがそうだ。イラガセイボウのように、「飛ぶ宝石」の呼び名にふさわしい瑠璃色の寄生バチもかれらを利用して増殖する。

 イラガセイボウは繭に直接、産卵管を差しこめない。そこで頑丈なくちを使ってイラガの繭に小さな孔を開け、そこからイラガの前蛹に卵を産みつける。孵化ふかしたハチの幼虫は、じゅうぶんな食料があり、外から攻撃されることもない堅牢な繭のなかで、すくすくと育つ。

イラガセイボウに寄生された繭。よく見ると、ハチの産卵痕がある

イラガセイボウに寄生された繭。よく見ると、ハチの産卵痕がある

繭から出てきた「飛ぶ宝石」・イラガセイボウ。繭には脱出口が開いている

繭から出てきた「飛ぶ宝石」・イラガセイボウ。繭には脱出口が開いている

 とにかくカルシウムたっぷりの繭だから、イラガの成虫が抜け出すのはさぞかしたいへんだと思える。しかしうまくしたもので、繭をつくるときにあらかじめ、脱出しやすいしかけをしている。ぐるっと一周、円を描くようにして薄い部分を設けているのだ。成虫が出たあとの繭は、皿のようなふたがパカっとはずれたようになっている。

きれいな丸い穴が空いたイラガの繭。虫ながら、アッパレである

きれいな丸い穴が空いたイラガの繭。虫ながら、アッパレである

 寄生バチがいた繭のふたはそのままだが、寄生した繭の殻には産卵時に開けた小さな孔と、ハチが抜け出た横穴が見られる。虫けら、毒虫とさげすまれながら、たがいに知恵をしぼる。そんな世界をのぞき見すると、人間のおごりが滑稽にみえてくる。


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玉の虫:イラガへの復讐というわけでもないが、人びとはその繭をうまく利用してきた。釣り人は繭のなかの前蛹を「玉虫」とよんで頭部をちょん切り、その中身を針でからめとった。冬のタナゴ釣りで珍重されたえさである。子どもたちは、空き繭を笛にして吹きならした。

 

谷本雄治(たにもと・ゆうじ)
プチ生物研究家・作家。1953年、名古屋市生まれ。田畑や雑木林の周辺に出没し、虫をはじめとする、てのひらサイズの身近な生きものとの対話を試みている。肩書きの「プチ」は、対象の大きさと、研究もどきをたしなむという意味から。家庭菜園ではミニトマト、ナスなどに加えて「悪魔の爪」ツノゴマの栽培に挑戦し、趣味的な〝養蚕ごっこ〟も楽しむ。おもな著書に『週末ナチュラリストのすすめ』(岩波科学ライブラリー)、『土をつくる生きものたち』(岩崎書店)、『ケンさん、イチゴの虫をこらしめる』(フレーベル館)などがある。自由研究っぽい飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。