きらわれ虫の真実│第7回│スズメバチ——黒と黄色のだんだらライオン│谷本雄治

きらわれ虫の真実 谷本雄治 大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

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第7回
スズメバチ——黒と黄色のだんだらライオン


花を訪れるスズメバチの仲間にもよく出会う。静かに観察するだけなら、何もされない
花を訪れるスズメバチの仲間にもよく出会う。静かに観察するだけなら、何もされない

【虫の履歴書】俗に「クマより怖い」といわれる、獰猛どうもうな昆虫。国内に十数種が生息する。生活圏が人間と重なるようになり、野外での遭遇以上に、見る機会は増えている。とくに警戒したいのはオオスズメバチとキイロスズメバチだ。生殖器が変化した毒針・毒腺を持ち、刺されると強いアナフィラキシーショックを起こすことがある。


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「アナフィラキシーショック」なんて難しい用語は、スズメバチがいなければ、これほど知られなかったにちがいない。秋になると風物詩であるかのように、行政もマスメディアもこぞって、「スズメバチ警報」を発する。なぜなら、自分たちの巣を守るために、寄らば斬るぞとばかりの攻撃態勢に移るからだ。

 その数がハンパではない。オオスズメバチでひとつの巣に500匹、キイロスズメバチだと千数百匹もいる。その群れがつぎからつぎへと巣から飛びだし、追いかけ、突き刺し、相手がまいったと言っても許さない。

 ブーンという強い羽音や、大あごをカチカチとかみ合わす音が聞こえたら、要注意だ。カチカチ音は最終警告とみていいだろう。

 とはいえ、そうなったときにはパニックになっていることが多い。ハチだって同じだから、おたがいさまといえばそのとおりだが、身を守るすべをもたない人間のほうが不利なのは言うまでもない。

 スズメバチ一家は、女系家族だ。女王バチの娘である働きバチは、3週間ぐらいで寿命が尽きる。だったらしだいに減りそうなものだが、産卵マシーンと化した女王バチがいるため、そうはならない。つぎつぎと卵を産んで交代要員を増やし、巣の規模を大きくする。

 巣の拡張工事がピークを迎えるのが9〜11月で、次期女王と雄バチを育てる重要な時期にも当たる。巣にいる幼虫やさなぎなど無防備なコドモたちは、外敵のかっこうのえさになる。それまでになくピリピリする裏には、そういった彼女らの事情があるのだ。

六角形の巣の奥に幼虫が見える。部屋のふたは、医療に役立つ素材になる

六角形の巣の奥に幼虫が見える。部屋のふたは、医療に役立つ素材になる

巨大な帝国づくりも、最初は女王バチ1匹だけの孤独な仕事

巨大な帝国づくりも、最初は女王バチ1匹だけの孤独な仕事

 野山では、樹液に集まるスズメバチをよく目にする。沖縄では、ドラゴンフルーツの果実に頭を突っこんでいるところを何度か目撃した。

一心不乱にドラゴンフルーツの果実にかじりつくスズメバチ

一心不乱にドラゴンフルーツの果実にかじりつくスズメバチ

 してみると、スズメバチの食事は甘い汁なのか?

 種にもよるが、ふだんの働きバチは芋虫・毛虫、セミ、ハエなどの虫を狩る。獲物は肉団子にして巣に運び、幼虫に与える。

 その見返りというのか、あるていど育った幼虫がくちから出す栄養液が働きバチの活力源だ。樹液酒場に行ったり花のみつを吸ったりするのは、それだけでは足りない栄養を補給するためだとされている。

「たまりませんね、このお酒」。スズメバチのほとんどは、女性客だ

「たまりませんね、このお酒」。スズメバチのほとんどは、女性客だ

 野山にしかいないなら、そこに行かなければ被害に遭うことはない。だが、キイロスズメバチやコガタスズメバチは市街地の家の庭木や軒下・屋根裏、公園の樹木に巣をつくる。樹洞や地中を好むオオスズメバチと異なり、木の枝があれば「なんでも使いますわ」といった柔軟さがあるようだ。

樹木につくられた巣

樹木につくられた巣

家の軒下にも巣をつくる。冬になれば空き巣だ。危険はないから部屋に飾りたくなる?

家の軒下にも巣をつくる。冬になれば空き巣だ。危険はないから部屋に飾りたくなる?

 近年は、補給ドリンクの存在も見逃せない。願ってもない栄養剤だから、ポイ捨てされたジュース缶などがあると、そのおこぼれにあずかろうとする。そうやって人間が知らず知らず呼び寄せ、守ってさえいるのだ。

 ミツバチの針には返しがあって、一度刺すと抜けなくなり、ハチは死ぬ。スズメバチにはそうしたしかけがないため、何度でも刺す。それも被害を招く厄介な事実のひとつだ。

 では、身を守るにはどうすればいいのか。ハチは、黒いものを見ると巣を荒らすクマだと思って襲う、だから黒い服は着るべきでない——といった話をよく聞く。

 白っぽい服がいいのは確かなようだが、ぜったいに安全だとは言えない。クマとの関連は俗説の域を出ず、茶髪ならだいじょうぶというのも都市伝説みたいなものだ。巣に近づかないのが最大の防御になるのだが、たいていは気づけないから始末が悪い。

 だからせめて衣類に気を配り、強い香水や整髪料の使用は避けたい。におい物質もハチを興奮させ、攻撃の引き金になる。ジュースや菓子の飲みのこし、食べのこしも慎みたい。

 それでも襲われることはある。集団生活を送るハチ類は一般に、巣のそばでは気が荒い。ヤバいと感じても、追い払うような行動をとるのは禁物だ。あわててバタバタ手を振ると、ハチは自分が攻撃されると思って迎撃態勢に入る。姿勢を低くし、そっとあとずさることだ。

 不幸にして刺されたら、落ち着いた判断が求められる。まずは安全な場所に移動し、刺されたところを冷やしてようすをみる。

 怖いのはアナフィラキシーショックだ。くしゃみ、じんましん、めまい、呼吸困難などの症状がみられたら、急いで医師の診断を受けよう。ショック死まで30分から1時間ともいわれる。眉につばをつける話はままあるが、ハチに刺されてもおしっこをかければだいじょうぶという話にはまったく根拠がない。


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大盤ぶるまい:凶暴性は、パワフルの証でもある。それならと幼虫の出す栄養液からスポーツ飲料を作ったら、大ヒットした。巣部屋のふたからは、人工血管・角膜に使える素材や絶縁フィルムが誕生した。肉食だから害虫の駆除にもなっているし、蜂の子は珍味としてもてはやされる。ああ見えてスズメバチは人間に、意外な恩恵をもたらしている。

オオスズメバチの巣。食用に販売されている、かなり高価なナマモノだ

オオスズメバチの巣。食用に販売されている、かなり高価なナマモノだ

蜂の子。一般的にはクロスズメバチが食用にされる

蜂の子。一般的にはクロスズメバチが食用にされる

 

谷本雄治(たにもと・ゆうじ)
プチ生物研究家・作家。1953年、名古屋市生まれ。田畑や雑木林の周辺に出没し、虫をはじめとする、てのひらサイズの身近な生きものとの対話を試みている。肩書きの「プチ」は、対象の大きさと、研究もどきをたしなむという意味から。家庭菜園ではミニトマト、ナスなどに加えて「悪魔の爪」ツノゴマの栽培に挑戦し、趣味的な〝養蚕ごっこ〟も楽しむ。おもな著書に『週末ナチュラリストのすすめ』(岩波科学ライブラリー)、『土をつくる生きものたち』(岩崎書店)、『ケンさん、イチゴの虫をこらしめる』(フレーベル館)などがある。自由研究っぽい飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。