きらわれ虫の真実│第8回│カマキリ——殺し屋の謎の祈り│谷本雄治

きらわれ虫の真実 谷本雄治 大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

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第8回
カマキリ——殺し屋の謎の祈り


食事中のカマキリ。美しいチョウを頭から食べたようだ
食事中のカマキリ。美しいチョウを頭から食べたようだ

【虫の履歴書】オオカマキリ、ハラビロカマキリ、コカマキリなど、日本には約10種が生息する。近年はハラビロカマキリそっくりの外来種・ムネアカハラビロカマキリも増えている。卵のかたまりである卵鞘らんしょうにも個性があり、種を見分けるのに役立つ。交尾中の雌が雄を食べる話は有名だが、その割合は低いとみられる。雄を食べると栄養補給と産卵数拡大につながることは、実験的に確かめられている。


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 英国には、「道に迷ったらカマキリに尋ねろ」という言い伝えがあるそうだ。日本人には獲物をとるための武器にしか見えないあの鎌あしで、正しい道を示してくれるという。

 その前あしとともにカマキリらしさをかもし出すのが、肉食系のシンボルともいえる逆三角形の頭だ。しかもデカすぎる複眼で、射抜くような視線を投げかける。

陰険そうなこの目つき! 人間でよかったなあ

陰険そうなこの目つき! 人間でよかったなあ

 前あしには、しっかり目立てをしたのこぎりのような鋭いぎざぎざがある。しかもひまさえあればぺろぺろと舐めて、入念な手入れをしている。

 カマキリを人間サイズにすると、あの鎌には3トンを超す把握力があるとか。がっしりつかんで放さない、究極の武器だ。

 じっさいには胸なのだが、人間でいうところの首根っこを押さえれば、さすがのカマキリも反撃しようがない。そうかもしれないとは思っても、獰猛どうもう、冷血、残忍といったイメージが喧伝されているだけに、もしかして襲ってくるのではないかという不安をつねに抱かせる。現に、美しく愛らしいチョウを捕えて、むさぼり食う。小型の鳥さえ食べることがあると聞けば、なおさらだろう。

首根っこを押さえられたムネアカハラビロカマキリ名前のとおり胸部が赤みがかっている

首根っこを押さえられたムネアカハラビロカマキリ名前のとおり胸部が赤みがかっている

 それだけでも嫌われ度は高い。そこに追い打ちをかけるように寄生虫の話までされたら、気味悪さも増幅する。あの腹のなかには、体長20センチにも30センチにもなるハリガネムシが寄生していることがあるからだ。

 その長い寄生虫は類線形動物の一種で、カマキリの体内でじゅうぶんに育ったのち、カマキリを操って水に飛びこませる。学者はその秘技の解明に情熱を燃やすが、ふつうの人は、あの冷血漢からはい出してくる気味悪い虫の存在・行動にも嫌悪感をいだく。神さまはカマキリに、とんでもないものまで授けたようである。

 網を張るクモが相手なら、デンジャラス・ゾーンに近づかないかぎり安全だが、カマキリはそれも許さない。あちこち動きまわって獲物を探す、さすらいのハンターなのである。

 生まれたばかりの子カマキリはアブラムシぐらいの小さいものから食べはじめる。身近にえさがなければ、これ幸いとばかりに、同じ卵鞘から生まれたきょうだいさえも食べてしまう。そして脱皮を重ね、しだいにより大きな獲物を狩る技を磨いていく。

孵化のはじまったオオカマキリ

孵化ふかのはじまったオオカマキリ

卵から出た幼虫はすぐさま、最初の脱皮をする

卵から出た幼虫はすぐさま、最初の脱皮をする

 反射神経がよすぎるのもどうかと思うことがある。試しに、魚肉ソーセージや刺し身の切れ端を目の前でちらつかせてみよう。待ってましたとばかりに自慢の鎌を振りかざし、うまそうに食べはじめるだろう。

 生きのいい獲物しか口にしないと思いきや、どこかあやしい味覚ではある。共食いもなんとも思わないようだから、人間に飼育されるという捕らわれの身になっても、とにかく生きのびることだけを考えて食べるのかもしれない。カマキリの前では、死してのちも油断できないという教訓だろうか。

 立場や見方を変えるととたんに、頼もしいガードマンに見えてくる。ぼくが散歩で見つけた卵鞘を菜園に持ちこむのは、カマキリのそんな別の顔を知るからでもある。

 ——なーんてカッコをつけてはみるが、孵化後のカマキリに野菜の害虫をやっつけてもらおうという魂胆だ。カマキリは腹を満たし、こちらはおいしい野菜にありつける。これこそギブ・アンド・テイクの関係ではないだろうか。

 そんなことをしなくても、たいていはどこからかやってきて居すわり、秋の終わりにはそこかしこに卵鞘を産みつけていく。ボートをひっくり返したようなのはハラビロカマキリやコカマキリ、ジイさまのふぐりにたとえられるのはオオカマキリの卵鞘である。

オオカマキリの卵鞘。思わずにんまりするような「オオジガフグリ」の俗称もある

オオカマキリの卵鞘。思わずにんまりするような「オオジガフグリ」の俗称もある

 人間の目が届かないところに隠れる害虫どもを一掃してくれるから、道なんぞ教えてくれなくても感謝の気持ちがわいてくる。

 現代人は、中国の故事にならう「蟷螂の斧」を身のほど知らずの無謀なさまをたとえる表現として使う。だがもともとは、危険を承知で立ち向かうようなときにもちいた。

 同じような誤解が、カマキリにはまだある。あまりよいイメージがもたれない鎌あしだが、よく見ると、胸元で手を合わせて拝むようではないか。

 そんなところから「拝み虫」と呼ぶ地域があり、英名にも「祈り虫」の意がある。得られた食事に感謝するのか、はたまた殺戮さつりくの罪の許しを請うためか。神のみぞ知る不思議な祈りのポーズではある。

祈るように胸元で鎌あしをそろえるハラビロカマキリ

祈るように胸元で鎌あしをそろえるハラビロカマキリ


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4分の1人前:カマキリの赤ちゃん誕生シーンはじつにユニークだ。薄い皮をかぶった「前幼虫」がおしりに糸をつけた格好で卵鞘から抜け出し、ぶら下がり状態で最初の脱皮をして1齢幼虫となる。幼虫が半人前だとしたら、前幼虫はそのまた半人前だ。

 

谷本雄治(たにもと・ゆうじ)
プチ生物研究家・作家。1953年、名古屋市生まれ。田畑や雑木林の周辺に出没し、虫をはじめとする、てのひらサイズの身近な生きものとの対話を試みている。肩書きの「プチ」は、対象の大きさと、研究もどきをたしなむという意味から。家庭菜園ではミニトマト、ナスなどに加えて「悪魔の爪」ツノゴマの栽培に挑戦し、趣味的な〝養蚕ごっこ〟も楽しむ。おもな著書に『週末ナチュラリストのすすめ』(岩波科学ライブラリー)、『土をつくる生きものたち』(岩崎書店)、『ケンさん、イチゴの虫をこらしめる』(フレーベル館)などがある。自由研究っぽい飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。