きらわれ虫の真実│第3回│シオヤアブ──昆虫世界のスーパー荒武者│谷本雄治

きらわれ虫の真実 谷本雄治 大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

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第3回
シオヤアブ──昆虫世界のスーパー荒武者


シオヤアブ。組み伏せたのは、恋のお相手?
シオヤアブ。組み伏せたのは、恋のお相手?

【虫の履歴書】ハエ目ムシヒキアブ科に属するムシヒキアブの一種で、体長2.5cmほどの大型種。オスのおしりには白い毛の束がある。それが塩をふいているように見えるため、「塩屋虻」となった。運動能力は抜群。待ち伏せ型の奇襲作戦を得意とする。ハチに似るのが災いし、ヒトから迫害を受けることもある。


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 正面から見ると、パーティーグッズの鼻めがねを連想させる虫がシオヤアブだ。大きな目玉と豊かなひげで目を引く。見ようによっては幼児番組のキャラクターのようでもあり、なんとなく、とぼけた感じがする。

 侮れないと思い知るのは、ひげ面の下のぶっとい口吻こうふんに気づいたときだろう。その極太針をブスッと刺して、獲物の体液を吸いつくす。

ひげ面の下に……気づいた?

ひげ面の下に……気づいた?

 もっともそれは虫に対してで、ヒトにはまず危害を加えない。それでも嫌われるのは、ハチを思わせる黄と黒のストライプ模様のせいだろう。反射的に、ハチを連想する。名を問えば親切に「アブ」だと教えてくれる人もいて、アブに一度でもひどい目に遭わされた経験があると、もはやパニックだ。

 刺されると、かなり痛いらしい。だが伝聞がほとんどで、虫にくわしい人の体験談を聞いたことはない。〝被害者〟の話にはほかのアブとの誤認も混じるような気もするのだが、事実なら気の毒としか言いようがない。

 君子危うきに近寄らず。そんな虫を菜園で見かけたら、とにかく急いで逃げることだ——なんて思う必要はない。かれらは頼もしい害虫ハンターでもある。そっとしておこう。

 わが家の菜園でよく見る獲物は、コガネムシやカメムシだ。ナスやピーマンに悪さをする虫だから、シオヤアブには感謝状でも贈りたくなる。野外でも甲虫類を抱えた場面によく出くわすから、弱そうな虫を相手にしたのでは沽券にかかわると思っているのかも、なーんて想像もしたくなる。

わが菜園のシオヤアブは、コガネムシ類が好きなようだ。それだけ多いとも言えるのだけどね

わが菜園のシオヤアブは、コガネムシ類が好きなようだ。それだけ多いとも言えるのだけどね

わが菜園のシオヤアブがえらいのは、多すぎるホオズキカメムシをよく捕まえてくれることだ。感謝してます!

わが菜園のシオヤアブがえらいのは、多すぎるホオズキカメムシをよく捕まえてくれることだ。感謝してます!

 だがそれで驚いていたら、ほんとうの実力はわからない。なぜならかれらは、昆虫界きっての乱暴者であるスズメバチさえもメニューのひとつとしか見ていないからである。オオカマキリやオニヤンマを襲う場面もたびたび目撃されている。

 そのパワーの源泉を知るには、シオヤアブを横から見ることだ。その胸部、ヒトでいえば肩のあたりの肉の盛り上がり方がハンパではないのである。まさに、アメリカン・コミックの「超人ハルク」だ。あの筋肉なら、襲撃に欠かせないはねも猛烈な勢いで操れよう。大柄の獲物の運搬も難なくこなせる。

交尾中のシオヤアブ。横から見ると、筋骨隆々のさまがよくわかる

交尾中のシオヤアブ。横から見ると、筋骨隆々のさまがよくわかる

 コガネムシなどの甲虫類がよく捕まるのは、理解できる。重そうなよろいを身にまとい、やっとこさ飛んでいる印象だからだ。防護には強くても、そんな飛行術しか持たない虫が強靭な肉体と俊敏さを兼ね備えた荒武者に狙われたら、ひとたまりもない。

 あしにはとげと呼びたいものが生えそろい、先端部には鋭い爪。そんな武器まで隠し持ち、まずは手ごろな草の葉にでも身を寄せる。そして獲物が目の前を通り過ぎるやいなやパッと飛び立ち、背後から襲いかかる。奇襲戦法、瞬発力の勝利である。

炎天下で獲物を待つシオヤアブ

炎天下で獲物を待つシオヤアブ

長い触角の獲物はハチ? でもきっと、目の前に飛んできたから、反射的にキャッチしたんでしょうね

長い触角の獲物はハチ? でもきっと、目の前に飛んできたから、反射的にキャッチしたんでしょうね

 弔い合戦とばかりに、敵が集団でやってきたら……。そうなったらさすがにお手上げだが、欲張ってハチの巣でも襲わなければ、見られそうにない光景ではある。

 シオヤアブの成虫の武勇伝は尽きないが、そのお子さまたちもまたまたスゴい。

 4月半ば。菜園で土いじりをしていたときのことだ。イモムシ状の虫が2匹、はい出してきた。はじめて見るシオヤアブの幼虫だった。

透明感のあるシオヤアブ幼虫。先端部にはいくらか毛が生えているが、見た目はつるつるの体表だ

透明感のあるシオヤアブ幼虫。先端部にはいくらか毛が生えているが、見た目はつるつるの体表だ

 イモムシ状といっても、そんじょそこらのイモムシとは違う。わが菜園にはコガネムシやカナブンの幼虫が隠れすむが、それらのからだには細かい毛が生えている。ところがシオヤアブのジュニアはつるんつるんで、からだ全体に透明感がある。頭とおしりの区別もつきにくい。高貴な気も漂うが、まあ、いってみれば、けったいなやつだ。

こちらが頭のようだが、パッと見には前も後ろもはっきりしない

こちらが頭のようだが、パッと見には前も後ろもはっきりしない

シオヤアブの卵のう。幼虫がヘンなのは、卵のときからなんだね。なぜか、ナットク

シオヤアブの卵のう。幼虫がヘンなのは、卵のときからなんだね。なぜか、ナットク

 ところがこれまたありがたいことに、ジュニアたちはコガネムシやカナブンの幼虫をえさにする。つまり親子そろって、菜園にあだなす虫を捕まえては、野菜たちを守ってくれているのである。

 カナブンの幼虫は落ち葉を食べて土壌改良に貢献するから見のがしてもらいたい気持ちもあるが、それは個人的な要望ということで運にまかせるしかない。シオヤアブの幼虫も成虫と同じように、獲物の体液を吸いとる。

 初対面のシオヤアブの幼虫は、コガネムシの幼虫といっしょにして植木鉢に入れた。ところがその数日後、ドロンと姿を消していた。

 あわてて鉢の土をひっくり返すと、ジュニアのしわざと思われるコガネムシ幼虫の亡きがらが見つかった。ランチだかディナーだかをすませたかれらは鉢の水抜き穴から、まんまと脱出したのだろう。マヌケなニンゲンは、その場に呆然と立ちつくすだけだった。


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イモムシもどき:シオヤアブの幼虫の名前を調べようとイモムシの図鑑を何冊か調べたが、出ていない。イモムシは基本的に、チョウや蛾の幼虫を指す用語だからだ。したがって甲虫類やハチ、ハエなどの幼虫ともども、「イモムシもどき」と呼ぶのがふさわしい。

 

谷本雄治(たにもと・ゆうじ)
プチ生物研究家・作家。1953年、名古屋市生まれ。田畑や雑木林の周辺に出没し、虫をはじめとする、てのひらサイズの身近な生きものとの対話を試みている。肩書きの「プチ」は、対象の大きさと、研究もどきをたしなむという意味から。家庭菜園ではミニトマト、ナスなどに加えて「悪魔の爪」ツノゴマの栽培に挑戦し、趣味的な〝養蚕ごっこ〟も楽しむ。おもな著書に『週末ナチュラリストのすすめ』(岩波科学ライブラリー)、『土をつくる生きものたち』(岩崎書店)、『ケンさん、イチゴの虫をこらしめる』(フレーベル館)などがある。自由研究っぽい飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。