きらわれ虫の真実│第5回│コウガイビル──もの食うきしめん│谷本雄治

きらわれ虫の真実 谷本雄治 大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

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第5回
コウガイビル──もの食うきしめん


クロイロコウガイビル。コウガイビルのなかではよく見かける
クロイロコウガイビル。コウガイビルのなかではよく見かける

【虫の履歴書】半月状のハンマーのような頭部を髪結い道具のこうがいにたとえた、雌雄同体の生きもの。扁形動物の一種で、いわば陸生のプラナリア。2センチから1メートルになるものまで見つかっているが、種数は不確定。「ヒル」とつくため血を吸うイメージがあるものの、吸血はしない。


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 見たことがない人に、生きものの姿を伝えるのは難しい。チョウやバッタの仲間ならまだしも、コウガイビルは名前を聞きかえされるところから始まる。

 それでもプラナリアの名を持ちだせば、なんとなく連想してもらえる。たまたま実物がいたら、指し示すことで解決する。

 なーんて思ったら、これまた大まちがいだ。名古屋名物・きしめんのようなものが、粘っこいからだをくねらせて進む。その名を告げると多くの人が「ヒル」に反応し、身を守るための算段を始める。

 ナメクジに動じない人なら、コウガイビルも平気だろう。だが、そうではない圧倒的多数の人間は、目にしたものを見て後ずさる。

 ——コイツハ、ナニモノダ?

プラナリア。しばらく飼っていた。目玉があることで、愛嬌を感じさせる

プラナリア。しばらく飼っていた。目玉があることで、愛嬌を感じさせる

るとプラナリアの仲間だとうなずける……はず

こちらがコウガイビル。最初はドキッとするも、見慣れるとプラナリアの仲間だとうなずける……はず

「陸生のプラナリア」で納得した人は、からだの再生能力に関心が移る。プラナリアは、再生の実験によく登場するからだ。カミソリで切って切って、14の頭を持つプラナリアを生みだした研究者がいる。ヤマタノオロチも真っ青のけったいな生きものではある。

 そんな気色の悪いものなど、見たくないと言う人は多い。ところが庭に置いた植木鉢やプランター、置きっぱなしだったコンクリートブロックをなにげなく持ち上げたり位置をずらしたりすると、そこにいるのだ。吸血の心配はないとわかっていても、はじめて見たときにはぼくも腰が引けた。

 気をとり直して見ていると、その場からゆるゆると逃げようとする。そのとき、あろうことか、飼ってみたいという衝動にかられてしまった。イモムシでさえ苦手なのに、得体の知れない宇宙生物のようなものを手元に置こうというのだから、われながらあきれる。

 よく見つかるのは5、6センチの個体だ。予期せぬ出会いがほとんどだから、うっかりしてからだを傷つけたことがある。ぶった切ったこともある。その後をマジメに観察したことはないが、きちんとした研究報告によると、プラナリアと同じようにそれぞれが独立した個体となって新しい生活を始めるという。うっかり事故には目をつぶってもらい、一件落着としよう。

頭とからだが離れたコウガイビル。ちょっとした手違いがありまして……ゴメン!

頭とからだが離れたコウガイビル。ちょっとした手違いがありまして……ゴメン!

 コウガイビルは太陽が隠れると姿をあらわし、野菜栽培の敵となるナメクジやカタツムリを襲う。雨の日には昼間も見かけるが、基本的には夜行性の生きものだ。

 空腹時に獲物を見つけると、それまでのおっとりした動きとは打って変わり、すばやい動きに転じる。ナメクジは意外に逃げ足が速いのだが、そのスピードもなんのその。からだをぐるぐると巻きつけて、摂食態勢に入る。

 プラナリアの仲間なので、口と肛門は共有される。入り口は出口にもなりうると考えればなんの不思議もないのだが、その口はなんと、腹のあたりにあるのだ。わが身をふり返ると、やっぱり奇妙でしかない。

 ぼくにはそうしたあれこれが興味深い。だがしかし、どんなにことばを尽くし功を説いても、見たくないという人はかならずいる。

 では、どうすればいいのか。

 だったら逆に、かれらの好む環境を把握し、その反対になるようにすればいいのだ。

 基本的に、じめじめした場所を好む。それで地面に置いたものの下にもぐりこみ、休息の場、繁殖の場にする。だから、そうしたものをなるべく置かないようにすればいい。すみにくい、いやーな環境にすることだ。

 しかし、行き場を失い、乾燥地帯に旅に出たコウガイビルの末路はあわれだ。釘のようになったミミズを道路で見ることがあるが、あれと同じような干物になって、転がっている。思わず手を合わせたくなる光景のはずだが、そうする人を見たことはない。

干からびたコウガイビル。水につければ3分間で生きかえる……なんてことはない

干からびたコウガイビル。水につければ3分間で生きかえる……なんてことはない

 さて、ぼくが飼育に持ちこんだコウガイビルである。容器のなかにはえさとして、カタツムリも入れておいた。数日後にようすを見るとカタツムリはそのままで、直径5ミリ強の黒っぽい豆のようなものがふたつあった。

からだがふたつに切れた飼育中のコウガイビルと、えさとして同居させたカタツムリ

からだがふたつに切れた飼育中のコウガイビルと、えさとして同居させたカタツムリ

 もしかして、だれかのいたずら?

 真相不明のまま、さらに数日。ひとつは裂けて白い液体が流れ出し、まだ球体を保っていたもうひとつを箸でつまもうとしたら、同じようにどろりとした白液が出てきた。

 それはどうも、卵だったようだ。じつに惜しいことをした。リベンジを願っているものの、産卵個体にはそれ以来、巡りあえない。

卵と思われる黒っぽい球体(左)と、裂けてしみ出してきた白い液体

卵と思われる黒っぽい球体(左)と、裂けてしみ出してきた白い液体

 からだの再生ができるなら、卵にその力があってもいいのではないか。そう思うのだが、思いどおりにならないのが生きものの世界の常である。

縦すじがはっきりしたコウガイビルの一種。この仲間の識別は意外に難しい

縦すじがはっきりしたコウガイビルの一種。この仲間の識別は意外に難しい


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ヒーロー見参:沖縄や小笠原にはアフリカマイマイという巨大なカタツムリがいて、野菜畑を荒らす。天敵を探していた研究者が、それらを集団で襲ったり、単独で食いついたりするコウガイビルの一種を見つけた。朗報だ。外国産では知られていたが、ありがたいことに足元にもいたのだった。

仲良く並んで散歩中のアフリカマイマイ……なんて言ったらお叱りを受ける。沖縄などで野菜類の大害虫となっている

仲良く並んで散歩中のアフリカマイマイ……なんて言ったらお叱りを受ける。沖縄などで野菜類の大害虫となっている

 

谷本雄治(たにもと・ゆうじ)
プチ生物研究家・作家。1953年、名古屋市生まれ。田畑や雑木林の周辺に出没し、虫をはじめとする、てのひらサイズの身近な生きものとの対話を試みている。肩書きの「プチ」は、対象の大きさと、研究もどきをたしなむという意味から。家庭菜園ではミニトマト、ナスなどに加えて「悪魔の爪」ツノゴマの栽培に挑戦し、趣味的な〝養蚕ごっこ〟も楽しむ。おもな著書に『週末ナチュラリストのすすめ』(岩波科学ライブラリー)、『土をつくる生きものたち』(岩崎書店)、『ケンさん、イチゴの虫をこらしめる』(フレーベル館)などがある。自由研究っぽい飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。