きらわれ虫の真実│第11回│カマドウマ——「なんとなく」に泣く虫│谷本雄治

きらわれ虫の真実 谷本雄治 大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

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第11回
カマドウマ——「なんとなく」に泣く虫


室内で遭遇したカマドウマ。見るときには見るものだ
室内で遭遇したカマドウマ。見るときには見るものだ

【虫の履歴書】猫背のエビに、キリギリスのあしをくっつけたような体長2センチ前後の昆虫。かまどのように暗くてじめじめした環境を好み、馬を思わせる跳躍力を誇る。雑食性で、小さな虫やその死骸、腐った果実などを食べる。野外では洞窟や樹洞、森林内の地表部などをすみかにし、夜になると動きだす。


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 その場にいても、なんとなく目を合わせたくない人がいる。カマドウマは、いってみればそんな存在だ。

 からだの色は、地味であやしげな茶色系。成虫になってもはねはなく、もちろん鳴くこともない。暗闇では目よりも頼りになるのだろうが、からだの3倍はあるやたらと長い触角。手でつかんだらどんな感触なのかを想像したくない、いやーな感覚をカマドウマはいだかせる。

 英名は、ラクダの名を借りた「キャメル・クリケット」。ラクダが生息しない日本では、「ベンジョコオロギ」「エビコオロギ」が通り名とされてきた。

 それなのに、コオロギ科の昆虫ではない。バッタ目のなかにカマドウマ科という独立した科を設け、コオロギとは一線を画す。

コオロギはカマドウマに名前を貸すが、科は異なる。「ベンジョコオロギと言われもなあ」なんてボヤいているかもね

コオロギはカマドウマに名前を貸すが、科は異なる。「ベンジョコオロギと言われもなあ」なんてボヤいているかもね

 分類上も外見からも差別されるところへきて、死肉や腐敗果を食べるという食性も人びとの嫌悪感に輪をかける。蚕の繭を食い破り、そのなかにいるさなぎだけ食べられた経験をもつ養蚕農家もある。例を挙げると悪口のネタは尽きないが、人間を襲ってかみつくことはないから、その点では安心できよう。

 昆虫ファンにさえ毛嫌いされる昆虫で、観察・研究は遅れている。そのため産卵数や成虫になるまでの生活史、寿命などもはっきりしない。

 それならじっくり見てやろうではないかと構えると、それまでのゆったりした歩みから突如、驚異のジャンプへと転じる。いっきに3メートルほど跳ぶ能力を秘めるが、方向は予測不能だ。虫自身もわからないのではないかと思えるほど、場当たり的にみえる。

異形の昆虫・カマドウマ。刀のような産卵管を持つメスはとくに、おっかない感じがする

異形の昆虫・カマドウマ。刀のような産卵管を持つメスはとくに、おっかない感じがする

産卵管がないから、このカマドウマはオスだ。それにしてもたくましい後ろあしである

産卵管がないから、このカマドウマはオスだ。それにしてもたくましい後ろあしである

キリギリスのあしはカマドウマに似る。からだ全体のバランスはまちがいなく、キリギリスの勝ちだ

キリギリスのあしはカマドウマに似る。からだ全体のバランスはまちがいなく、キリギリスの勝ちだ

 出会いを避けたければ、豊かな自然を売りものにする観光地のトイレや別荘、キャンプ場に行かなければいい。かまどにしても、現代の住まいで見ることはまれだから、じっさいに遭遇する確率は低いはずである。

 それなら安心かというと、見たくないものほど予想外の登場をする。家のなかに現れないという保証はなく、薄暗くて湿気が多い風呂場や物置、水回りに設置したホースのすきまなどに出没することはある。

 遭遇を望まないなら、網戸の破れや壁のすきま、換気口などをチェックしなおそう。あやしいと思える場所が見つかったら、乾燥に心がけ、目の細かい網でも張れば備えになる。

 それにしても、これだけ嫌われると、いささか気の毒だ。何かの役に立つことはないものか。

 そうした心やさしい人の慰めになるかどうかはわからないが、学問上は少なからぬ貢献が明らかにされている。森林に暮らすカマドウマは、渓流魚の生活を支えているようなのである。

 そのしくみがまた、変わっている。ハリガネムシはカマキリの腹に寄生することで有名だが、カマドウマも同じようにハリガネムシに操られるというのだ。寄生したハリガネムシがカマドウマを川に誘導し、巧みに操って水のなかに飛びこませるという事実が明らかになった。

まさに針金のような姿のハリガネムシ

まさに針金のような姿のハリガネムシ

 しかも、その数がかなり多いという。渓流魚であるサケ科の魚が摂取するエネルギーの6割をカマドウマから得ているとか。そうなるともはや、カマドウマあっての渓流魚だ。自然生態系を維持するためにみずからの身をささげるカマドウマがいなければ、渓流釣りが楽しめなくなるかもしれない。釣りファンにとっては、じつにありがたい虫となる。

 2013年、国際連合食糧農業機関(FAO)が昆虫食を促すメッセージを発した。市民権を得た昆虫食は、それ以来、静かに広がっている。とくに人気を集めたのが、コオロギを粉末加工したスナック菓子だ。

粉末コオロギが原料のスナック。コオロギの姿が見えないから抵抗はないが、カマドウマだったらどうだろう

粉末コオロギが原料のスナック。コオロギの姿が見えないから抵抗はないが、カマドウマだったらどうだろう

 粉にして調理したものだから、見た目の抵抗感はない。それなのに原料はコオロギだという意外性が話題になって、けっこうな消費につながった。

 伝統的な珍味昆虫の「ざざ虫」(トビケラ、カワゲラなどの幼虫)や蜂の子、蚕のさなぎのつくだ煮なら、何度か口にした。だが昆虫食を究めたいとは思わないので、から揚げコオロギを食べる気にはならない。

 それなのに、もしも食糧難になったら手を出すかもしれないと思わせるのがカマドウマだ。なんとなくブキミな虫であることに変わりはないのだが、そのプリプリしたエビ感は食欲をそそりそうである。

「中華料理のエビチリにしたらうまそう!」と言った人も、ぼくは知っている。できればそんな事態は避けたいものだが……。


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いとど虫の怪:カマドウマの古名「いとど」は、秋の季語。「いとど鳴く」と詠む句も多いが、発声器官のないカマドウマが鳴くことはない。そのため「鳴くいとど=コオロギ」とする説が有力だが、俳句の世界ではカメもタニシも鳴く。「鳴かぬなら鳴かせてみせる」のが俳人のたしなみといったところか。

 

谷本雄治(たにもと・ゆうじ)
プチ生物研究家・作家。1953年、名古屋市生まれ。田畑や雑木林の周辺に出没し、虫をはじめとする、てのひらサイズの身近な生きものとの対話を試みている。肩書きの「プチ」は、対象の大きさと、研究もどきをたしなむという意味から。家庭菜園ではミニトマト、ナスなどに加えて「悪魔の爪」ツノゴマの栽培に挑戦し、趣味的な〝養蚕ごっこ〟も楽しむ。おもな著書に『週末ナチュラリストのすすめ』(岩波科学ライブラリー)、『土をつくる生きものたち』(岩崎書店)、『ケンさん、イチゴの虫をこらしめる』(フレーベル館)などがある。自由研究っぽい飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。