きらわれ虫の真実│第12回│アブラムシ——葉上のプランクトン│谷本雄治

きらわれ虫の真実 谷本雄治 大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

大切な家庭菜園に招かれざる客がやってきたら? 虫と対話するナチュラリストが、彼らの生態と意外な魅力を紹介し、ほどよいつきあい方を提案します。

※冒頭以外の写真は小さくしてあります。写真をクリックすると拡大されますので、抵抗のない方はどうぞごらんください

初回から読む

第12回
アブラムシ——葉上のプランクトン


アブラムシの群れ。よく見ると、おしりから幼虫を産もうとしているものもいる
アブラムシの群れ。よく見ると、おしりから幼虫を産もうとしているものもいる

【虫の履歴書】カメムシ目に属する不完全変態の昆虫。植物の汁を吸って生活する。1匹ずつはゴマ粒ほどの大きさだが、集団になって植物に群がる。日本だけで700種は知られ、卵ではなく幼虫を産んでふえるのが特徴。はねを持たないものが多いが、時期によっては有翅虫ゆうしちゅうが現れ、交尾して産卵するなど、風変わりな習性も知られる。


・・・・・・・・・・


「このあたりに、子どもでも捕れる虫はいませんか?」

「それなら、アブラムシがいいですねえ」

 種類は豊富だし、かみつかれる心配はないからオススメなのだが、冗談半分で話したら、子連れの母親ににらまれた。害虫扱いされるアブラムシが大半だから、冷静に考えれば、さもありなんという気はする。

 野菜の苗を植えたりタネをまいたりしてしばらくすると、茎や葉がいつのまにか、アブラムシに占領されている。しかも、そのつき方がハンパではない。すきまがないほどにびっしりと張りつき、細い針のようなくちでチューチューと植物の汁を吸っている。

アブラムシが嫌われる理由のひとつは集団性だ。このさまを見れば、納得するしかない

アブラムシが嫌われる理由のひとつは集団性だ。このさまを見れば、納得するしかない

細い針のようなくちを茎に刺して汁を吸うアブラムシ。すぐそばに、抜け殻が見える

細い針のようなくちを茎に刺して汁を吸うアブラムシ。すぐそばに、抜け殻が見える

 食事をしながらおしりから出すのは、ふんにあらず。自分そっくりのコドモだ。種によって差があるので一概にはいえないが、生まれて1週間ほどで成虫になり、自分のコドモを産みはじめる。それが1か月続く。

 1匹が産むのは約30匹だが、環境がいいと10日で9倍になるそうだ。たった1匹だったのが1か月後には1万匹にふえていたというハウス内の調査データもある。

アブラムシの出産。その子どもとみられる幼虫が周囲に群れている

アブラムシの出産。その子どもとみられる幼虫が周囲に群れている

 アブラムシに目をつけられた植物は、たまったものではない。生育が悪くなったり、「甘露」とよばれるおしっこのせいで生えたかびが、すす病を招いたりする。真っ黒にすすけたトマトの果実や葉を見るのは、胸が痛む。

 それだけならまだしも、運が悪いと病気をうつされる。ウイルス病にかかった植物の汁を吸ったアブラムシが移動して、健全な植物で汁を吸う。そのさい、くちにくっついていたウイルスが、新天地で病気を伝播させるのだ。

 わかりやすくいえば、ウイルスの運び屋である。その結果、それまでなんともなかった株の葉が縮れたり、葉や花びらがまだら模様になったりする。

 繁殖力は旺盛だし、群れて悪さをするし、考えれば考えるほど悪口しか出てこない。アブラムシは家庭菜園やベランダに置いたプランターにも目こぼしなくやってくるから、農家でなくてもうんざりした気持ちになって当然だろう。

 なんとかして、一網打尽にしたい。そう思っても、農薬や完全防虫ネットに頼らず悪の集団を壊滅させるのは容易ではない。昆虫はからだの横にある気門で空気をとりこむから、牛乳をスプレーすれば、いくらかはやっつけられる。牛乳のもたらす膜が気門をふさぐからだが、それでも生きのびるものはいる。大きな期待はできないというのが、ぼくが体験から学んだことだ。

 積極的に闘うなら、黄色いバケツを用意しよう。半分ほど水を張り、乳酸菌とごま油を数滴混ぜて、植えたばかりの苗のそばに置く。

 農家にはよく知られているが、アブラムシは黄色が好きだ。その習性を逆手にとり、粘着剤つきの黄色いテープやシートを株の近くに設置する。人間は黄信号で注意するが、アブラムシは「進め」とばかりに、飛びこんでいく。

「黄色粘着板」とよばれ、市販されている黄色いシート。リボン状のものも流通している

「黄色粘着板」とよばれ、市販されている黄色いシート。リボン状のものも流通している

 だがじつは、そんなことをしなくても、自然界にはよくできたシステムが備わっている。

 それが天敵昆虫だ。アブラムシがあるていどふえると、寄生バチやテントウムシ、クサカゲロウなどが現れる。そのさきは自然の摂理にしたがい、かれら自身のためにもなる天敵として存分に働いてくれる。あるていどの犠牲は野菜栽培につきものだと鷹揚にかまえることができるなら、放置してなりゆきにまかせるのがいい。

アブラムシを襲うナナホシテントウの幼虫。アブラムシは逃げだすことがないので、まさに食べ放題だ

アブラムシを襲うナナホシテントウの幼虫。アブラムシは逃げだすことがないので、まさに食べ放題だ

 とにかく悪の軍団のようなアブラムシだが、それも考えようだ。水のなかにプランクトンがうじゃうじゃといることで、トンボやカエルの子が育つ。そして成長のあかつきには、人間が害虫とよぶものを成敗してくれるのだ。

 そうなるとプランクトンは、最終的な利益を得るための投資だ。アブラムシは地上で、同じ役割を果たしている。いうなれば、アブラムシは必要悪だ。

 江戸時代、髪に塗りつける子どもたちの遊びから生まれた名前が「油虫」だという説がある。椿油の虫版とでもみればいいのだろう。現代っ子はそんな遊びはしないから、「ほしいだけ捕っていいぞ」と言っても、だれも手を出さない。

 ピラミッドにたとえられる自然生態系を底辺で支えているのがアブラムシだ。そう考えることで心を広くすれば……、アブラムシの楽園ができあがる。悩ましい話ではある。


・・・・・・・・・・


異次元の芸術品:アブラムシの種類によっては、植物をヘンな形に変えさせる。俗にいう「虫こぶ」だ。有名なのがヌルデの葉に寄生するヌルデシロアブラムシで、その虫こぶはお歯黒や染料の原料になる「五倍子ごばいし」として珍重されてきた。アブラムシは、罪ならぬ財をもたらす作品を生みだす芸術家でもあるのだ。

ヌルデシロアブラムシの寄生で異様なこぶができたヌルデ

ヌルデシロアブラムシの寄生で異様なこぶができたヌルデ

 

谷本雄治(たにもと・ゆうじ)
プチ生物研究家・作家。1953年、名古屋市生まれ。田畑や雑木林の周辺に出没し、虫をはじめとする、てのひらサイズの身近な生きものとの対話を試みている。肩書きの「プチ」は、対象の大きさと、研究もどきをたしなむという意味から。家庭菜園ではミニトマト、ナスなどに加えて「悪魔の爪」ツノゴマの栽培に挑戦し、趣味的な〝養蚕ごっこ〟も楽しむ。おもな著書に『週末ナチュラリストのすすめ』(岩波科学ライブラリー)、『土をつくる生きものたち』(岩崎書店)、『ちいさな虫のおくりもの アリスの心とファーブルの目』(文研出版)などがある。自由研究っぽい飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。