[往復書簡]国籍のゆらぎ、たしかなわたし【第四期】|第5回|小さな「波」を伝えていけば(木下理仁)|朴英二+木下理仁

[往復書簡]国籍のゆらぎ、たしかなわたし【第四期】 朴英二+木下理仁 じぶんの国籍とどうつきあっていけばいいだろう。 「わたし」と「国籍」の関係のあり方を対話のなかから考える。

自分の国籍とどうつきあっていけばいいだろう。 「わたし」と「国籍」の関係のあり方を対話のなかから考える。

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[往復書簡/第四期]第5回
小さな「波」を伝えていけば
木下理仁


朴英二(ぱく・よんい)さんへ

 こんにちは。2度目のお便り、ありがとうございました。

多文化共生への取り組みはぜんぜん追いついていない

今後どのような取り組みが必要か

 うーん、むずかしいですねえ。

 最近、外務省や国連機関に勤めたあと、いまは大学の研究者として難民・移民政策の問題に取り組んでいらっしゃる橋本直子さんが、あるインタビューに答えて、「『べき論』では人も社会も、そして政府も絶対に動きません。そのことを実務家としての経験から学びました。だからこそ今は研究者として、原因や経緯、他国の政策をつぶさに実証的に検証することに注力しています」と語っているのを見て、ますます「むずかしいなあ」と感じているところです。「こうあるべきだ」という主張をくり返すだけでは変化は起きないとしたら、どうすればいいのだろう……。

 でも、一方で、法務省の官僚として40年近く働いてきた友人は「法律は、つくろうと思えばすぐにつくれるんですよ」とも言っていました。世の中の「勢い」とか「波」があれば、法律の文案をつくることじたいはそんなに時間のかかる作業ではない、という意味のようです。

 たとえば、最近、総理大臣秘書官の同性愛者に対する差別発言をきっかけに、逆に、同性婚を認めるべきだという世論が急に高まりを見せています。これもひとつの「波」なのかもしれません。そういえば、ツイッターで発信された「保育園落ちた日本死ね」のひと言で待機児童問題が重要な課題として認識され、政治を動かしたこともありました。

 だとすれば、その「波」が来たときにいっきに乗ること、そのタイミングを逃さないことが大事なのかもしれませんが、多文化共生は進める《べき》だとしても、それを後押しする「波」は、どこでどのように生まれるのか。「波」というのは、つくろうと思ってつくることができるものなのか。それを知りたいところです。

 そういえば、前々から英二さんに聞いてみたいと思いながら、でも、こんなこと聞いてもいいのかな? と思って、ずっと聞かずにきたことがあります。

 英二さんは、朝鮮学校の子どもたちのようすを追った映画をつくりながら、たとえば、修学旅行に行く高校3年生とともに朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に渡って、かれらのようすを撮影したり、あちらで開かれた国際映画祭に参加したり、かと思えば、韓国でも映画を上映して、そのようすをSNSで伝えたりしていますよね。平壌の遊園地やハンバーガー・ショップ、向こうで知り合った女性とのツーショット、韓国の映画上映会に来た若者たち、などの写真を見せてもらった覚えがあります。

 ぼくは、韓国籍の人が北朝鮮に行ったり、朝鮮籍の人が韓国に行ったりすることはできないと思っていたのですが、英二さんは、なぜそんなふうに、ひらりひらりと、南北朝鮮と日本の3つの国のあいだを行ったり来たりできるのですか? 韓国籍ではあるけれど、(北朝鮮とつながりをもつ)朝鮮学校の出身だから??? 南北朝鮮の国境はかんたんに行き来できないというのは、じつは「都市伝説」のような思い込みでしかない??? それとも、たまたま英二さんだけにそれが許される、なにか特殊な事情があるのでしょうか。

 ぼくは、英二さんのように自由に国境を越えて行き来し、それぞれの国の事情や文化をリアルに伝えることのできる人が増えたら、もしかしたら、そこに「波」が生まれるかもしれないと思ったりします。

 とくに自分の友人、知人がじっさいに自分の目で見てきたこと、体験した話は、テレビや新聞が伝えることよりもずっとリアルで真実味を感じます。

 たとえ小さな波でも、リレーのようにつぎに伝える人が大勢いれば、だんだんだんだん大きくなるかもしれない。さらに、ひとつめの波にふたつめ、みっつめの波が加われば、驚くほど大きなエネルギーが生まれることもあるんじゃないか。

 いまは、個人でも、SNSを通じて世界中の人に情報を伝えることができる時代です。たとえば、パレスチナ系イスラエル人の映像クリエイター、ヌサイア・“NAS”・ヤシンさんが短い動画で伝える世界をめぐり人と出会う旅が、世界中の偏見を笑いとばし、多くの人に刺激と感動を与えているように。

 知らないことが、恐れや偏見を生み、それが憎悪となって、攻撃的な態度につながることがある。偏見のもとになっているのは、しばしば10年も20年も前の古い情報にもとづいた、断片的な知識でしかないのに。無知はほんとうに恐い。無知をなくすためには、リアルな情報が必要です。

 大きな「波」を起こそうと思っても、なかなかうまくいかないかもしれないけれど、そこでやめてしまったら、さらに道は遠くなる。だから、ぼくらは、とにかく小さな石を投げつづけるしかないのだろうと思います。いつか大きな波が来ると信じて。

 これからも、朴英二さんの発信に大いに期待しています。そして、ぼくは、それをつぎの人に伝える役割を果たしたいと思います。

 

木下理仁(きのした・よしひと)
ファシリテーター/コーディネーター。かながわ開発教育センター(K-DEC)理事・事務局長、東海大学国際学部国際学科非常勤講師。1980年代の終わりに青年海外協力隊の活動でスリランカへ。帰国後、かながわ国際交流財団で16年間、国際交流のイベントや講座の企画・運営を担当。その後、東京外国語大学・国際理解教育専門員、逗子市の市民協働コーディネーターなどを経て、現職。神奈川県を中心に、学校、市民講座、教員研修、自治体職員研修などで「多文化共生」「国際協力」「まちづくり」をテーマにワークショップを行っている。1961年生まれ。趣味は落語。著書に『難民の?(ハテナ)がわかる本』『国籍の?(ハテナ)がわかる本』(太郎次郎社エディタス)など。