[往復書簡]国籍のゆらぎ、たしかなわたし|第2回|国籍への?(ハテナ)をくれた、ベトナム難民の青年(木下理仁)|安田菜津紀+木下理仁

[往復書簡]国籍のゆらぎ、たしかなわたし 安田菜津紀+木下理仁 じぶんの国籍とどうつきあっていけばいいだろう。 「わたし」と「国籍」の関係のあり方を対話のなかから考える。

自分の国籍とどうつきあっていけばいいだろう。 「わたし」と「国籍」の関係のあり方を対話のなかから考える。

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[往復書簡]第2回
国籍へのハテナをくれた、ベトナム難民の青年
木下理仁


 安田さん、おたよりありがとうございます。安田さんが『国籍のハテナがわかる本』をとてもていねいに読んでくださっていて、うれしいです。

 安田さんのお父さんは、自分の「国籍」とどうつきあうか、きっと複雑な思いを抱えていらっしゃったことでしょうね。「いらいら」「腹立たしい」「理不尽」「面倒臭い」……そんないろいろが入り混じったような感情でしょうか。それとも、「忘れたい」とか「なくしたい」? もしかしたら、自分が“無国籍”になっていることを知って、「そんなバカな」と唖然としたり憤慨したりしていたかもしれませんね。

 ある日突然、「おまえは日本人だ」「日本のために働け、戦え」と言われ、戦争が終わると「国籍は日本だが外国人とみなす」と言われ、数年後には「おまえは外国人だ」と言われる。「国」が一方的に決め、自分の意思とは関係なく国籍がコロコロ変わる。しかも、「外国人とみなす」とされたのは日本国憲法施行の前日で、新しくできた憲法が保障する「国民の権利」は与えられない。そんな無茶苦茶な! と思いますが、かつて朝鮮半島から日本に渡ってきたあなたの父方のお祖父さん、お祖母さんは、じっさい、自分の人生のなかでそういう経験をされたわけですよね。

 そして、というか、ところが、というべきかわかりませんが、日本で生まれたお父さんは、日本人のような名前を名乗って、国籍を隠し、娘のあなたにも自分のルーツを明かさないまま人生を終えられたのですね。

 「そのほうがいい」とお父さんが考えたのは、なぜなのでしょう。いろいろと悩み考えぬいてのことだと思いますが、お父さんに「そのほうがいい」と思わせたのは、たぶん、日本の社会のありようでもありますよね。日本の社会がこうだからと、お父さんは何かをあきらめていたのかもしれませんね。

 歳をとると、ほんとうはこうしたほうがいいとわかっていても、あるいは、こうしたいと思っていても、「いまさら、もう、いいよ」とあきらめてしまうことがあります。それを言いだしたところで、周囲の人を困惑させるだけで、自分が生きているあいだによいほうに変わることはないから、よけいなことは考えず、このまま終わりにすればいいと。

 お父さんがあきらめたものがあるとしたら、それはなんなのでしょう。日本の社会のありようが、人に何かをあきらめさせるのだとしたら、かなしいなと思います。

 安田さんがお父さんのルーツを知って、自分のことを単純に「日本人」と言いきれない気がするのも、かといって「在日」というわけでもないと思うのも、自然なことだと思います。そして、「日本人」ってなんなんだろうという疑問をもつのも、よくわかります。

 一方、ぼくの場合は、たまに海外旅行にいったときに飛行機のなかで入国カードの「Nationality(国籍)」の欄に「JAPAN」と書くときに、ほんの一瞬、意識するくらいで、国籍について深く考えたことなどありませんでした。たぶん、日本に暮らす多くの日本人は、ぼくと同じで、自分の国籍を意識したり国籍について考えたりすることは、ほとんどないんじゃないでしょうか。

 そんなぼくが「国籍」というものに初めて「?」を感じたのは、20代の終わりのころ、日本に住むベトナム難民の男性と出会ったときのことです。ぼくより少し年上の彼は、近ぢか日本人の女性と結婚する予定で、それをきっかけに日本の国籍をとったばかりでした。彼がくれた名刺には漢字の名前が書いてありました。彼が日本人として生きていくためにつくった新しい名前です。もとのベトナムの名前に音が似ている日本の苗字を選んだと言っていました。当時はまだ、帰化のさいには「日本人らしい名前」にするのが当然とされていたのだと思います。

 彼は日本国籍が取得できたことを喜んでいましたが、手続きにはずいぶん手間と時間がかかったようです。彼がどれくらいかかったと言ったかおぼえていませんが、ふつうは、帰化を申請してから認められるまで1年くらいかかるようですね。

 「すっごくたいへんだったよ。書類もいっぱい書いたし、何回も面接にいって、いろいろ聞かれた。それに、法務局の人が何回もアパートまで来て、近所の人に、ぼくが何か迷惑なことをしたことはありませんか、とか聞くんだよ。大声で騒いだことがないかとか……」

 定められた手続きをするだけでは帰化は認められず、真面目で品行方正な人でなければ「日本人」にはなれない。その話を聞いたとき、驚いたというのとはちょっと違う、なんだかよくわからない「もやもや」を感じたのをおぼえています。

 だれにでもわかる明確な基準が示されているわけではなく、役所の人が近所の人からたまたま聞いた話をもとに判断される? 生まれたときから「日本人」だった場合は、どんな犯罪をおかしても日本の国籍を失うことはないのに、新たに「日本人」になろうとする人には、ちょっとした近所迷惑も許されない? 「日本人」になることが認められる/認められないの境界線は、どこにあるのだろう? ひょっとして、日本人は真面目で勤勉で穏やかで協調性があり……みたいなイメージがあって、そうではない人が日本国籍をとると日本人のイメージが損なわれるからよくない、とか言う人がいるのだろうか。

 もしも日本国籍をとる人に「日本人らしい日本人」になることを求めているのだとしたら、日本はすごく閉鎖的であるばかりか、ずいぶんと傲慢じゃないか? それまでの人生でしぜんに身についた文化や習慣を捨てて、立派な日本人になれ、われわれ日本人を見習えと言っているようで。「日本人」って、そんなにすごいの? そもそも「日本人」って、なに?

 彼の話を聞いて、いろんな疑問が生まれました。そして、「日本国籍」をもつことと「日本人」であることとは、どういうふうにリンクしているのだろう、ということも考えるようになりました。

 『国籍の?がわかる本』は、そんなぼくの「?」「?」「?」……がもとになってできた本です。

 それにしても、「国籍」って、いったいなんなんでしょうね。

 ジョン・レノンの「Imagine」の歌詞に「国というものがなかったらと想像してみよう」とあるけれど、「国籍」のない世界を想像してみたら、どうだろう?

 『パパラギ』を読んだことありますか? 「はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集」という副題がついている本です。この本のなかに、パパラギ(白人)は「時間」というものを考えだして、時、分、秒と名づけて細かく切り刻み、皮のベルトで腕にくくりつけた小さな丸い機械を見ては、「時間がない」「時間がほしい」と言って、いつもせわしなく動きまわっているというくだりがあります。それは、いつまでも続いて、なくなることなどないものなのに。

 「国」や「国籍」も、どこかそれに似ているような気がします。だれかが「国」というものを考えだし、地球の上に目に見えない線をたくさん引いて、線で囲まれた枠のなかに住んでいる人間に「国籍」というものを与えて、その国に所属していることにする。本人がそれを望んでいるか否かに関係なく。昔、「国」というものができるまえは、人間はどこへでも自由に移動することができたはずなのに。

 安田さんのお父さんがあきらめたものって…………自由? ん? まさか、お父さんは韓国側にはわざと届けを出さず、みずから密かに「無国籍」を選んだとか? 「国籍」から自由になるために? せめてもの抵抗として?

 

木下理仁(きのした・よしひと)
ファシリテーター/コーディネーター。かながわ開発教育センター(K-DEC)理事・事務局長、東海大学教養学部国際学科非常勤講師。1980年代の終わりに青年海外協力隊の活動でスリランカへ。帰国後、かながわ国際交流財団で16年間、国際交流のイベントや講座の企画・運営を担当。その後、東京外国語大学・国際理解教育専門員、逗子市の市民協働コーディネーターなどを経て、現職。神奈川県を中心に、学校、市民講座、教員研修、自治体職員研修などで「多文化共生」「国際協力」「まちづくり」をテーマにワークショップを行っている。1961年生まれ。趣味は落語。著書に『国籍の?(ハテナ)がわかる本』(太郎次郎社エディタス)など。