[往復書簡]国籍のゆらぎ、たしかなわたし【第四期】|第4回|「共に生きる」「助け合う」という大切なことの喪失(朴英二)|朴英二+木下理仁

[往復書簡]国籍のゆらぎ、たしかなわたし【第四期】 朴英二+木下理仁 じぶんの国籍とどうつきあっていけばいいだろう。 「わたし」と「国籍」の関係のあり方を対話のなかから考える。

自分の国籍とどうつきあっていけばいいだろう。 「わたし」と「国籍」の関係のあり方を対話のなかから考える。

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[往復書簡/第四期]第4回
「共に生きる」「助け合う」という
大切なことの喪失

朴英二


木下理仁さんへ

 

 お便りありがとうございました。

 はじめに前回の続きで「ルーツとアイデンティティ」についてお話しさせていただきます。

「ルーツ」と一言でいってもそれは、どこまでさかのぼるのか?「元を辿ればみな同じ」ともいえます。

 私にとって重要なポイントとなっているのは、「祖父母が朝鮮半島から渡ってきた」という事実と、その祖父母の文化を受け継いだという記憶です。

 その記憶が、私のアイデンティティの重要な部分をつくりだしたと考えています。

 祖先をさかのぼって根源がどこにあるのか? というよりは「私のアイデンティティをつくった根源」として「ルーツ」を捉えているのかもしれません。

 アイデンティティの形成において、日本で生まれ育ったことが大きな影響を及ぼしていることも疑う余地がありません。

 言葉や食文化はもちろんのこと、日本ならではの文化のなかで育ってきて、それは当然私の深いところに根づいています。

 しかし、残念ながら疎外感を感じる環境でもありました。

「日本の中の小さな朝鮮半島」「在日朝鮮人の解放区」ともいえる朝鮮学校で育ったことにより、自己否定に陥ることなく伸び伸び成長できたことは幸いなことでした。

 いまのところ「私は在日朝鮮人(コリアン)です」という表現がいちばんしっくりきます。

 アイデンティティは変化するものなので、今後もっと外国の文化と交わり、とり入れる過程で、別のしっくりくる表現と出会えるかもしれないとも考えています。

 少し長くなってしまいましたね。

 今回の手紙ですが、日々、大学生と接している木下さんならではな内容で、とても考えさせられるものばかりでした。

表面的な付き合いしかしていないのではないか。世代の違いというよりも、これはもしかしたら、いまの「時代」なのかもしれない。

 やはり私も「時代」に着眼点があり、私たちが住む日本も大きく変わってきていることを実感しています。

 一昔前まで色濃かった血縁や地縁、高度成長期下の会社組織の一員としての組織縁みたいなものが崩壊し、それに代わるコミュニティ形成ができていないのが、いまの日本ではないかと強く感じています。

 抑圧的な家父長制であったり、村社会の排他的な構造からの脱却は、とても重要で、少なからず個の解放に繋がったと考えます。

 しかしその過程で、「共に生きる」「助け合う」という大切なことを捨ててきたのも事実だと思います。

 私は、日本社会に住んでいると同時に、そのなかの朝鮮人社会に住んでいるという感覚があります。

 日本人が、朝鮮学校のイベントなどに訪れると、「なんか温かくてよいよね」というお話をされます。

 さすがに「醤油を分け合う」みたいなことはないですが、子ども服のおさがりを分け合うみたいなことはいまでも残っています。

 とはいえ、先輩後輩関係やお付き合いなどで、面倒なことも多々ありますし、昔ほどではないですが、多少排他的な側面も残っています。

 在日朝鮮人も昔にくらべると日本社会へのアクセスが可能になり、20代30代ではその多くが日本企業で働いていますし、国際結婚もどんどん増えています。

 ある特定のコミュニティだけで生きるのではなく、「それを越えて交わり共有し、また戻ってくる」。そんな生き方に変化していて、それこそがアイデンティティのさらなるグラデーション化に繋がるんだと考えています。

 こんな時代だからこそ、コミュニティを喪失しないことも重要だと思います。

「個」が大事であることは言うまでもありませんが、それはけっして「集」はいらないというわけではない。

「既存の大きな集ではなく、小さな集の共生」であったり、「個の自由と幸せの実現のために、集はどうあるべきで、どのような役割を果たせるのか?」など、これからも考えていきたいと思います。

 木下さんの、授業での「外国人へのインタビュー」の取り組みは素晴らしいと感じます。

 国や民族、宗教などによって、他者との関わり方、接し方もぜんぜん違ったりするので、日本で生まれ日本で育ってきた学生たちにとっては、とても貴重な体験になると思います。

 日本では昨今、外国人労働者を多く受け入れていますし、移民政策の見直しも待ったなしの状況だと思いますが、多文化共生への取り組みはぜんぜん追いついていないように見えます。

 ここは木下さんの専門分野だと思われるので、「今後どのような取り組みが必要か」ぜひお伺いしたいです。

子どもの頃、転校が多くマイノリティの心細さを経験した

 というお話ですが、「思いやりの心をもつ」うえで、すごく大切な経験だったんじゃないかと思いました。

 世の中は、残念ながら美しいものばかりではないですし、つらいこと、悲しいこと、傷ついたり、信頼して裏切られ、避けて通れないことがたくさんありますよね。

 そんな経験を乗り越える方法も人それぞれだと思いますが、子どもなりに自分自身で乗り越えていくためのヒントやきっかけを与えてあげるのが大切だと思います。

 受験勉強や技能習得も大切かもしれませんが、「心の豊かさ、人間関係の構築、自分らしく生きる感性」、こういったものを、学校で育んでほしいといつも考えています。

自分に疑問を持たない人が苦手です。問答無用でその人の考えを押し付けられると、気持ちが萎えてしまいます

 私も同じく「問答無用で考えを押し付ける人」が苦手なんですが、徹底的に議論してぶつかることがよくあります。

 その結果、わかり合えることがほとんどですが、たまにわかり合えないこともあります。笑

「もしかしたら」とか、「かもしれない」「ような気がする」という感覚、それが木下さんの素晴らしさだと思っています。

 

朴英二(ぱく・よんい)
大阪生まれ横浜育ちの在日コリアン3世。バンタン映画映像学院卒業。「蒼のシンフォニー」「ニジノキセキ」などドキュメンタリー映画を製作、公開。DMZ国際ドキュメンタリー映画祭、ダラスアジアン映画祭などで受賞。