他人と生きるための社会学キーワード|第5回(第3期)|教師の質保証について考える──「選抜」から「教育」への転換|津多成輔

リレー連載 他人と生きるための社会学キーワード 毎号、ひとつのキーワードから「問題を考えつづける」ための視点を伝えます。社会学者から若い人へのメッセージ

毎回、ひとつのキーワードから「問題を考えつづける」ための視点を伝えます。社会学者から若い人へのメッセージ。

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教師の質保証について考える
「選抜」から「教育」への転換

津多成輔

 昨今、教師不足が話題となっている。これを受けて、文部科学省は教員免許状の取得を促すために、これまで短期大学を中心に運用されていた小中学校などの教員免許を2年間で取得できる教職課程を、2025年から特例的に4年制大学に導入する方針であることが報道されている。容易に取得できる教員免許状の教職課程を4年制大学にも導入することで、資格取得を促し、多様な人材を教師として確保する狙いがあるという。

 この背景には、公立学校教員採用選考試験の採用倍率の低下がある。2022年度は、3.7倍で過去最低であり、最も高かった13.3倍(2000年)から大きく低下している。なかでも小学校が2.5倍となったことに対しては「学校現場では、受験倍率が3倍を切ると優秀な教員の割合が一気に低くなり、2倍を切ると教員全体の質に問題が出てくる」(『日本経済新聞』2019年8月27日)というように、質の低下につながるものとして「問題」であるとする論調もある。なるほど、たしかに1倍に近づくことは、志望すればだれでも教員になれる状態に近づくことを意味する。他方、現実的な問題として2022年の出生数が80万人を割り込んだように、今後は教師に限らずどの職業においても成り手の減少を避けては通れず、前述の選抜の論理による質保証という方策は、すでに大きな転換を迫られている段階にあると考えることもできる。

 そうであるならば、教師の質はいかにして保証していくことができるだろうか。ここでは質保証のあり方のひとつとして教員免許状という資格について考えてみたい。

 教員免許状は、基本的には大学や大学院において教職課程とよばれるカリキュラムを履修することによって取得できる。現状の教職課程では、大学院で専修免許状を、4年制大学で1種免許状を、短期大学で2種免許状を取得できるようになっている。専修免許状・1種免許状はすべての学校で発行されているのに対して、2種免許状は高校以外の学校で発行されている。また、2種免許状のみを有する教員については、教育職員免許法第9条において一種免許状を取得する努力義務が規定されているものの、基本的にはどの免許状でも日常的な業務は変わらないのが一般的である。

 その一方で、2種免許状、1種免許状、専修免許状のあいだには取得するための教職課程に大きな違いがある。教職課程では、教科に関する科目、教職に関する科目、教科または教職に関する科目、その他の科目を履修する必要があるのだが、たとえば、小学校でそれぞれの免許状の取得に必要な単位数は、2種免許状で45単位、1種免許状で67単位、専修免許状で91単位となっている。このうち、その他の8単位については教職課程か否かを問わず、大学等において修得すべき科目であるために実質的には2種免許状は37単位、1種免許状は59単位、専修免許状は83単位ということになる。大学での学習における1単位は、授業時間15時間と授業外学修30時間の合計45時間が標準であることから、2種免許状と1種免許状の学修時間の差は、45時間×22単位で990時間ということになる。

 ところで、学校の教師という職業が資格制度化されたのはいつからだろうか。じつは明治維新以前の寺子屋の師匠や私塾、藩校の教授など教育に関する職業には、資格は存在しなかった。明治維新後、近代的な学校制度を確立する過程で教育の質を保障するために教師が資格制度化されることになったのが始まりである。たとえば、小学校の教師となるための資格証明書には、師範学校や中学校の「卒業証書」が必要であった。

 この「卒業証書」は今の学校のように容易に取得できるものではなかった。当時の学校は出席さえしていればほぼ自動的に進級できる現在の「学級制」とは異なり、教育内容の難度によってクラスが編成され、教育内容を習得した者のみが進級していく「等級制」が用いられていた。「等級制」のもとで試験に合格できなかったものは原級に留まる必要があったため、その結果としての師範学校や中学校の「卒業証書」は一定の学修を証明するものとして機能していた。

 ただ、当時は学校制度が始まったばかりで教師不足も深刻であった。このため、不足している教師を補うために①師範学校が実施する試験に合格することで「卒業証書」を授与する方法、②国が定めた一定の基準のもとで各府県が実施する検定試験に合格することで「教員免許状」を授与する方法の2つがあったという。師範学校や中学校の卒業者の数が限られるなかで、教師となるために主流だったのは②の検定試験であり、明治13年の調査によれば、有資格教員のうち約3分の2は、この検定試験によって「教員免許状」を受けたものであったという。ただし、この検定試験の合格率は、一例として明治13-16年の埼玉県で33%であったようにひじょうに厳しかったとされている。

 さて、現在に時間を戻して考えれば、教員免許状の取得に必要な単位数は前述したように1種免許状で67単位である。これらの単位の試験に1つ1つ合格することで、初めて取得できる教員免許状は、現在でも学校教員になるための資格要件である。このことを踏まえれば、教員免許状の制度をもってして必要な資質・能力を一定水準以上に保つことも可能であると考えることもできる。

 もちろん、現状の教職課程における単位取得が明治維新後の学制における試験のような厳格さを備えていないことに加えて、取得すべき単位の内容が教職に必要な資質能力を養成するものとなっているのかについては、学校教育が何のためにあるのかについて立ち返りつつ問い直しつづけることが必要となる。ただ、冒頭で紹介したような容易に取得できる教員免許状の教職課程を4年制大学に導入するという「選抜」を前提とした質保証の方策は、教職課程における「教育」で育まれる資質能力への軽視ともいえ、教師の質保証において負の影響も大きいのではないだろうか。

 近年、教師の資質能力の向上の文脈では「養成・採用・研修の一体化」が叫ばれている。そのなかで教師の質を考えるのであれば、成り手の減少に抗い「選抜」の論理を維持するために「教育」を軽視するのではなく、成り手が少ないなかで養成・採用・研修における「教育」を通して教師の資質・能力の向上に注力するほかないのではないか。教師の質保証は、教師がきちんと学びつづけられる環境整備として取り組んでいく必要がある。それをなくして「選抜」の論理に依拠するのであれば、「教育」の放棄にほかならない。


■ブックガイド──その先を知りたい人へ
天野郁夫『増補 試験の社会史――近代日本の試験・教育・社会』平凡社、2007年
陣内靖彦『日本の教員社会――歴史社会学の視野』東洋館出版社、1988年
ダン・ローティ『スクールティーチャー――教職の社会学的考察』学文社、2021年

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津多成輔(つだ・せいすけ)
島根大学教育学部講師。筑波大学大学院3年制博士課程人間総合科学研究科ヒューマン・ケア科学専攻修了。博士(教育学)。専門分野:教育社会学、共生社会学、進路研究、高等教育研究。
主要著作:
『教育社会学』共著、ミネルヴァ書房、2018年
「へき地校の教師が学力向上を重視する指導の論理――和歌山県紀南地域A高校の事例」単著、『社会学年誌』第64号、2023年
「2002年から2020年における教員採用試験競争率の推移の背景――都道府県別の採用者数および推定22歳人口の寄与の試行的分析」単著、『教育学系論集』第47巻第2号、2023年

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