他人と生きるための社会学キーワード|第11回(第2期)|ニート再考──曖昧なイメージを超えて|小山田建太

リレー連載 他人と生きるための社会学キーワード 毎号、ひとつのキーワードから「問題を考えつづける」ための視点を伝えます。社会学者から若い人へのメッセージ

毎回、ひとつのキーワードから「問題を考えつづける」ための視点を伝えます。社会学者から若い人へのメッセージ。

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ニート再考
曖昧なイメージを超えて

小山田建太

 

 あなたは「ニート」という言葉について、どれほど深く理解しているだろうか。または「ニート」と聞いて、どのようなイメージを浮かべるだろうか。昨今ではさまざまなメディアや社会生活の場面で多岐に取り沙汰される言葉となっているが、なかには偏見をこめた語り口が散見される。しかしながら、このような語り口は適切ではない。なぜなら、「ニート」という言葉は元来そのような偏見を含意するものでなく、またそのような語法が、さまざまな立場にある人を傷つけるからである。そこで本稿では、日本での「ニート」という言葉の成り立ちの経緯や、そこから私たちが受けとめるべき重要なメッセージを整理したい。

 まずはじめに、日本の「ニート」という言葉はイギリスの「NEET」という政策用語を受けて誕生したものであることを確認したい。1999年に「NEET」という言葉を初めて紹介したイギリスの社会的排除防止局(Social Exclusion Unit)による報告書『Bridging the gap』によれば、1990年代のイギリスでは毎年16~18歳の若者人口のうちの9%が学校に行かず、雇用や職業訓練にも従事していない状態に陥ってしまっているといい、このような状態にある若者(young people who are Not in Education, Employment or Training)を、その頭文字を取って「NEET」と名づけている。

 このように把握された「NEET」の存在がなぜ問題視されたのかといえば、それは彼らが、自己責任の次元を超えたさまざまなリスクにさらされているためであった。同報告書の調査結果によれば、「NEET」の状態にある若者の傾向として、特定の地域やエスニック・グループに属する者であることや、彼らの両親が貧困や失業の状態にあること、また学校での成功経験に乏しいことやホームレス状態であることなどが言及されている。加えて、16~18歳の時点で「NEET」であることが、21歳時点でのさまざまなリスクを引き起こすことも推計されており、具体的には健康状態の悪化やうつ病の発症、また「NEET」の状態の継続などが挙げられる。そして同報告書は、このような「NEET」の状態にある若者が将来的に失業や犯罪、ドラッグやアルコールの濫用などを経験してしまう可能性が高いことに警鐘を鳴らしている。

 以上の結果より同報告書は、「NEET」の状態にある若者が「社会的排除」(Social Exclusion)の状態に陥っていることを鋭く結論づけている。

 ここで「社会的排除」とは、彼らにとっての具体的な目標の達成や、自立した大人になることを目指した「移行」(トランジション)の実現が上述のような複合的な要因によって困難となるプロセスを表現している。したがって同報告書では、「NEET」の状態にある若者を学校や仕事の場において安定的に包摂するための、ひいては彼らのさまざまな権利を保障するための方策が多岐に提案されている。

 一方で同時期の日本でも、仕事に従事していない若者への社会的関心は急速に高まっている状況があった。内閣府『平成20年版 青少年白書』によれば、15歳以上の若者における失業率(仕事を失った者のうち求職活動や復職準備をおこなっている者の割合)やフリーター(パート・アルバイトの仕事に従事する者およびその仕事を希望する若者)の数は1990年代から2000年代初頭にかけて、それぞれ大きく増加している。

 このような若者の実態に呼応して、2000年代以降には彼らの状況を把握し改善しようとする多くの研究が実施されていくが、なかでも国内で初めて「NEET」という言葉を紹介したとされるのが、日本労働研究機構(現在は、労働政策研究・研修機構)が2003年に公表した報告書である。またこのような研究の成果は、国内における「若年無業者」の把握に結実していった。

 この「若年無業者」とは、15~34 歳の非労働力人口のうち家事も通学もしていない者を指すが、これは先述した「NEET」の定義に近く、すなわち日本型の「ニート」を指し示す用語である。加えて総務省の「労働力調査」によれば、この「若年無業者」の数は1993年では40万人であったが、2002年では64万人に上ったとされている。そして上記の報告書をはじめとする一連の研究群は、教育機関に通わず就労状況も安定しない若者が「社会的排除」を受けて社会的弱者に転落することのリスクを浮かび上がらせつつ、彼らの「社会的包摂」(Social Inclusion)を実現するための具体的な提案をおこなう役割を果たしてきた。

 ただし注意すべきなのは、このような「若年無業者」(日本型の「ニート」)の用語が、イギリスや国際社会における「NEET」の用語とは異なる点を有していることである。第1に、日本の「若年無業者」は15~34歳という比較的幅広い年齢層を対象としており、国際的な「NEET」の用語が若者の比較的早期のキャリアにおいて生じる社会的排除を問題視していることとの差異がある(なお、昨今の公的統計では44歳までの無業者が把握されるに至っている)。第2に、若年無業者は「失業者」をその定義のうちに含んでおらず、求職活動中の就労意欲の高い層があえて除外されている。第3に、若年無業者には家事に従事する若者も含まれない。このことには、家事従事者には専業主婦(主夫)などが含まれることから彼らの状況を「若年無業者」の状況と重ねることは妥当でない、という解釈が反映されている。

 以上を要約すれば、日本の「若年無業者」(日本型の「ニート」)とは国際的な「NEET」の用語と比較して、より高い年齢層かつ比較的活動的でない若者に焦点化する用語となっていることがわかる。重ねてこのような定義の含意が、私たちに「ニート」への多様なイメージを抱かせる要因にもなっている。

 しかしながら、「ニート」に対して「働く意欲のない若者」というイメージが付与されてしまうことは正しい現状認識であるとはいえない、ということを強調したい。なぜなら、「若年無業者」のなかには就業希望を表明していながらも求職活動には至っていない若者(これを「非求職型」という)が一定割合を占めることや、彼らが求職活動をしない主要な理由として「病気・けがのため」などの自己責任を問うことが難しい理由が挙げられること(内閣府『令和3年版 子供・若者白書』)などのさまざまな事情を十分に踏まえなければならないからである。

 また、私たちの社会は無業の若者に寛容であるとはいえず、彼らの現状が等閑視されている可能性や、彼らが社会的孤立に陥ってしまう危険性も高い。重ねて、そもそも本稿がこれまで確認したように、「若年無業者」や「ニート」という用語には彼らが既存の教育機関や労働市場から排除されていることを問題視する政策的意図が込められている。事実、多くの先行研究が明らかにしてきたとおり、昨今の日本社会における「若年無業者」および「ニート」が「社会的排除」を受けている/受けてきた可能性はひじょうに高い。「ニート」は“働かない”のか、それとも“働けない”のか。あるいは、「ニート」が抱える「問題」の責任は“個人”にあるのか、それとも“社会”にあるのか。これらの問いを考究するさいには、「ニート」について曖昧に抱くイメージは不要である。


■ブックガイド──その先を知りたい人へ
本田由紀・内藤朝雄・後藤和智『「ニート」って言うな!』光文社、2006年
宮本みち子『若者が無縁化する──仕事・福祉・コミュニティでつなぐ』筑摩書房、2012年

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小山田建太(おやまだ・けんた)
常磐大学人間科学部教育学科助教。筑波大学大学院博士課程人間総合科学研究科教育基礎学専攻在学中。専門分野:教育社会学、共生社会学、若者支援。
主要著作:
『教育社会学』(共著)、ミネルヴァ書房、2018年
「準市場における事業評価の影響の検討」『日本教育政策学会年報』第26巻、2019年
「公的若者支援施策における支援の意義に関する考察」『社会政策』第14巻第3号、2023年

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