アイドルとのつきあいかた│第5回│ひとりよがりな「愛情」が与える苦痛│ロマン優光

アイドルとのつきあいかた ロマン優光 ろまん ゆうこう 〈不健全な疑似恋愛関係〉から〈健全な共犯関係へ〉──これからのアイドルとオタクの関係性を考察します。

〈不健全な疑似恋愛関係〉から〈健全な共犯関係へ〉──これからのアイドルとオタクの関係性を考察します。

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第5回
ひとりよがりな「愛情」が与える苦痛

アイドルとオタクが
ズレるとき

わざわざ、時間もお金もかけてアイドルのライブ・イベントというエンターテイメントの現場に足を運んでいるのに、自分の心のあり方のせいで楽しめなくなるということは愚かしいことだ。基本的には我々は楽しむために現場に赴くのである。それが推しの卒業・脱退ライブ、グループの解散ライブであったとしても、終わってしまうその瞬間までは、ただただ楽しい時間が積み重なっていくというのが理想である。

それは大前提であるのだが、オタク側が心から楽しんでいるからといって、演者側はかならずしも楽しくない場合、不愉快になっている場合も当然存在する。そこにもいろいろな状況、さまざまなパターンがあるわけだが、全体的に似通ったものが通底しているようにも見える。

そういった事例があるということを知った人がふつうに想像するのは、演者に対して悪意がある例であろう。対バンライブでたまに見られるような、ほかのアイドルのオタクがライブ中に悪ふざけで沸いてみせるというような例などは、ひじょうにわかりやすい例だ。目当てのアイドル以外で盛り上がってみせることじたいは悪いことではないが、あからさまに下にみてバカにした感じで悪ふざけをはじめるようなオタクもいるわけだ。悪質な行為ではあるが、オタク側の心理も想像しやすい。そもそも相手に対してなんの気持ちもないのだから、そういう他人をバカにした行為をする奴もいないではない。分析することはたやすいだろう。

ただ、こういうあからさまに悪質なケースはそうそう頻繁に起こるわけでもない。こういうことをやると、そのアイドルを推しているオタクともめごとになるのは当然のことなので、よほど相手を舐めきってないとあからさまにはやらない。そういうわけなので、オタクがぜんぜんいないようなグループで起こりがちではあるが、よほどひどい悪ふざけをしなければ、アイドル側からしてみれば「知らないお客さんが盛り上がってくれてる」というふうに見えるだろう。

ステージがよくて新規のお客が自然に沸いてしまったのも、対バンのオタクが親切心で沸いているのも、悪ふざけをしてるのも、オタク側の視点からは即座に区別がつくにしても、ステージ側からは瞬時に区別できるわけではないのだから。存在しても、アイドル側が気づかなければ何事もないように過ぎ去ってしまう。

単純に個人的な悪意があってわざと現場を荒らすような場合(過去に運営と揉めた、アイドルに干されたなど)も存在するが、それはたんなる復讐行為であり、べつにアイドル現場を楽しんでいるわけではない。 また、大規模イベントなどでオタク集団がわざとルールを違反するようなことをしてセキュリティと揉めてみせるのも、アウトローめいたふるまいによってオタク社会で承認欲求を満たそうとする行為であって、すでにアイドルのことなど関係なくなっているので、少し違う話になるだろう。


ズレが引き起こす
不幸な関係

悪意はないのだが、単純に現場で目立ちたくて変な悪ふざけをしたために、アイドル側に嫌われるオタクもいる。これなども、わかりやすい。たんにその個人が愚かな目立ちたがり屋というだけだ。べつに目立ちたいからではなく、高まりすぎて奇妙なことをしてしまう人(沸くタイプの現場なのにステージを見つめていたくて地蔵でいるのも、ある意味その現場では奇行の一種である。)も存在するが、無害な(あるいは愛すべき)奇人としてアイドル側から許容される場合が多い。目立ちたくてふざけていても、それが面白いからアイドル側から嫌われない人も存在する。ほかのオタクが嫌がったところで、明文化されたルールに反しておらず、アイドル側が好意的に受け取っているのであれば、それはそういう現場なので、嫌なほうが現場を離れるしかない。

そういうアイドル側からは受け入れられる人たちと、嫌われるオタクの差というものは、演者・ステージに対する敬意やセンス(単純な面白さのセンスや場の許容範囲を読むセンス)の有無なのだろう。地下アイドルの現場においては、定型でないタイプの変なオタクは、なんだかんだで面白い人としてアイドルから愛されている場合が多い。そういう場で、目立ちたいというていどの動機で嫌われてしまうというのは、そこに至るまでの過程でいろいろと問題がある言動がある人であった場合が多いだろう。

また、なんの悪意もなく純粋な気持ちから現場で沸いているのにアイドルから嫌われている哀しい例もある。グループの音楽的な部分やステージでの表現の方向性を理解しないまま、オタク側がグループの方向性にそぐわないノリでがんばってしまっている場合だ。アイドル現場での定形の沸き方しか知らないために、なんの悪意もなくステージ側の意図にそぐわない行動で表現を潰してしまい、疎まれるパターンである。ステージ側からすれば、自分たちが頑張って表現しているものを台無しにされているわけだから不快になるわけだが、オタク側は頑張って応援しているだけなのでどうにもしようがない。グループの方向性を理解する客が増えていくことで、自然淘汰的に現場がグループの望む方向性になっていくことで解決されるしかない。

しかし、グループの方向性を支持している客が多かった状態から、無理解な客が多数を占めるようになることも、実際には起こる。いわゆる「アイドル文化」というものは音楽性やステージングよりも演者の容姿や「キャラクター」の魅力というものに大きく比重をおいたものであるために擬似恋愛的なものが強く場を支配しており、そのために文化的趣味嗜好を越えて人を呼び寄せてしまう以上は避けられないことでもある。好きな人が好きな表現をしているとはかぎらない。


かみ合わない、
だから気づけない

女の子に対しては気持ちがあるのだが、ステージ上の表現というものにそんなに重きをおいて考えたりしていないために起こってしまう悲劇が上記の例だが、はたから見ると一見同じに見えるがより悪質なものもある。それは現場の個人のモチベーションの主体がアイドルから自分の属するオタク集団のほうである場合だ。

この問題は何回か触れているので、細かく言及することはしないが、演者に対する敬意が根本の部分で欠如している。顔があるていど以上好みで自分に愛想がよいという条件を満たしているアイドルであれば、彼らの求める機能を満たすのにじゅうぶんであり、深くグループの方向性や個人の性質を考えたりすることを必要としていない。上記の例にあるのはステージや演者の気持ちに対する無知・無理解であるが、この場合にあるのは無視である。そこには現場に金を落としていることからくる驕りも存在する。

アイドルによっては、そういったオタクのホモソーシャルを内面化して積極的にかかわったり(じっさいに繋がったり、引退後行動をともにする例もある)するタイプの人もいれば、現役時にははっきり表明しなかったが引退後にそういうものに対する嫌悪感が滲み出ている人もいる。たとえ運営側が考える方向性をオタク側が無視して行動しようとアイドル側がそれをよしとしてる場合もあるし、運営側がオタク側の行動をよしとしていてもアイドル側がうけつけられない場合もある。

アイドルと運営とオタクのそれぞれの「アイドル」というものに対する考え方がピッタリと合っていれば、はたから見ていびつだろうが、その現場にいたい人がその現場にいればいいというだけの話でもあるのだが、そういうふうにうまく組み合わせがいくとはかぎらないのが現実ではある。客商売である以上、よほどのことがないかぎりはアイドル側や運営側から露骨に客を拒絶するわけにはいかないし、オタク側もその場がいちばん楽しいあいだは、露骨に排除されないかぎりはとくに去ることもない。自分がアイドルに精神的な苦痛を与えていることに気づかないまま、あるいは無関心のまま、その現場で過ごしていくオタクも多く存在することになる。


苦痛を与える接触しか
できないオタク

これまで触れてきた問題は組み合わせの悪さによって生まれてくる問題である。これまで触れてきたようなオタクのホモソーシャルも、社会的状況を反映した問題が内包されているのはたしかなのだが、運営・演者・客のすべてがそれを疑問視することなくふつうのものとして受け入れているのであれば、現場単位では問題とされることはないだろう。また、組み合わせが替わることで解決できる問題も存在する。

 アイドルを推すことが義務感になってしまっている状態は、多くのオタクが経験してしまうだろう。義務になってしまったら、仕事といっしょで純粋に楽しむことが不可能になってしまう。そういう場合、とりあえず現場にいかないという選択を一度してみるのが重要だ。本当に心が離れてしまっていることを実感して「他界」したり、間をあけることで本来の現場の楽しさを思い出し、楽しくオタ活を再開できたり、結果はどちらになるかはわからないが、楽しくない状況から脱出できることはまちがいない。

つぎにあげるのは、どういう組み合わせであっても相手に苦痛を与えるような接触をしてしまうオタクについての話になる。

その人が推すとアイドルが辞めてしまうというふうに言われるオタクが存在する。多くの場合はたわいのない冗談で言われているだけだ。実態としては、どう考えても人気の出なさそうなグループを推しがちであったり、辞めてしまいそうな人気のない人、精神的に不安定で活動を持続するのが難しそうな人、運営の定める規約に反してしまいそうな素行に問題がありそうな人を推してしまいがちな人をからかってるだけにすぎない。

しかし、なかには本当にクラッシャーとしか言いようがないタイプのオタクもいる。活動に対するモチベーションも高く、人気もあるような人を辞めさせてしまうような、アイドルを精神的に病ませるような接触のやり方を好んでしているオタクだ。パワハラめいた高圧的なコミュニケーションをとってしまうタイプが多いように思われる。本人としては善意でアドバイスのつもりでやっている人間もいるし、若い女の子を逃げ場のない状況でいたぶることに快感をおぼえている者もいる。そういうパワハラめいたコミュニケーションをふだんから職場や家庭で無自覚にとってしまっている人間もいれば、変質者めいたサディスティックな人間もいる(両者が入り交じったタイプも存在するだろう)ということだが、やられるほうにしてはたまったものではない。悪気があろうがなかろうが、やられるほうにとっては同じことだ。こういうオタクが現場に居着くことはアイドルにとっても、ほかのオタクにとっても不幸なことである。

接触時にアイドルを不快にさせる例としては、露骨に性的な話・下品な話をする、相手の心を逆撫でするような無神経な発言をするといった、一般社会でもよく見られるコミュニケーション能力に難があるタイプの人たちによって起こされているものがある。これらはひじょうにわかりやすいし、何がおこなわれているかが理解しやすい。

コミュニケーションに難があるといえば、どのアイドルの接触にいっても自分が考案したオリジナルのポーズをやらせてチェキをとることに執着し、会話もそれをやってもらうことだけに向けて一方通行的におこなわれ、だれが相手でも判を押したように同じ言動をしている風変わりな人をよく現場で見かける時期があり、あれもアイドル側は大変そうであった。ただ、基本的には無害だ。

自分が通っていた界隈で、アイドルと結婚の約束ができていると思いこんでいる中年男性が現れたことがある。よくある冗談めいた求愛かと思ってアイドル側も対応をしていたら、実は本気であったというパターンだ。彼がスポーツ観戦をアイドルに勧めて、アイドル側が今度見てみるということを言うと、自分といっしょに見にいくと思いこんでしまうような人だった。そういう思い込みの数々をTwitter上でほかのアイドルにも報告しだして、彼が本気だということが同じ界隈のオタクに知れ渡ることになった。現場でも変な人だとは思っていたのだが、そこまで異常だとは思ってなかったので驚いた。

彼女がアイドルを辞める時期と被っていたため、彼のなかでは「彼と結婚するために引退する」ということになってしまったようで、Twitterでのはしゃぎっぷりは凄まじいものがあった。アイドル本人が彼に対して否定しても、理解できない様子であったが、彼女の友人のほかのアイドルにTwitterで詰められたうえに最後のライブに入れてもらえず追い返され、オタクからもさんざん叩かれることに。そうなって現実を理解したようだが、すぐにほかの場所で元気にオタ活を続けていた。


苦痛を与えるのは
「異常者」だけじゃない

また、自分のいっていた界隈で、アイドルにやたら触りたがる初老男性が出没していた時期があった。密着してチェキが撮れるような接触ができるような地底アイドルにも通っていたようだが、そういうレギュレーションのないアイドルでも触りたがる。ライブ中にオタクとハイタッチ的な振り付けがあるパートで手を握ろうとする。物販中に顔をいきなり撫でる。運営の人手が手薄なところ、おとなしそうな子を狙ってやっている点、一度触ったところには次は現れない点から考えて、地底の触れる接触をやっているアイドルをメインにしながら、意図的にあちこちで同じようなことをくり返していたのだと思う。

杖をついていたので、オタクも親切で前のほうに入れてあげたり、アイドル側からも親切(バランスを崩したらいけないので、ふつうより近くに寄ってあげるような)にされていたようだが、お触りおじさんとして警戒されてほかのオタクが調べてみると、同時期にアイドルと元気に神輿(オフ会的なイベントでだと思われる)を担いでいる写真が出て来たので、擬装なのかもしれないと噂になった。

結婚妄想の彼やお触りおじさんの件は、あからさまに異常な個人が起こした事例であるが、べつに異常な人だけがアイドルを苦しめる異常な行動をとるわけではない。

仲のいいアイドルが集まったトーク・ショーでのこと。出演者みんなが、文章を書くのが好きなような内向的で個性的なタイプであり、グループのなかで一番人気ではない人たちでもあった。ライブ中にほかのメンバーばかりオタクが見ていて、センターで歌っているパートでもこっちを見ていなかったり、撮影もされないのは不快だという話題がそこでされたあとの出来事だ。その話題を受けて、ひとりのアイドルを推しているオタクたちが、彼女が発言している最中に集団で写真を撮り出した。それはいいのだが、ほかの人が発言をしだしても、騒ぎながらそのアイドルを撮影するのをやめようとしない。司会者が注意してやめさせたのだが、彼らは何をしていたのだろう。彼女がしてほしくないと言っていたことをほかの人に対してやって、彼女が嬉しいと思うのだろうか? しかも、ほかの出演者もプライベートでも遊びにいくような親しい間柄だ。友人に失礼な態度をとられて、彼女が喜ぶわけがない。

オタク側としては、彼女への愛を伝えるためにはりきったのだろうが、それは彼女を傷つける行為でしかない。そのアイドルは大学でジェンダー関連の授業をとっていることを書いていたり、ミソジニー的なものに対して嫌悪感を文章でたびたび表明している人であったし、彼らの行動は典型的なアイドルオタクのミソジニーの発露として、もっとも彼女に嫌われる行為だろう。推しているといい、愛があるといいながら、彼女がどういう人であるかを理解しようとぜんぜんしていない。

彼女のバイト先の飲食店で彼女のオタクがたまりだす事態になった。アイドルが複数バイトしているが、ふつうの飲食店でありコンカフェ(コンセプトカフェ。メイドカフェなどテーマを押し出したカフェ。アイドルがバイトしていることも多い)のたぐいではない。 集団で集まることで仲間の結束を高め、彼女に対する愛を高めあい、彼女に自分たちの愛をアピールしているつもりだったのかもしれないが、長時間居座ることはほかの客の迷惑(アルコールの提供はあるが飲み屋ではないし、集団で長時間たまるような営業形態ではない)であるし、店にとっても当然迷惑だ。

それについて彼女がblogで苦言を呈したら、Twitter上で「頭ゴンゴン」とリプを飛ばすものがいた。「悪いことをしたので頭ゴンゴンしたよ、ごめんね」ということなのだろうが、真面目な問題で苦情を言われているのにありえないだろう。まったくもって信じられない話だ。どう考えても自分たちが悪いのに、あんなことを言わなくてもいいだろうと言いだすものもいた。愛しているといいながら、けっきょくは彼女をひとりの人間として尊重できていない。自分が盛り上がるためのツールでしかない。

オタクの一方的な「愛情無罪」みたいなものは許されないだろう。愛を訴えながら、相手をまったく理解しようとせずに自分に酔っているだけであり、想像力に欠けすぎている。

どの問題も突きつめれば共感性の乏しさと想像力のなさが根底にある。それはコミュニケーションを成り立たせるために必要なものであり、表面的な会話スキルといったもの以上にコミュニケーションにおいて重要なものだ。コミュニケーション能力が乏しいがゆえに、金銭を介在させることでコミュニケーションを成立させてもらえるアイドル現場にはまる人間がいる可能性は否定できない。

 

ロマン優光(ろまん・ゆうこう)
1972年高知県生まれ。ソロパンクユニット「プンクボイ」で音楽デビューしたのち、友人であった掟ポルシェとともに、ニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」を結成。ディレイ担当。WEBサイト「ブッチNEWS」でコラム「ロマン優光のさよなら、くまさん」を隔週連載中。
著書に『90年代サブカルの呪い』『SNSは権力に忠実なバカだらけ』『間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに』『日本人の99.9%はバカ』(いずれもコア新書)、『音楽家残酷物語』(ひよこ書房)。