アイドルとのつきあいかた│第3回│接触に臨むオタクの気持ち│ロマン優光

アイドルとのつきあいかた ロマン優光 ろまん ゆうこう 〈不健全な疑似恋愛関係〉から〈健全な共犯関係へ〉──これからのアイドルとオタクの関係性を考察します。

〈不健全な疑似恋愛関係〉から〈健全な共犯関係へ〉──これからのアイドルとオタクの関係性を考察します。

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第3回
接触に臨むオタクの気持ち

 アイドル現場で頻繁に使用されていることばのひとつに「接触」というものがある。握手会、CDの販促のための特典会、ライブ後のチェキ撮影、ファンとのオフ会など、アイドルと直接会話を交える機会のあるイベントを指して使われることばだ。

 接触ということばの本来の意味や握手会というイベントのイメージから、アイドル現場に興味がない(あるいは敵視している)むきからは、オタクがアイドルの肉体に物理的に触れるためのイベントごとを指しているかのように理解されがちである。なんらかのネガティブな話題でアイドルの「接触」現場に関することが報道されるたびに「そんなに握手がしたいのか」というような類のアイドルオタクを侮蔑するような発言がネット上に発生する。オタクはアイドルと握手をしたあと、手を洗わずに自慰行為をしているなどというようなことも古くからいわれているし、創作のなかにもそういったオタクはひんぱんに登場してきた。

 ようするに、「接触」というものは合法的に女の子に触れるための性的なサービスであり、痴漢めいた劣情に支配された空間であるというような理解をしている人が世間には多いということを物語っている。


「異常者」しぐさが
広める誤解

 現実における「接触」の場では、オタクがいちばん求めているものはアイドルとの会話であり、彼女たちとコミュニケーションをとることである。

 性的なモチベーションがメインになっている人も当然いるが、そういう人が主流かというとそういうわけではない。創作物のなかに登場するような異常者としてのオタクに近いような人物は実在しないわけではない。しかし、それは一般的なアイドルオタクにとっても異常者であって、そういった人物の存在が確認された場合は噂で持ちきりになったりする。

 アイドルに対して性的な興味を抱いているオタクは当然いるが、それはアイドルオタク以外が、だれかに対して性的な興味を覚えるのとたいしてかわりはなく、ただ対象がアイドルであるというだけだろう。ただ、率先して性的な魅力をアピールするアイドルも多いので、そういった子のファンには性的なものに惹かれてきた人が多いのもあたりまえのことではある。そういったファンたちでも、「接触」を風俗的な視点から楽しんでいるかというと、たいていの人はそういうわけでもない。そういう魅力的な女性とコミュニケーションをとりたいというモチベーションであるのが一般的だろう。あくまで「お色気」コンテンツを楽しんでいるだけで、そこに直接的なバックを求めても得られないのを理解しているのがふつうだ。それならば、露骨に性欲を生々しくむき出しにして嫌われるよりも、楽しい会話をしていい気分になったほうがいい。ようするになかよくなりたいのだ。

 SNS上でのアイドルの性的な身体部分のアピールに対して、限度を超えたアプローチ(あわよくばじっさいに性的関係をもとうとするような)をするのは現場にもいかない、アイドルにお金を落とさないタイプの人がほとんどで、端的にいうとアイドルのそういうアピールが商業的なものだということが理解できない常識に欠けたタイプ、女性じたいを同じ人間だと理解できてないタイプであり、たいていの人間は世間的な常識にのっとって動く。根底に性欲があったとしても、それは日常におけるそれと同じように当然隠匿される。アイドルが許す範囲においてに、はしゃいでみせることは許されてはいるが、それは双方の暗黙の了解をふまえたうえでのロールプレイだ。そこを見誤る人間も当然出てくるが、そういうケースについてはまた別の論考が必要になる。

 また、これはジャンルを問わずにオタクにありがちなことなのだが、ことさらに露悪的なことを言うことを好む傾向の人たちが多く見られる。アイドルオタクも例外ではない。そのあらわれのひとつの例として、アイドルに対する過剰に性的な発言がSNS上で多く見られるわけだが、発言者がじっさいにそこまで本気でそう思っているかというと疑問である。たいして思ってもいないのに、仲間うちに向けたアピールとして、そういうかたちを演じている場合が多いのではないか。たいした不良でもないのに不良ぶっている人間の語る武勇伝と同じだ。悪ぶっているのである。しかし、コミュニティ外の人間が見れば、どういう意図かは関係なく額面通りに内容を受け取るのが当然だろう。そうして、オタクにとってアイドルは、ただ性欲の対象として消費されているという印象を広げていくことになる。

 そういうアイドルに対する性欲をむき出しにしているかのような発言のなかには、低年齢(幼児~小学生)アイドルに対するものがある。世間的には異常でしかないことだが、一部のアイドルオタクのあいだでは「ロリコン」であることが一種のステータスになっているという現象がある。ペドフィリアというわけではない。大人の女性に相手にされない。自我の確立した大人の女性に自意識を傷つけられるのが怖い。そういった理由から、女児を恋愛(疑似恋愛)の対象にするようになるという場合ともまた違う。別に性的嗜好が女児に向いているわけでもない人間が、まるで自分がそうであるかのようにふるまい、そういうヤバイ発言をしたほうがより偉いという価値観が一部のオタクのあいだにあるのだ。「ロリコンしぐさ」とでも言えばいいのだろうか。

 こういったネット上での一部オタクの異常者ぶった発言が悪目立ちする影響で、実態以上に性的変質者がオタクに多いイメージが生まれているのだとは思う。現実としては、アイドル現場の多くは露骨な性欲からくるモチベーションが支配する場ではないというのが実情だ。

 ただ、そういった発言をすることに関しては性欲のあらわれではないとしても、そういうことをいわれる側の気持ちをまったく考慮しない、そういう対象にしていい存在だと自然に感じている時点で、性差別がそこに存在しているというのもたしかである。現代日本社会でよく見られる問題がアイドル現場にも投影されているということだと思う。


ハグ会の顛末から見える
物理的接触のニーズ

 WACKの代表である渡辺淳之介が初代BiSのプロデューサー時代に実施した接触のアイディアのひとつにハグ会(過去に大堀恵やバニラビーンズなどによってもおこなわれていたが、それらは本人たちのキャラクターに支えられた「ネタ」度が高いものだった)というものがあった。これは、露悪的な志向の強い渡辺のセンスが存分に発揮されたものだった。

 「接触」というものに関して、ファンとの交流を大義名分に金銭を媒介としてコミュニケーションを売っているキャバクラのようなビジネスだという批判が一部の評論家、ライターからなされ、メディアにもそういった論調はとり上げられがちだ。アイドルオタク以外の人、接触が重視されてなかった時代からのアイドルファンの人にもそういう認識の人は多いと思われる。

 じっさいにはファン心理、コミュニティ意識、疑似恋愛といったさまざまな要素が絡み合って成立しているわけで(このことについては別項目で深く考察される必要があるだろう)、繋がるということを現実的な欲望として内面化してるかどうかでも変わってくるものであり、端的にキャバクラといってしまうのは極論でしかない。しかし、キャバクラのような面があるのも否定しきることはできないのも事実だ。

 そして、アイドルがあくまで「芸能」や「表現」に立脚しているという立場をとる以上は、そういう面をアイドル運営側が公に認めることはない。そういう欺瞞があるなかで、「どーせ、オタクはこういうのがいいんだろ」と身も蓋もない下品さで突きつけてみせたのが、アイドルとオタクがハグをするという過剰な肉体的接触を売りにしたハグ会というアイディアだった。

 初代BiSというグループは旧来の芸能界的なアイドルの世界とは別の場所からやってきた人が運営していたグループであり、アイドル界のことを知らないがゆえにタブーをつぎつぎと踏み越えていったグループである。そういったグループであるから、当時の一般的なアイドルとは違うタイプのメンバーで構成されていたし、一般的なアイドルオタクとは違うタイプのファンによって支えられていた。

 ハグ会の情報が世間に届いたときに、一般的なアイドル像とオタク像でその光景が想像されただろうし、大人が少女を騙して性的なことをやらせているように解釈した人も多かっただろう。じっさいには、一般的なアイドルに求められるものを求められているグループではなく(逆にいうと、ふつうのアイドルファンの大半はBiSに否定的だし、ハグ会のようなものには否定的)、ファンもその下品な悪ふざけを許容するようなタイプであり、特殊なグループ、特殊なファン層であることで、ハグ会は接触というものに対するある種メタな視点からの下品な遊びとしてギリギリのところで成立することに成功したわけである。

 しかし、旧来のBiSファンのなかにも否定的見解があったのも事実ではある。ものには限度があるということだ。渡辺淳之介という外部からやってきた人間が、既成のアイドル界のルールを知らなかったり、無視したり、壊しながら進んでいったことでアイドルというものの領域が広がっていく一方で弊害も生まれていく。ハグ会はギリギリのところで遊びとして成立はしていたが、日常でありえないくらいの物理的な接近をしてしまうことで変に意識するようになっておかしくなっていたオタクも何人か見受けられた。まあ、あまりやるようなものではないと思う。

 後続の地下アイドルのなかにはハグ会的な悪ふざけな特典会をやろうとして失敗したグループもあったし、ハグ会のイメージがひとり歩きしたために過剰な物理的接近の部分だけをふつうにサービスとしてとり入れてしまうような運営も見かけた。地底の悪ふざけ要素のないサービスとしてだけのそれは本気で露骨に性欲的な人が並んでいるわけで、あまり見ていて気分のいいものではない。そういうオタクはほかのオタクから敬遠されるし、そういうアイドルも敬遠されがちである。一般的な良識の部分で躊躇するし、疑似恋愛感情が強ければ自分以外の人間と目の前でそういうことをしていることに耐えられないだろうし、処女性を求めるタイプの人にとってもふしだらな行為をしていると解釈されるわけで、いろいろな意味で現状ではアイドル現場において、そういう露骨に性的なスタイルの接触にはそこまで大きなニーズはないと思われる。

 あくまで運営とアイドルとオタクの共犯性を帯びた悪ふざけという枠がないと、それを導入した現場が商業的に広がることはないだろう。また、悪ふざけの構図をアイドルとオタク双方が理解できて納得できているか、理解して納得したうえでどこまでやっていいのかのラインなどさまざまな問題がある。

 WACKでも、のちのちハグ会的なものを各グループの特典にレギュラーとしては組み込むことはなかった。やはり、あくまでイレギュラーなものなのだ。


接触で交わされる
常識内のロールプレイ

 「接触」の目的がアイドルとのコミュニケーションであるならば、そこではどのような会話がなされているのだろうか?

 極論、アイドルとオタクの数の組み合わせの数だけ、会話の種類はあるわけだが、当然いくつかのパターンにはわかれる。また、話せる時間の長さ、付き合いの長さによっても会話のかたちは変わっていく。アイドルに対する賛美。ライブや音源やそのほかの仕事に対する感想。アイドルが公表している趣味に関する話題。運営やほかのオタク、対バンなど周囲の環境に関する話。一方的にオタク側が自分の話をする。アイドルへの求愛。会話のテーマ的にはざっとこんな感じだろう。

 売れているアイドルほど会話できる時間は限られて、会話というよりも一方的に伝える感じになるし、会話できる機会も少ない。地下にいけばいくほどひとり当たりの会話する時間は長くなるし、そういう機会も多いので、あるていど複雑な内容をやりとりする余裕が生まれてくる。だから、地下にいけばいくほど、たがいの内面的な実像に近い部分で会話できる可能性があるし、逆に地上にいけばいくほど、オタク側が自分のいちばんよく見える表層のみで接触していくことができる。

 本気でアイドルへの求愛をする人間はそこまで多くない。じっさいにそれがおこなわれている場合、中高年のオタク層よりピンチケとよばれる若年層のほうにそれは多く見られる。若年層の場合、じっさいにアイドルが同年代のファンと交際した例が多くあるわけで、可能性がある以上本気になる人間が現れるのはしかたがない。中高年で本気でそういうことをしている・できる人は根底に問題がある人だということは言うまでもない。

 求愛めいた言動をとるオタクの大半は、テンプレに乗っかってオタクのロールプレイをやってふざけているだけの人間だ。本音の部分では明確な恋愛感情めいた部分があっても、それは現実でどうこうなるものでないと内部で処理をしている人もいるだろう。たんにオタクはこうするものだからと思ってやっているだけの人もいるだろう。いずれにせよ、接触中にしろ、ライブ中にしろ、テンプレに乗っかった求愛行動は、それが成就されないのが前提のものだ。アイドル側にとっても軽くあしらえる、基本的に無害なものである。

 接触時におけるアイドルに対する賛美というものは、おおむね容姿に関したものである。いや、具体的にどこを賛美するというよりも、「可愛い」ということばを投げかけるというのが大半だ。「好き」といったことばもそこに含まれるかもしれない。求愛と賛美とのあいだの境目は微妙ではあるが、歓心を得るために言っているのか、ただ伝えたくて言っているのかで人によって違いはある。また、たんなる挨拶ぐらいの勢いで使っているだけの場合もあり、表面上は同じ「可愛い」「好き」でも人によって内実に大きな違いがある。

 そもそも「好き」ということばの使われ方に関しては、ふつうに恋愛対象である女性としての好きと、アイドルとして存在が好きという意味の二通りの使われ方が存在している。だから、アイドルに好き好き言っている中高年男性が単純に対象を恋愛対象として見て発言しているとはかぎらない。前者の意味だけで言っている人も、後者の意味だけで言っている人も、両方の気持ちが混在している人もいる。また、対象になるアイドルによって、同じ人物が別の意味合いで発言していたりもする。 後者に対する感情は架空のキャラクターに対するものに近いのかもしれない。好きなアイドルと、じっさいの恋愛において好きになる女性のタイプがまったく被らないことも珍しいことではない。 

 また、「可愛い」「好き」ということばもオタクが自発的に発するだけでなく、アイドル側から促される場合もある。承認欲求のひとつとして容姿を褒められたいという感情が強い人の場合はわかりやすい。オタク側がなぜ自分のことを支持しているのか理解できないので、物事を単純化させたいという動機の場合もあるだろう。性質的にそういうことを口に出さないタイプのオタクにわざわざ言わせて遊んでいる子もいたりもする。

 多くのオタクは容姿でもって推しを決めるのはまちがいないが、歌やダンスなどの場合もあるし、ステージ上や物販のときのふとしたようすや、SNSでの言動の場合もある。そして、その部分がアイドル本人としては言及されたくない部分だったりする場合もある。「心が狭くて、すぐオタクにキレるところがいい」と本気で思っているオタクがいても、それを本人に伝えたら相手が怒る可能性はひじょうに高いだろう。接触時はおろかSNSにも書くわけにもいかない。純粋に容姿が好きでも、本人としてはコンプレックスに思っている可能性がある部分だとしたら口に出すわけにはいかない。

 だから、そういう場合は細かいことを言わずに、ただただ「可愛い」「好き」みたいなことを言っておくのが無難なのだ。変なところに愛情を感じたり、相手が理解できないような複雑な思い入れを胸に秘めているだけだと、相手も意味がわからなくて不安になる。口に出して褒められるところ、話がスイングするような共通な話題がないなら、陽気に「大好き」と言っておくのがいい。 

 あたりまえのことだが、ライブや音源の感想を言われることを喜ぶアイドルは多い。また、そういうことをちゃんと言えるオタクは少ないので、適切な感想を交えつつ褒めると喜ばれる。ただ、これは両刃の剣であり、オタク側の批評眼がなかった場合はとんちんかんなことを言ってくる人として敬遠されるし、ちゃんと批評しようとして意気込みすぎてダメ出しが多くなると当然嫌われる。いいときは言い、ダメなときはわざわざ言わない。本気で批評眼に対する信頼ができていれば、ダマっていることの意味も察しているだろう。ときには向こうからアドバイスを求めて聞いてくることもあるだろうが、それでも節度をもって答えるべきで、何でも言っていいものではない。

 

ロマン優光(ろまん・ゆうこう)
1972年高知県生まれ。ソロパンクユニット「プンクボイ」で音楽デビューしたのち、友人であった掟ポルシェとともに、ニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」を結成。ディレイ担当。WEBサイト「ブッチNEWS」でコラム「ロマン優光のさよなら、くまさん」を隔週連載中。
著書に『90年代サブカルの呪い』『SNSは権力に忠実なバカだらけ』『間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに』『日本人の99.9%はバカ』(いずれもコア新書)、『音楽家残酷物語』(ひよこ書房)。