アイドルとのつきあいかた│最終回│アイドルとオタクの幸福な関係│ロマン優光

アイドルとのつきあいかた ロマン優光 ろまん ゆうこう 〈不健全な疑似恋愛関係〉から〈健全な共犯関係へ〉──これからのアイドルとオタクの関係性を考察します。

〈不健全な疑似恋愛関係〉から〈健全な共犯関係へ〉──これからのアイドルとオタクの関係性を考察します。

初回から読む

最終回
アイドルとオタクの幸福な関係

 この連載も今回で最後ということになる。フィールドワーク的な視点で地下アイドル現場のオタクの日常とそれに対する考察を記してきた本連載であるが、最後ということもあり、今回は少し自分自身が当事者として体験したアイドルとのあいだに起こったことについて書いていこうかと思う。

アイドルとの
楽しい体験、苦い体験

 それなりの長さにわたって現場のアイドルオタクをやっていると、アイドルとのかかわりのなかでさまざまな体験をするわけで、「あ、やってしまった……」といまだに思い出しては顔が真っ赤になるような失敗もあれば、いま思い出しても心が暖かくなるような幸福な出来事もある。なかには、まるで現実味がないけれど「たしかに事実としてそれは起こった」としか言えないような、その後のオタクとしての人生に大きな影響を与えたであろう強烈な体験もある。

 私は漫画みたいなアイドルが好きだし、現実にありながら漫画みたいな存在であるのがアイドルだと思っているふしもあり、日常ではあまり会わないような少し変わった人を推しがちで、そのせいなのかへんなことも起こったりもする。

 その日のライブが終わって、疲れたのでライブハウスの外でちょっとしゃがんでいたときのこと。たまたま、近隣のほかのライブハウスでライブをやって帰ろうとしてた別のアイドルグループがそこを通りがかった。そのなかの推しの子(私はDD[複数のアイドルを推すこと]なのでいろんなグループに推しがいる)と目があったとたん、「ロマンさんじゃん」と言いながらポカポカ殴ったり蹴ったりしてきたうえ、目潰しをして去っていった。

 まわりのオタクがびっくりしていたが、自分がいちばんびっくりしていたのは言うまでもない。まあ、通りすがりのアイドルに目潰しをされるような不可思議なことが起こることもあるのもアイドル現場である。ちなみにふだんから接触のときにいきなり腕に噛みつこうとしたり、首をしめようとしたりする人だから、自分の現場にこなかったから怒ったとかそういう話ではなく、基本的にはその人の通常運転なのだけど、さすがに路上で出会いがしらなので、何ごとが起こったのか理解するのにひじょうにとまどった。漫画みたいな人を選ぶと、漫画みたいな非現実的なことが起こるものである。まちがいなく、一般的な話ではない。

 そういう楽しい体験ばかりがあるわけでもない。いまでも「あれは失敗だったな」と思っていることがある。

 その当時現場に通っていたグループから、いろいろあって第一期メンバーが大量に離脱することになった。一期メンで残留することになったのは自分の推しだけ。いままでは二期メンは離脱メンバーの一部に理不尽な抑圧を受けている状態だったのだが、 そこに一期メン大量離脱という楔が打ち込まれることで状況が一変し、自由に自分たちを表現できるようになる。まちがいなく才能のある子がそろっていて(とくに他グループで自分が推していた人がそのグループ解散後に二期メンとして迎えられていて、その子に対する期待は運営からもオタクからも高かった)、そちらが主導権を握ることになるのがはっきりわかっている。

 自分の推しはひじょうにいい歌声を持っている人なのだけど、自己評価が異常に低く、それとは別にひじょうに頼りないタイプのふわふわした人であり、 二期メンバーだけのなかでひとりで残ることでひじょうに厳しい状況が待ち受けていることは容易に想像できる。リーダーとしてのグループに対する責任感もあって(彼女は年齢がいちばん上だからリーダーになった人で、実質的なリーダー的存在は辞める子のなかにいたわけだが)残留することを決意したのだろうが、このまま続けてもグループ内に居場所がなくなってしまう可能性がひじょうに高い。このまま続けて、本人がへんにつらい思いをしてから辞めるようなことになるくらいなら、早めに辞めてほしい。私はそういう風に感じていた。

忘れられているであろう
忘れられない失敗

 卒業ライブの直前に、チェキ会イベントがあった。ライブ当日は混雑が予想され、接触に赴く人も多いだろうことから、一人ひとり満足に話せる時間がないことが予想されるし、そのことへの対策として開かれたイベントだ。辞めていくメンバーのオタクとしてはぜったい行きたいイベントだし、残るメンバーのオタクとしても、たいへんな時期を迎えるメンバーに言葉をかけてあげたいわけでぜったいに外したくないイベントだ。

 いろいろと推しの未来について思い悩んでいた自分は、そこで推しに「つらかったら、いつでも辞めていいから。ただ、どっかで歌いつづけてくれたらいいから」と言ってしまった。まちがいなく、踏み込みすぎている。

 つぎの日、いきなり推しの卒業が発表された。

 そういえば「うん、わかった」と返事をされた記憶もある。いや、あれは相づちぐらいのものだとは思うのだが。自分の発言が原因なのかどうかはわからない。わからないのだけど、もし万が一そうだったら責任が……。 残るその子を応援しようと思っていたであろうほかのその子のオタクから、その子に会える機会を奪ったことになるかもしれない。そうだとしたらと思うと、ほかの人に対してほんとうに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 冷静に考えたら、自分の発言だけで決めるなんてことはないだろうし、いろんな人(それこそオタクもふくめて)が似たようなことを言ってただろうし、そもそも本人がいちばん迷っていただろうし、自意識過剰といえばそうだろうし、そんなことはないのだけど、少しでも後押ししてしまった可能性があるかと思うと、いまだに落ち着かない気分になる。

 その子はわりと短期間で別のグループで活動を再開したのだけれど、その子のオタクの界隈が忌み嫌っているイベント(イベンターが立場の弱そうな出演者を食事に誘ったり、パワハラをしたりするため)にばかり出演するグループなので、結果としてもともとのオタクがライブにあまりいかない。

 複数の会場を使っておこなわれる、わりと大規模なアイドルイベントに行ったときに、会場移動中のその子にばったり出くわしたのだが、「ロマンさんも○○さんも○○さんも、みんなライブに来てくれないのは、あのイベントがみんな嫌いだから?」と少し離れた位置から大声で質問されてしまい、突然のことに動揺した自分は「えー、そうだね。みんなあのイベンターの人が嫌いなんだよね」と答えてしまったのだけれど、それも言ってよかったのか言わないほうがよかったのか。本人に伝えてもしかたないし。でも、みんなが本人のことはいまでも好きだということは伝えたかったし。 この出来事のあと、自分は戒律を破るような気分とともにそのイベントに行っちゃったわけだけど。 なにはともあれ、接すると、ついつい素直に思っていることを正直に伝えてしまいがちな人だった。

 その後、そのグループもなくなり、紆余曲折をへて彼女はソロで活動をはじめている。以前とはくらべものにならないぐらい歌声が高い評価を受けているし、楽曲派が支持しているような著名人にもとりあげられるようになっている。コロナ禍のなかで活動がスタートしたこともあって、あのころにライブにぜんぜん行けない状況が続いていた流れで、音源は買ってはいるけどなんとなくいまだに見にいけてないままでいる。彼女が出演した配信を見た人が「自己評価が低すぎ」と感想を書いていたのを見て、心配になって見てみると、以前とはくらべものにならないくらいしっかりしていて安心した。ただ、ふわふわとしたところとか、挙動不審なところ、素直で人のことを悪く言わないようなところはぜんぜん変わってなくて、それはうれしかったのである。結果として、あのときに辞めてよかったんだとは思うのだけれど、あのときのことを思い出すと、いまだに背中がヒンヤリしてしまう。

 これが、アイドルとの距離感をまちがえてしまって、踏み越えすぎてしまったのかもしれない、自分の忘れられない失敗である。向こうは覚えてもないだろうし、じっさいにたいした影響はなかったのだろうけど、あのときの焦りは一生忘れられないだろう。

 そのほかの失敗として思い出すのが、ある地上のグループ(自分にしては珍しく、中学生で構成されているグループだった)のメンバー全員が横並びに並んでオタクがひとりずつ全員と握手をしながらベルトコンベアのように流されていく形式の接触のときのことだ。

 自分の推しは握手が苦手ですぐに手をひっこめるタイプの人だった。ふつうに考えれば、知らないおじさんと握手とかいやで当然の話だ。握手が得意な人のほうがほんとうは珍しいのである。人見知りなのだけど、慣れたらすごくたくさんのことを一生懸命に話しかけてくる人でもある。握りたいタイプの人には不評で、人気があるほうではなかったのだけれど、彼女のそういった部分に気をつかって接して、たがいに慣れていけばひじょうに楽しい時間が過ごせる。

 しかし、そのときは少し困ったことになった。たくさん話しかけてくれて楽しい時間が過ぎたのだが、その日の彼女は異常に上機嫌でテンションが高く、自分がつぎのメンバーの前に移っても話しかけてくれるのだ。さらにそのつぎのメンバーの番になっても……。話しかけてくれてる以上は答えてあげなければいけないし、かといって目の前のメンバーに失礼だし……。彼女が最後から三番目だったので、つぎのつぎのメンバーで最後。なのに列が終わっても、まだ話しかけてくる。あわてて「さよなら」と言って列から離れたのだが、うれしくもあり申し訳なくもありいろいろと疲れた。後ろ三人が連番(特典会の整理番号が連番であること、そこから転じて特典会や物販列などに続けて並ぶこと)していた友だちのオタクで推しも違う人たちでとくに苦情も出なかったのが不幸中の幸いだったが、あれはほんとうにいたたまれない気持ちになったものだ。うれしかったけど。 

階層を超えた
アイドルとオタクの出会い

 推していたグループが解散することになった。二年ほど通いつづけていたグループだった。いつもほぼ最前で見て、バカみたいに大きな声を出していた。もうひとり、最前に毎回いるオタクの人がいて、推し被りの彼と自分はまったく絡むことなく、たがいに自分の好きなことをやっていて、ステージ上のメンバーふたり、最前になんとなく空いているスペースにいる張り切っているオタクふたり、それ込みで見ているほかのオタクというような感じで日々が過ぎていった。

 発表があってから解散するまでの数ヵ月、いままで以上にのめり込んでいった。やり残したことがないように、ただ最後まで走りきる。それだけだった。ただただ、楽しい日々が過ぎていった。終わりが確定されてるだけに、より気持ちは純化されていく。ただ、バカみたいに走っていた。推しとの別れの日が決まっているからこそ、一回一回のライブがほんとうに大切でほんとうに楽しかった。

 そして、その日はやってきた。いまはない六本木のライブハウスで解散ライブはおこなわれた。いつものように楽しい時間は過ぎていった。でも、そんな時間はこれで最後なのだ。ライブが終わり、いつも話すことがない、もうひとりの最前の彼が話かけてきた。「おまえさ、ふだんこんなんなのに、いい原稿書くよな」と彼女たちの解散にあたって書いた原稿をほめてくれた。彼も自分もステージ上の推しだけを見て、それぞれかってに走ってきた。

 物販も終わり、ライブハウスからも追い出され、それでも去りがたいさびしい気持ちのオタクがなんとなく会場周辺に残っていた。何か目的があるわけではなくて、なんとなく去りがたいだけだ。

 メンバーが会場から出てきたという話が伝わってきて、最後に見送りにいこうということになった。六本木のアマンド前の交差点で、通りをはさんで車に乗り込むために待っているメンバーふたりとそれを見守っているオタクたち。

 通りの向こうの推しがこちら側まで聞こえる大きな声で呼びかけてきた。

「ロマンちゃん、私のこと好きー?」 

 なんの迷いもなく自分は声を出した。

「大好きー!」

 いままで何回となくやってきたように。

 そして、彼女たちは迎えにきた事務所の社長の車に乗って去っていった。自分はなんとなく去りがたくて、朝まで友だちのオタクとボンヤリすごした。

 いま考えてもほんとうにあったのか疑わしいくらい現実味のない光景だけれど、それはたしかにあった。

 ここで話が終わればすっきりとまとまるのだけれど、現実はそういうものでもない。

 その後に彼女たちが再結成したり、また解散したりいろいろなことがあった。いいことも悪いこともいろいろあったのだけれど、結局のところ、なんだかんだ楽しかった。解散後もふたりの生誕のときには再結成をちょくちょくしてライブをやったりもしてる。このまえは、後輩の活動休止ライブに呼ばれて推しが妊娠中なのにライブをやっていた。メンバーふたりとも、お母さんになっている。推しの子どもは女の子で「この子がアイドルデビューして親子でライブやるまで待っててね」と言っていたので、そのときまでは生きていたいなと思い、彼女のツイッターやインスタであげる、ヘリコプターでゴルフ場に行っているようすや、数日で自分の月のお小遣いが飛んでしまいそうな高級ランチや赤ちゃんの写真を眺め、たまにコメントをつけたりしたがら、その日を待っている。

 もともと実家が資産家の人だったのだけど、結婚してさらに金満化が進んでいてびっくりする。彼女がアイドルにならなかったら、自分がそういうライフスタイルの人とかかわることなんかぜったいになかったわけで、あらためてアイドルというのは不思議なものだなと思う。

辞める理由がないから
続けていく

 一年間にわたり、アイドルそのものではなく、アイドルオタクや、アイドルとオタクの関係性のようなものについて書いてきた。アイドルの魅力を伝えたり、オタ活の楽しさを伝えるようなものでもなく、アイドル現場で活動するさいのハウトゥものとしての要素もなく、ただ自分が見てきた範囲のことについて書きつらねてきたわけで、客観的に見てへんな連載だったと思う。

 アイドルとオタクは突きつめれば、赤の他人だ。家族や友だちとは違う。アイドル活動という限定された時間で成立する現場という限定された環境のなかで、たがいがアイドルとオタクというそれぞれの役割をロールプレイしながらかかわることで生まれる限定された関係だ。それが嘘の関係性というわけでもない。社会的な属性から切り離された、その場でしか生まれない関係だからこそ成立する何かもそこにはある。そして、それはいいこともあれば悪いこともある。

 アイドルとして引退したあとも、SNSでよい意味で「アイドル」としての顔をファンにたまに見せてくれる人もいるし、悪い意味でオタクとの関係性にすがるかのような人もいる一方で、まったく姿を消してしまう人もいる。まったくアイドルとしての自分を消し去ってしまった人たちにとって、アイドル活動が「いろいろあったけど、なんだかんだで楽しかった」というふうに思えるものであるなら幸いである。そういった人と道で偶然に会ったときに、とくに会話することもなくすれ違い、たがいに「いいことがあったな」と笑顔になれるような関係性が築けるなら、アイドルとオタクの関係というのは幸福なものなのだなと思う。

 いつまで現場のアイドルオタクを続けられるかわからないし、ある日突然辞めてしまうかもしれない。六本木のときにいっしょにいた友だちもみんな現場のオタクは辞めていて、坂(乃木坂46系列のアイドルグループ)の在宅オタクになったり、お笑いオタクになったり、まったくオタク的なものから足を洗ったりいろいろだ。

 自分は辞める理由がないからアイドルオタクを続けている。いいことなのか、悪いことなのかわからないけれど、見たいグループも、推したくなるような人も、見つかりつづけているし、なによりそれを楽しめているからオタクを辞めようがない。

 どこまで行けるかわからないが、しばらくはこの道を歩いていくような気はしている。




■この連載が本になります(2022年6月刊予定、予価1800円+税)

 2020年1月から全12回にわたって、地下アイドルとオタクの関係に迫ってきた本連載「アイドルとのつきあいかた」の単行本化が決定しました。連載をベースにしながら大幅な加筆修正を加え、連載のなかでは描ききれなかったエピソードはもちろん、アイドルとオタクの関係性について「出会い」から「別れ」までをたどり、その可能性を考察する一冊となる予定です。ご期待ください!

一部書店では予約も開始しています。くわしくは以下のリンクをご覧ください。

 

ロマン優光(ろまん・ゆうこう)
1972年高知県生まれ。ソロパンクユニット「プンクボイ」で音楽デビューしたのち、友人であった掟ポルシェとともに、ニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」を結成。ディレイ担当。WEBサイト「ブッチNEWS」でコラム「ロマン優光のさよなら、くまさん」を隔週連載中。
著書に『90年代サブカルの呪い』『SNSは権力に忠実なバカだらけ』『間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに』『日本人の99.9%はバカ』(いずれもコア新書)、『音楽家残酷物語』(ひよこ書房)。