アイドルとのつきあいかた│第10回│運営とオタ活の両立は可能か│ロマン優光

アイドルとのつきあいかた ロマン優光 ろまん ゆうこう 〈不健全な疑似恋愛関係〉から〈健全な共犯関係へ〉──これからのアイドルとオタクの関係性を考察します。

〈不健全な疑似恋愛関係〉から〈健全な共犯関係へ〉──これからのアイドルとオタクの関係性を考察します。

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第10回
運営とオタ活の両立は可能か

オタクあがりの
運営の陥穽

 とりあえず、オタクから地底・地下アイドルの運営側に身を投じ、グループのコンセプトを練り上げ、あるていど以上の独自性とクオリティーの高さをもつ、順調に伸びていく可能性があるアイドルグループを立ち上げることができたとしよう。

オタクあがりだろうが、そうでなかろうが、運営はアイドルグループを経営していくなかでやらなければいけないことが当然いろいろある。そこは運営の出自は関係ない。楽曲の発注。練習の計画と練習場の確保。円滑にグループ内を回すためのメンバーの精神的なケアや人事。ライブのブッキング。ライブの演出。グッズの開発。音源のリリース計画。媒体に向けた営業。ほかのアイドルグループの運営やイベンターとの社交や営業。物販。ファンとのコミュニケーション。資金ぐり。そういったことは、どのグループでも必要されることである。

楽曲制作ひとつとってみても、ミュージシャン系の運営がみずから全楽曲を制作しているところから、楽曲のコンセプトごとに違うクリエイターに発注しているところまで千差万別であり、それぞれ違うかたちで取り組んでいるのだが、根底の部分では必要とされることは変わらない。あらゆる運営が取り組んでいかなければならないことである。

 そんななかで、オタクあがりの運営がグループ経営をしていくうえでとくに気をつけていかなければならない、彼ら固有の問題というものはあるのだろうか?

 たしかにそういったものは存在する。厳密に言えば、運営というもの全体に当てはまるとも言えるのだが、オタクあがりの運営がほかよりも陥りやすい問題はある。それはオタクやほかのアイドルグループとの距離のとり方をまちがえてしまうということである。ほかの出自の運営よりも、オタクあがりの運営はここで失敗しやすい。

 まず、対他グループの場合を考えてみよう。

 アイドルグループどうし、運営どうしというのは、まず同業者という関係である。そのなかで、つきあいの濃い薄いというものができてくるわけだが、最低限の節度というものが必要とされるのは言うまでもないだろう。

グループどうしが運営やメンバーふくめて仲よくなるのは悪いことではない。交流を深めていくことで、現状から頭ひとつ抜きん出ていくために協力しあえる同志的な存在として、またあるときはライバルとしてたがいを高めあうような存在としての関係性が築けていけるなら、それはすばらしいことだろう。 

 そういった関係性ならいいのだが、ひじょうに困った問題を抱える関係性が生じることもある。運営が、活動範囲の重なる他グループ、運営どうしとしてのつきあいがあるグループのメンバーにアイドルオタクめいた感情を抱いて行動してしまうことである。べつに他グループのメンバーのファンに精神的になってしまうのは、とくに問題がないことだ。

 ただ、じっさいにオタ活を始めてしまうと別の話になってくる。


運営とオタ活は
トレードオフ

 たとえば、自分たちが活動している領域よりもはるかに大規模な活動をしているような地上のアイドルのオタクとして地下運営が活動するぶんには、オタ活に力を入れすぎないかぎりはとくに問題はない。力を入れすぎないようにする時点で、オタ活と言えるようなレベルのことを現場でできないということでもあるし、年に数回イベントに行けるか行けないかで、基本在宅オタになってしまうとは思う。

 しかし、すでに運営としての関係性があったり、規模や界隈的に運営としての関係性が生じる可能性のあるグループ、自分のところとオタクが被るようなグループでオタ活をやるのはひじょうによろしくない。べつにライブを見にいくことをしてはいけないということではない。ただ、それはあくまで、運営どうしの応援的なものや表敬訪問だったり、勉強のために訪れるかたちでなければならないだろう。それはなぜなのか?

 たとえば、メンバーにがっつくことで相手の負担になっていても、よその運営に対してメンバーからも運営からも、なかなか注意できるものではない。迷惑である。運営であるからにはステージ裏にまで入ることも可能なわけで、そこでもオタク丸出しな言動でがっつかれたとしたら、向こうにしてみればたまったものではない。相手に迷惑をかける可能性があるだけではない。そうやって迷惑をかけることで、自分たちが周囲のグループからスポイルされていく結果につながることだってある。楽屋でがっついていたりしたら、下手すれば「つながり」(アイドルとプライベートな関係性を持つこと)目当てだと思われてもしかたがない。

 迷惑をかけないようにオタ活をし、楽屋でがっつかなければいいかといえば、それも違うだろう。まず、運営業よりオタ活を優先しているように他者の目にうつったとしたならば、アイドル運営としてどこまで本気でやっているのか不信感をほかの運営にいだかれたり、なめられたりすることにもつながる。本気度が疑われてしまえば、グループの印象も低くなってしまう。

 ほかの運営だけではない。運営である特権を活かしてオタ活をしている、それによって「つながり」を求めているというふうにオタクに思われてしまったとしたら、それが事実であろうがなかろうが嫌われてしまうわけで、グループじたいの悪評にもつながってくる。そこまででなくても、運営としての本気度を疑われてしまえば、ちゃんとやってないグループのオタクになってもよい体験をすることはない以上、そんなところのオタクにわざわざなる人なんていないのである。

 運営の出自を問わず、よそのグループのメンバーにオタク的にがっついて迷惑をかけたり、「つながり」を求めたりする(あるいはそう疑われるような行動をしてしまう)可能性はどの運営にもある。しかし、オタクあがりの運営というのは根がオタクなわけで、気をつけないと体内に巣食うオタクがうっかり顔を出してしまう可能性がある。べつにそんな気はなくても、そんなふうに見られてしまうような言動をついついしてしまい、そういう目で見られてしまう危険度は高い。節度ある距離感を保つためには人一倍気をつける必要があるのだ。

 また、オタクあがりである以上、いままで通っていた現場が存在する場合も多い。そこにいままでのようにオタ活をしにいっていれば、本気度を疑われてしまい、グループじたいが運営からもほかのオタクからも軽く見られてしまう可能性はある。 

 オタクあがりである以上、オタクとして活動してしまいたい気持ちがある人もいるだろうが、そこでそういうふうにふるまうとマイナスなイメージをもたれる可能性が高い。イメージの問題だけではない。そもそも、オタ活にリソースをさきながらやっていけるほど運営というものは甘いものではない。メンバーの想いや時間を背負っている立場でもある。他グループのメンバーに注ぐ力や時間や想いがあるならば、自分のグループをよくするために注ぐべきなのは当然だろう。

 オタクあがりの運営がつくったグループで、 あるていど以上の活動ができるようになったグループというのは、自分が知るかぎりでは運営がオタ活をやめたところが多い。だいたい、本気のオタ活というものは運営の片手間にできるようなものではない。そんな、半端にオタ活をして、立場を利用しておいしいところだけ摘まむようなことをやっても意味がないだろう。とにかく、運営になったのならば、オタ活を辞めるのにこしたことはないのである。 


見知ったオタクとも
現場では距離をとれ

 過去にオタクとして現場で活動していた以上、ほかのオタクと何らかの関わりをもっているのはあたりまえのことだ。仲のよいオタクもいることだろう。しかし、こういった関係も気をつけないと、運営としてのデメリットが生じることにもなりかねない。

 運営サイドに回った以上、仲のよいオタクであっても特別扱いをしてはならないというのはあたりまえのことなのは、だれでも納得することであろう。客は同じ条件で平等に扱わなければならないというのは客商売の原則である。また、自分の知り合いが運営になったからといっても、応援をすることはあっても、露骨な優遇を要求するようなことをはないのが本来はふつうなのである。そういう要求は断ればいいし、それで関係性が途切れるのであれば、そこまでの関係なのだから、それでいいのだ。ともあれ、ほかの客の見ている前でほかの人にもわかるように自分の知り合いのオタクを露骨に特別扱いをするような運営というのはめったにいないだろう。

 仲のよい人、元からの知り合いの人が自分たちのライブに遊びにきてくれたら、うれしくなるのは人間として自然な感情である。だからといって、ほかの客が見ている物販のような場で親しげに会話をして盛り上がるということはあまりよいことではない。なぜなら、ほかの客が邪推をする可能性があるからだ。

 たんに親しい人、知り合いの人が来てくれたから、ふだんの感覚で話しているだけで何のやましいこともないとしても、はたから見れば、オタクが運営に特別扱いされているようにしか見えない場合がある。オタクではない知り合いならば雰囲気的に「関係者が来たんだな」と思われるだけかもしれない。しかし、場にいる人が「こいつはオタクだ」と何となく認知していたり、明確にそう認識できるようなタイプの人相手であると、そういうふうな誤解も生まれかねない。そうなると当然不快なわけで、運営に対する不満もたまるし、そのオタクに対する反感も生じる。

「あそこは知り合いをえこひいきしている」というような噂が広まると、新しくオタクもつかなくなる。また、話しかけられるオタクにとっても、ほかのオタクから嫌われるようなことになれば現場の居心地が悪くなってしまう。知り合いだからライブをたまたま見にきたというのではなく、グループじたいが気に入ったので純粋にひとりのオタクとしてライブに通ってるような人だとしたらダメージは大きい。

 筆者の話になるが、あるグループを気に入って物販にいくようになったのだが、偶然にも、そこの運営が飲みにいったこともあるような知り合いのオタクだったことがある。

 名乗られることもなく、業務的なやりとり以外はとくに話しかけてくることもなく、マスクをしている状態であったので、そこの運営が自分の知り合いであることに当初は気づいていなかった。彼が話しかけてきたのは、二回目くらいに見にいった時に、ほかのオタクがいないタイミングで偶然出くわした際のことだった。向こうは最初から気づいていたという話で、ふつうに会話するようにはなったのだけど、それからも関係性を知らないほかのオタクがいる物販などの場や、メンバーのいる前では話しかけてくることはない。それぐらい徹底しても全然かまわないし、こちらとしても気を使ってもらってありがたいぐらいである。

 少し話はズレるのだが、自分もいちおうバンドをやったり原稿を書く仕事もしたりしているので、ごくごくたまに運営のなかにファンだと言ってくれる人が現れることがある。それはありがたいのだが、ほかのアイドルの物販に並んでいたり、列が混んでいるので後で並ぼうとフロアーの外れた場所にいるときに、面識のない運営の人に物販中のテーブルから話しかけてこられると、いたたまれない気持ちになる。はたから見れば運営にとり入ろうとしているようにも見えかねないし、業務の妨げにもなってしまう。その運営のグループに興味がない場合もあるわけで、そこのメンバーやオタクにたいへん申し訳ない気分にもなってしまう。

 それはさておき、たとえ知り合いのオタクが来てうれしく思ったとしても、ほかの人に誤解が生まれないように物販の最中などに親しく話さないほうがいいのである。


オタクとしての
自分を殺す

 たとえ現場でのふるまいに気をつけていたとしても、自分が運営しているグループに近いような複数の界隈のオタクが集まるような飲みの場などに参加して、オタクとしてふるまってしまうのも控えたほうがいいだろう。

 かつて通っていた現場の、自分がいま運営をつとめているアイドルには興味がないような先輩オタクにかつての関係性のままにいじられてへんにはしゃぐ姿や、酔っ払ったオタクにありがちな厄介行動(路上でミックスを打ちだすなど)をする姿を、居合わせた自分の運営するグループのオタクの前で披露してしまうことは、親しみをもたれる可能性よりも、運営としての適性に不安をもたれたり、あきれられたりする可能性のほうが高い。業務中はちゃんとやっていても、厄介オタの血を騒がすようすを見られて「この人、運営としてだいじょうぶなのかな」と思われたら、どうにもしかたがないのである。

 ただのオタクに頭があがらない運営だとか、運営であるという責任を忘れて野良オタク的楽しさを優先する運営というのは、ふつうに考えて心配な存在である。べつにプライベートで友達と遊ぶなということではない。 人と遊びたいなら、オタクとしての自分と昔からつきあいのある人だけがいる場に行けばいいだけだ。運営である以上は、あくまで運営の行動として判断されるわけで、そっちの面でしか認識されてない人の前で一般のオタクであった時代と変わらないようすでふるまってしまうことは得策ではない。

 あと、かつて厄介オタクであったりしたならば、そのころを知っている同じ現場に通っていた人のなかには基本的に近づきたくない存在として認識されていることも当然ある。同じ現場のオタクであるということは趣味嗜好が近いことが多く、グループじたいは気にいったとしても、運営のことを考えて自分の現場にすることを躊躇する人も当然いる。ただでさえそうなのに「あの人この前も厄介だった」みたいな情報が伝われば、どうなるかはわかるだろう。せっかく運営として現場や制作、マネジメントをまじめにがんばっていても、そういうことで新規客の獲得機会を失ったら意味がないのである。

 結局のところ、オタクが運営としてちゃんとやっていくためには、一度オタクとしての自分を殺す必要があるのではないだろうか。

 オタクとしてやっていて楽しいことの大半は、運営としてやっていくうえでマイナスなかたちに作用しがちである。オタ活を諦め、仲のよいオタクと大っぴらに付き合うことも諦める。そうやってはじめて運営としての自分が成立するのではないだろうか。

 オタクとしての感性やセンスをなくしてしまったら制作面での武器を失うことにもなりかねないし、かといって完全にオタクのままの行動をとりつづければ営業面でのデメリットが生じる。オタクとしての感性をもちつつも、オタクとしての楽しみを捨てるというのは至難の業であるとは思うのだが、それ以外に道はないのではないだろうか。あと、オタクあがりの運営の場合、メンバーに手をだすというより、メンバーに恋してしまうという場合があり、その恋が実るにしろ実らないにしろ結局グループはボロボロになるわけで、ガチ恋*体質にも気をつけて節制していく必要があるだろう。

 オタクあがりのイベンターに関してや、女オタ出身の運営に関しては、また別の機会にふれていくこととする。

* アイドルに本気で恋愛してしまうことを指すが、多くの場合はそういうロールプレイにすぎない。

 

ロマン優光(ろまん・ゆうこう)
1972年高知県生まれ。ソロパンクユニット「プンクボイ」で音楽デビューしたのち、友人であった掟ポルシェとともに、ニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」を結成。ディレイ担当。WEBサイト「ブッチNEWS」でコラム「ロマン優光のさよなら、くまさん」を隔週連載中。
著書に『90年代サブカルの呪い』『SNSは権力に忠実なバカだらけ』『間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに』『日本人の99.9%はバカ』(いずれもコア新書)、『音楽家残酷物語』(ひよこ書房)。