アイドルとのつきあいかた│第2回│地下に流れるオタクの動機│ロマン優光

アイドルとのつきあいかた ロマン優光 ろまん ゆうこう 〈不健全な疑似恋愛関係〉から〈健全な共犯関係へ〉──これからのアイドルとオタクの関係性を考察します。

〈不健全な疑似恋愛関係〉から〈健全な共犯関係へ〉──これからのアイドルとオタクの関係性を考察します。

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第2回
地下に流れるオタクの動機

 一口にアイドルといっても、活動規模や活動の方向性によってさまざまな形態がある。それらは活動規模の大小によって、地上・(半地下)・地下・地底という大まかな区分がなされる。

 地上というのは地上波テレビなどの媒体に頻繁に登場したり、メジャーなレコード会社でCDを発売したり、大規模会場でのコンサートが活動のメインであり、大手の芸能事務所に所属している場合が多い。地下・地底はライブハウスなどでのライブ活動がメインの中小芸能事務所に所属していたり、プロデューサーとメンバーのみの最小単位の活動であったり、アイドル自身のセルフプロデュースであるアイドルだ。大手事務所所属でメジャーのレコード会社でCDをリリースしていても、活動規模は実質的に人気のある地下アイドルより下の場合もある。そういった地上の下と地下のトップが入り交じった半メジャーの領域が半地下だと思えばわかりやすいだろう。

 ここらへんの話は、芸能界視点で考えるか否か、純粋な知名度で考えるか、ライブの集客で考えるかによっていろいろな見方も生まれ、細かく検証していくとキリがないのだが、大雑把にこれくらいの理解ができていれば大丈夫かと思われる。


より新奇なものを
求めて

 ここでアイドルオタクの話に移る。多くの場合、アイドルオタクの活動というものは、最初は地上のアイドルのオタクとしてはじまる。これはひじょうにわかりやすいことだろう。アイドルに限らず、趣味のとっかかりというのは、そのジャンルのいちばんメジャーな部分に媒体で触れることにあるのは理解しやすいことだと思われる。そして、そのファンの一部がよりマニアックなほうに流れていくというのも、ほかのジャンルでもよくある流れである。

 ただ、アイドルオタクの流れ方というのは少し複雑なものがある。べつに地上から地下に流れていくことが、マニア化することを意味しないということであり、マニア化する以外の要因で地下に流れていくこともあるということでもある。

 48グループ。坂系。ハロープロジェクト系。スターダスト・プロモーション系。そういった、メジャーなアイドルを複数運営している大手の系列というものがある。単純にマニア化していくだけなら、その系列の新グループ、新グループを追っていくだけでもじゅうぶんマニア的な楽しみ方をしていくことは可能なはずである。それをやっているだけで膨大な時間がかかり、楽しむポイントもいくつも見出だせる。その広大な領域を微に入り細に入り検証していったり、膨れあがっていく情報を追っていき、つぎつぎと現れる新しいグループ・新しい女の子と出会っていったりすれば、地上のアイドルを追っかけていくだけでじゅうぶん楽しんでいけるはずだ。それにもかかわらず、地下アイドルに流れ定着する人が一定数いるのはどういうことなのか? それには、いくつかの理由が考えられる。

 そのなかのひとつとして、音楽性やグループじたいのコンセプトに対して、より新奇な表現を求めていった結果、メジャーな領域からマイナーな方向に流れていく、というのはひじょうにわかりやすい理由だ。地上のアイドル、ようするに現時点で商業的に成功しているアイドルがやっている表現は、あるていど以上の一般的なポピュラリティがあるものだ。マスな媒体を舞台に活動し、広い層に受け入れられているということは、当然を提供しているということである。あるていど音楽的に冒険をするようなグループでも、わかりやすくJ-POPの範疇に収まるように制作されている。

 2010年代初頭、完全にブレイクするまえ、Zがつくまえの、ももいろクローバーの怪盗期といわれる時期。さくら学院のグループ内ユニットだったころのBABYMETAL。上記のメジャーな系列に迫る勢いがあるWACKという事務所の源流にあるBiSの初代が活動をしていた時期。これらのグループはメジャーのアイドル・ポップスとは違う音楽性やステージングで、既存のアイドルファン以外の層をとり込んでいった。そういう新奇な面にひかれて入ってきた層が、よりニッチなものを求めて地下に流れていくというのが、2010年代の前半から中盤に起こった現象のひとつであった。こういった、表現に根ざした動機というのは、趣味の領域では一般的にわかりやすいことだと思われる。


地上にはない、
「距離」の近さ

 このほかに地下に流れていく大きな要因のひとつとしてあげることができるのが、アイドルとの「距離」の近さである。この場合の「距離」とは文字通りに物理的な距離でもあり、精神的な距離のことでもある。

 物理的な距離の近さとは、ステージ上の演者との距離の近さである。アイドルに限らず、近距離で身体的な表現を生で観るという行為は、受け手の精神にダイレクトな衝撃を与える。そこには大ホールの客席では味わうことのできない、生なましい実感がある。ステージ上の表現をたんなる鑑賞としてではなく、ストレートに肉体的体験として捉えることができるのだ。これは、積極的に客側が身体を使ってライブに参加するということだけを指しているわけではない。細かい表情。指先や足元の動き。喋るときの微妙な仕草。呼吸。ステップの足音。じっさいにそれらが目に入ってきたり、耳に飛びこんでくるとはかぎらないが、それらを体感できるような距離にいること。その空気感は大ホールでは得ることができない、小さなスペースだからこそ得ることができるものだ。

 また、ももクロのブレイクやBiSのブレイクのあたりで入ってきた、アイドルにそれまでハマったことがなかった人たちのなかには、いままでライブハウスでバンドを見ていたような層がいた。そういった層はライブハウスでの、スタンディングでのライブという環境を好む割合が高く、大規模になっていく現場で楽しみを感じられなくなり、その人たちが心地よさを感じて地下に定着するという流れが2010年代中盤くらいまではあったと思われる。それに似た例はその後も起こっているだろう。

 精神的な距離の近さというのは、ライブやイベントに参加する頻度、ようするに会う頻度と、会話する時間の長さによって生まれるものだ。

 メジャーなアイドルになるほどライブやイベントの数は少なくなるが、地下アイドルでは週に7回くらいライブやイベントがあることもざらにある。会話する時間の長さというのは、物販でチェキを撮ったりするさいの会話や、ライブの前後や合間に少し声をかわす時間の長さというわけだが、当然地上に行けば行くほど、その客ひとりに割り当てられる時間も機会も短くなる。地上のそういう体制しか知らなかった人が、地下アイドル現場での接触時間の長さに衝撃を受けるという事例はよく見られるものだ。

 会う回数、喋る時間が多ければ多いほど、当然のように精神的な距離感は近くなる。週に数回ライブに通うようになれば、仕事上の会話以外で他人といちばん会話したのはアイドルの物販であるというような状態も生まれてくるわけで、通えば通うほどアイドルに対して親しい人間であるかのような気分になってしまうのは当然のことだろう。

 接触といわれるような場では、そういう演者とファンという関係性のなかでの、精神的な距離の近さだけが生まれるわけではない。ステージ上のエンターテイメントの演者と会話ができると、喜びを提供するという役割を越えて、世間に揶揄されるような疑似キャバクラとしての機能をはたしている部分もあるし、それが地下・地底アイドルのライブに赴くおもな目的となっている人もいる。

 へんな話だが、地下や地底の入場料なしドリンク代のみのライブや低料金のライブで接触に参加するのであれば、水商売の店舗に行くよりも安あがりに女の子と会話することができる。アイドルによっては集客のための戦略として、客と密着するような体勢でチェキを撮れるようにしているところもある。また、水商売では働けないような未成年の少女とも接することができる。ステージはおまけでしかない、下手すればしかたがないから観ているぐらいで、メンバーとの接触の時間がメインの目的になっている人もいる。そういった層に向けてしか商売をしていない運営もいて、疑似恋愛の場としての疑似キャバクラとして、さらには疑似風俗としての役割をはたしている現場が存在するというのも事実である。

* とはいえ、すべてのオタクが本文にあるような動機で接触に挑んでいるかというとそういうわけでもなく、接触というものについては、また別の機会で言及したいと思う。


メジャーになる過程が
忘れられない

 これまでにあげたものはオーソドックスなもので、多数派に属する動機であり、どれかひとつというよりは複合的に合わさっている場合が多いわけだが、ほかにも少数ではあるがさまざまな理由で地上現場から地下現場に赴くようになる人がいる。

 小規模な現場のときから推していたグループが売れてメジャーになるという経験をした人のなかには、現場が大規模になったことでライブや接触の楽しみが失われたので小規模な現場に移る、というだけではない人もいる。売れていく現場の勢いや雰囲気が忘れられない。いうならば、そのときの「成功体験」が忘れられず、それを味わいたいがために小規模現場で同じようなことをしたがる人がいる。

 2010年代初頭、ももクロは地下アイドルとも対バンするような規模、BiSはふつうに地下対バンライブに出ているような規模で活動していた。2.5次元的であり、ディアステージという店舗が母体という特殊な立ち位置ではあるが、でんぱ組.incも地下アイドルの括りのなかにいた。それらのライブに通っていて彼女たちがブレイクしていく過程を体験した人のなかで、もう一度同じような体験をしたい人が小規模な現場に通いだす。そういった小規模な現場のなかに地下現場もふくまれていたという例だ。けっきょくのところ、上にあげた三者に似た経緯で、その後に地下からブレイクしたアイドルは現在まで存在しないわけで、そういった成功体験を求めた人たちも、地下に適応するか、地上で対象を探すようになるかしたことだろう。

 2010~11年ぐらいまでは現在ほどアイドルシーンが広いわけではなく、地下と地上の境目の認識が微妙であったが、現在では別の文化圏といってもいいくらい別ものである。両者の距離は離れており、そういったモチベーションで地下に来る人はもういないと思われる。現在、推してるアイドルが売れるという経験がしたい、勝ち馬にのりたい人は、地上の新人や半地下のグループでオタクをやっているのだろう。ただ、地下内での売れた売れないという小さな範疇で、その種の欲望を満たしている人がいる可能性も否定はできない。


ただ偉そうに
ふるまいたい

 表現、距離、成功体験という理由は、アイドルの存在が重要な要素であるが、その存在が直接かかわらない動機もある。現場でのオタク間のヒエラルキーの上位であることを求めて、より小規模な現場に移行していくという例だ。ことさら多く見られる事例でもないが、まれというわけでもない。

 そういわれても、アイドル現場を知らない人には意味がわからないかもしれない。「全員、ただの客でしかないでしょ?」と疑問を感じる人もいるだろう。しかし、人間が複数集まる場所でヒエラルキーを形成しようとする者が現れるのは、よく見られる光景であり、アイドル現場もまた例外ではないというだけのことだ。

 アイドル現場などというのは男性がほとんどを占めているわけで、そういったマチズモが噴出しやすい場でもある。オタク間で、いくつかの小さなグループが発生したり、その人徳から現場のリーダー的な存在になる人が自然発生してくるのはあたりまえのことで、とくに問題ではない。そうではなく、特定のオタクが意識的に派閥をつくり、現場を仕切り我が物顔にふるまおうとする現象が見られる場合がある。そういうマチズモを発散させるための舞台を求めているようなタイプの人間が仕切っている現場というのは、たんにアイドルが好きなだけの人間にとっては居心地の悪いものだが。

 当然ながら、そういう派閥のリーダー的な存在になり、オタクのあいだで名を知られた存在になれる人間など限られている。そういう志向をもっているにもかかわらず、自分がそういう立場になれなかった人間は当然おもしろくない。その現場でより強い立場になろうとする者もいるが、より居心地のいい小規模な現場に移って、そこで我が物顔でふるまえる環境を見出だす者もいる。その現場でオタク間のなかの強い立場に立てない者は、さらに小規模な現場、新しい現場に。個人で移動する場合もあれば、集団で移動する場合もある。そういったことをくり返していくうちに、そうとう小さな現場にたどり着いて……。

 そうやって結果として地下現場に来るようになったオタクのなかには、自分の通っている現場のアイドルのことを本心では馬鹿にしている者までいる。ほんとうは有名なアイドルの現場で強いオタクとしてふるまいたいけど、それができない。自分たちが強いアイドルオタクとしてふるまえる場だから、しかたがなしにそこにいるだけなのだから。

 そういう人間、そういう集団に居着かれた現場は災難である。演者に対して尊敬の念がないわけだから、ステージは重要視されるわけもなく、ライブ中は仲間内へのアピールの場でしかない。身内に向けた悪ふざけの場となってしまう。アイドルに対して尊敬の念がないとはいえ、「この女だったらいけるだろう」みたいな劣情めいたものはあるので、粗悪な求愛アピールをしたがる傾向もある。それじたいが仲間内に対するアピールであるのだが。

 アイドルに対して敬意がないのだから、自分たちのグループ以外のほかのオタクにも敬意はない。露骨に馬鹿にしていたり、新規のオタクがくれば集団に組みこもうとしたり、それがかなわないと排除しようとする。純粋にそのアイドルが好きで現場に来ている人間にとっては迷惑でしかない。当然、そういう現場は新規に人が寄りつかなくなり廃れていくわけだが。 

 このように、アイドルじたいがメインの動機というよりも、自分がしたいようにふるまえるアイドル現場を求めて、より小さな現場に移動する人間もおり、オタク社会というものが現場において重要な要素になっているのがうかがえるだろう。最近はそういう人間の仕切る現場にあたったことがなく、それは幸いであると思う。


地上を経由しない
ルートも

 まれに地上を経由しないで地下現場に来るオタクも存在する。

 グラビアアイドルなど別ジャンルで活動していた子がライブ主体のアイドル活動をするようになり、もとからのファンがついてくる場合。 ライブ主体のアイドル活動をしている子が他業種で人気が出て、そこでの新しいファンがライブに来るという逆パターンもある。

 グラビアアイドルとしては人気のあった篠崎愛が所属していたAeLL.が、とくに人気グループにならなかった例からもわかるように、たとえ他業種で大人気であっても、ライブの現場まで来るようなファンはそう多くはない。そもそも他業種でも人気が高いわけでもない例も多い。そのため、ライブの現場では少数派である。ライブには来ていても、あくまで個人のファンであるスタンスから来ているので、ライブアイドル文化に染まってライブ現場系のオタクになっていくというコースをかならずしもたどるわけではない。またグラビアアイドル(および予備軍)だけを集めたグループの系譜があるのだが、いわゆる地下アイドルのオタク層ではない独自の層がメインとなって支えているように思われる。

 友人や家族に誘われて現場に来たり、偶然ネットで動画を見て興味をもって地下現場に来た結果、アイドルオタクとして定着してしまう例もあるが、ひじょうに珍しい希少なパターンである。ある意味、何か新しいものに触れるということで考えれば、ひじょうに健全である。

 外部からは均一的な存在だと思われがちなアイドルオタクではあるが、地上と地下のアイドルが現状では文化的な違いがあるように、地上のオタクと地下のオタクにも当然違いは生まれるし、地下アイドルのオタクになる動機やきっかけひとつにしても人によって違い、それらの動機も複合的に絡みあっている。地下のシーンにまったく興味がない地上のアイドルオタク、地上のシーンにまったく興味がないアイドルオタクがいる一方で、地上と地下を行き来するオタクもいる。双方の現場に通うといっても、地下と地上を別物として楽しんでいる人もいれば、地上現場の代用品として思っているもの、現地人の生活を未開な野蛮なものとして物見遊山に訪れる植民地時代の白人のような感覚で地下を訪れるものもいる。同じように地下と括られているものでも、界隈が違えばまったく知らないということもふつうにあり、それぞれの界隈で独自の現場のあり方がある。

 アイドルオタクとしてのあり方というものは、全体のなかでかならずしも明確な色分けができるわけではないが、複雑なグラデーションが形成されていてまったく被らない者どうしも存在し、単純にこういうものだとは断言できないのは確かである。

 

ロマン優光(ろまん・ゆうこう)
1972年高知県生まれ。ソロパンクユニット「プンクボイ」で音楽デビューしたのち、友人であった掟ポルシェとともに、ニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」を結成。ディレイ担当。WEBサイト「ブッチNEWS」でコラム「ロマン優光のさよなら、くまさん」を隔週連載中。
著書に『90年代サブカルの呪い』『SNSは権力に忠実なバカだらけ』『間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに』『日本人の99.9%はバカ』(いずれもコア新書)、『音楽家残酷物語』(ひよこ書房)。