アイドルとのつきあいかた│第4回│接触を楽しめないオタクたち│ロマン優光

アイドルとのつきあいかた ロマン優光 ろまん ゆうこう 〈不健全な疑似恋愛関係〉から〈健全な共犯関係へ〉──これからのアイドルとオタクの関係性を考察します。

〈不健全な疑似恋愛関係〉から〈健全な共犯関係へ〉──これからのアイドルとオタクの関係性を考察します。

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第4回
接触を楽しめないオタクたち

CDの特典券を
配りつづけるオタク

 多くのオタクにとって接触の場はアイドルとコミュニケーションをとれる場であって、物理的に触れることで性欲を解消したり、求愛をおこなうための場として考えたりしているのは、じっさいのところ多数派ではないという話は前回したわけだが、より具体的に接触の場での会話を考えていきたいと思う。

 接触といえば、ひとつの忘れられない光景がある。ある地下アイドルグループのCDのリリース・イベント(リリイベ)での話だ。ミニライブのあと、握手会がおこなわれ、CDを一枚買うごとに特典券が渡され、枚数によってメンバー全員と握手ができたり、任意のメンバーひとりと写メが撮れたりするようなイベントだ。その場に特典券をほかのオタクに配りつづけるひとりの中年男性がいた。

 彼はそのグループのひとりのメンバーのオタクであり、週に五回はあるようなライブやイベントもほぼ全通(すべての現場に通うこと)するような熱心なオタクだった。つねに通常の物販でも大量に金を落とし、CDが出るたびに大量購入。彼女たちの活動を買い支えている彼はグループ全体のTO(トップ・オタクの略)といってもいいくらいの存在だ。

 しかし、彼がアイドル側から好かれていたかというと、それは微妙だった。彼はべつにライブ中にほかに迷惑をかけるようなことをしているわけでもないし、接触中にアイドルに失礼なことを言ったりセクハラめいたことを言ったりするわけでもない、いたって紳士的な人だった。ただ、はたから眺めてみるに、彼に対する態度と、ほかのオタクに対する態度、とくにあるひとりのオタクに対する態度が全然違うのだ。TOの彼と比べて、その人が接触にくるとアイドルが嬉しそうにしているのがなんとなくわかってしまう感じだった。とくに対応にあからさまに差をつけているとかいう話ではない。そこはちゃんと仕事としてわけ隔てなく接している。ただ、嬉しさが外に滲み出てしまっているのだ。

 その人はTOの彼に比べれば、そこまでお金を落としているわけでもないし、同じような年齢の中年男性であったから若い人に来てもらって嬉しいとかいう話でもない。人一倍貢献しているのに、さほどでもない人のほうがアイドルから愛されているという、TOの彼からしてみれば理不尽に感じる話だろう。それでも、彼はほかのグループのオタクになったりすることもなく、そのことに対して不平をもらすこともなく、黙々とオタクとしての活動を続けていた。

 リリイベのときの話に戻ろう。CDを箱買いした彼のもとには大量の特典券が渡されていた。彼はそれをほかの人に配りつづけているのに、自分は特典券の権利を使おうとしているふしもない。「○○さんは(握手・撮影に)いかないんですか?」とまわりにいたオタクのだれかに問われた彼は、「私はもう話すこともないので」と答えた。グループを解散してソロになったり、アイドルを引退してアーティスト活動(じっさいのところ、いままでの活動とたいして変わりはないのだが)をはじめたり、彼の推しはなんだかんだで活動を続けていて、彼もいまだに推しつづけていて、かれこれ10年近くになっている。最近、Twitterで彼女から「○○さん、長いあいだ、いつもありがとう」という内容のリプライが彼に飛ばされているのを見た。


みんなを巻きこむ
自己愛型オタク

 接触の場というのは、本来オタクにとって楽しい場であるはずだ。それなのに、そうではなくなっている人を現場で見かけることは少なくない。こういう話をすると、現場を知らない人のなかには不思議に思う方も多いだろう。しかし、それはよくある光景なのである。なぜ、そういうことが起こってしまうのか?

 自分がアイドルにとって必要とされているのかを気にしてしまうような、ライブに全通し、物販でも大量に金を落とす献身的で自己犠牲を伴うようなスタイルでアイドルを応援しているような人。そういう人は楽しくない接触をしてしまうようになる確率がかなり高い。

 たいていの場合、献身的なスタイルのオタクはあくまでスタイルとしてそういうやり方をしているだけで、そういうやり方を通してアイドルに認めてもらいたい、特別な存在として扱ってもらいたいというタイプの人間だ。オタクの数が少ないうちは、アイドル本人から感謝されることも多いし、物販中も独占できる時間も多いだろう。またTwitter上でも、リプへんしてもらったり、ふぁぼられたりする機会も多いだろうし、実質的には特別扱いされているような環境にいることになる。

 ただ、ファンの数が増えてくるとそういうふうにはいかなくなる。まず、物理的にファンひとり当たりと接触できる時間はどうしても減ってくる。それはしかたがないことだ。SNS上での交流も自分だけにかまけてくれるようなことはなくなっていく。

 そうなってきたときに、なんらかの特別な待遇を求めたりするようになってしまう人がいる。それは具体的にどうこうしてくれという話だけではなく、自分が特別な存在であるということをアイドルからことばとして引き出そうというような行為であったりもする。しかし、アイドル側としては、ビジネスである以上、ファンのだれかひとりを特別扱いするわけにはいかないのがあたりまえだ。話せる時間を金銭と交換しているのであって、それ以上の心理的なサービスを求めるのはお門違いというものである。

 思ったような反応が得られないと、変な駆け引きめいたことをはじめてしまう。「自分はもう必要ではないのか?」みたいなことを本人に直接言ってみたり、SNS上で「僕はもういらないんだ」みたいなことを言いだしたり。もうライブにいかないみたいなことを発言したり、わざと別のメンバーとの接触に赴いて嫉妬させようとしてみたり。なんというか、そういうことをやればやるほど嫌われるであろうことを積極的にはじめてしまうのである。

 アイドルも人間であるから、そういう困らせるような行為・嫌がらせのような行為ばかりやられていれば、接触時に心から快く対応することは不可能になっていく。そうなると、嫌われてしまったみたいなことを発信して、さらに相手の神経を逆撫でしたり、より嫌われるような言動をくり返してしまう。アイドルは苦しめられてるだけだし、オタクだってどんどんツラくなっていくだけだ。はたからそれを見せられているほかのオタクだって、いい気分がするわけがない。だれも楽しくないのだ。

 アイドルに感謝されて特別な存在のようであるのが好きなタイプでも、新しいグループや人気がないグループの現場でオタクをやって、人気が出てきたらほかのグループのオタクに変わるみたいなことをやってる人はべつに無害だ。それはそれでひとつのスタイルだし、なんの問題もない。ただ、相手に執着しつづけて自分の存在を特別なものとして認めてもらうことを望むなど、相手の心を自分の思うように従わせようという行為であり、暴力で人を支配しようとすることとなんら変わりがない行為だ。一種の精神的な自傷行為でもあるのだろうが、アイドルや巻きこまれるほかのオタクはたまったもんではないのである。

 以前、自分がライブを観にいっていたグループのオタクに、接触にやたら金を注ぎこむタイプの中年男性がいたのだが、金も持っているし、Twitterなどを見るかぎり勤務先での役職も高そうな社会的な地位もありそうな人物だった。粘着質な接触をする人で、女の子はツラそうな感じであった。女の子の対応が思ったようなふうではないことに不満をおぼえていたのか、前述のパターンにのっとった言動をしたあげく、「自分は金を大量に使っているのだから、運営はあの子に自分を特別扱いさせるべきだ」という内容をTwitter上で発言。ほかのオタクはその発言の異常さに「こいつはヤバい」と基本スルーしていたのだけれど、彼が推していたメンバーには高校生のファンも何人もいて、なかには正義感が強く彼に抗議するような子たちもいた。それに対して、彼は「お前らは金を使ってない、金を使っている大人が偉い、大人の言うことをきけ」というような発言をする始末。あまりのことに呆れたほかのオタクは運営に彼の出禁を進言したり、つぎのライブでライブ中に最前に入れないようにガードしたりするなど、彼の排除に向かうことになる。

 結果としては、そのライブ後に彼は接触で10周ぐらいループ、アイドルは泣き出し、彼も涙ぐみながら会場を去り、そのまま他界(通っている推しの現場にいかなくなること)していった。まあ、すぐにほかの現場に通いだしていたのだけど。そのまま他界したので、じっさいに出禁になったかどうかはわからない。彼のようなモンスター級の発言はさすがにあまり見たことがないので、強く記憶に残っている。


現場本来の楽しさを捨てた
地位優先型オタク

 楽しくなさそうに接触にいっているパターンとしては、そのグループにもメンバーにも飽きているが、その現場での自分の地位に執着している人のパターンもある。オタク社会での順位にこだわっているということだ。TOという地位に対するプライド。現場を我が物顔に歩く集団に属している誇らしさ。そういったことにこだわるということは、アイドルのライブにいく本来の楽しみ、歌やダンスを観賞し、楽曲にあわせて体を動かし、さらにアイドルと楽しく会話をしたり、チェキを撮ったりといった楽しさよりも、現場のオタクのホモソーシャルで生きることが優先されているということにほかならない。

 そういうあり方を重視していても、それを維持するためには現場は不可欠であり、アイドルじたいがメインの目的でない状態であっても、ふつうにライブや接触を楽しんでいるものである。彼らの意識している地位を脅かす存在があらわれないかぎりは。自分よりも推しに愛されているのがわかってしまうようなオタクが登場してくると、彼らの世界が揺らいでしまう。面子が潰されたように感じるのだ。本来、アイドルとオタクは1対1の関係にある。それはオタクの数がどんなに増えようと変わらない。だから、他人のことは気にすることなく、唯一無二である自分とアイドルとのあいだのふたりの関係性を楽しめばいいだけであり、この現場のなかで自分がいちばん楽しんでるくらいに思っていればいいのである。しかし、他人から受ける評価を基準にして現場での活動を楽しんでいる人にはそれができない。

 TOであるためには、その子を推しつづけなければならない。ライブ中も盛り上げたり目立ったりしなければならないし、物販でもお金を使ってみせなければならない。接触中の会話だってほかのオタクより盛り上がるようにしなければならない。絶え間ない努力が必要なのである。それなのに、自分よりはるかに努力してない人間が自分より好かれているのを見るのはつらかろうし、不快だろうとは思う。そんなイライラしている状態で接触にいっても、楽しく接触できるわけもない。それでもTOでいたかったり、その現場のホモソーシャルのなかでの地位にこだわりがあるから、なかなか他界もできない。

 そんなにつらいのなら、よその現場にいってがんばればいいと思う人もいるだろう。それは当然である。しかし、そういう行動をすんなりとる人はなかなかいない。せっかく築いた地位を放棄して新天地でイチからがんばっても、同じような地位を得られる保証はないからだ。アイドルのライブにいく本来の楽しさがなくなろうと、オタクのホモソーシャルのなかの楽しさは捨てがたいので、それを保持するために現場にいき、推しているというアピールは続けなければならない。

 そんなんだったらアイドル現場で集まらず、ふつうにみんなで遊びにいったりすればいいだけではないか、というふうに思う人もいるだろう。しかし、アイドル現場という環境で形成される価値観で地位がつくられている以上、そこから離れては集団は維持できないのである。

 集団で現場を移動してくるオタクの話は連載の第2回で書いたが、そういう集団は以前の現場では強い立場でなかったケースがほとんどだ。推しが辞めたり、グループじたいの解散、あるいはグループの方向性が変わることで現場じたいが失われた場合。ファンの数が増え、現場内での影響力が相対的に下がったことに不満を感じる場合。そういったことがなければ、強い立場の集団が相対的に現場での地位が下がる危険を犯してまで、よその現場に移動することはないだろう。現場じたいが変わってしまうような変動がアイドル側におこり、それによって集団の維持が不可能になる事態がおこらないかぎりは、他界したりはしないものだ。


オタ活にも
自分の適量がある

 自己愛が強すぎるタイプとオタク社会での地位を優先するタイプの二例をあげたわけだが、こういう両極にあるともいえる極端なパターン以外にも、接触を楽しんでいない人たちはいる。

 アイドルを推すことが義務感になってしまっている状態は、多くのオタクが経験してしまうだろう。義務になってしまったら、仕事といっしょで純粋に楽しむことが不可能になってしまう。そういう場合、とりあえず現場にいかないという選択を一度してみるのが重要だ。本当に心が離れてしまっていることを実感して他界したり、間をあけることで本来の現場の楽しさを思い出し、楽しくオタ活を再開できたり、結果はどちらになるかはわからないが、楽しくない状況から脱出できることはまちがいない。

 接触にいきすぎることによってマンネリに陥り楽しくなくなっている人もいる。アイドルは歌やダンスがやりたくてなるもので、トークのプロや接客のプロをめざしてなるものではない。当然、週に何回~何十回も同じ人と同じシチュエーションで会話する状態を何か月も続けていれば、話す話題がなくなるアイドルも出てくる。これはオタク側も同様であろう。よほどの話上手でもないかぎり、毎回盛り上がる会話などはできるわけがない。とくにみのりのある会話をしようとする人ほど、マンネリ状態に苦しみを感じてしまうようになる。そのマンネリを苦としない、そのマンネリを楽しむような心の強さがオタクには必要とされるのだが、みんながみんなそんなにタフではない。どんなに美味しいラーメンでも、フードファイターででもないかぎり、一度に何杯も食べれないのがふつうだし、無理して食べたら体調を崩す。アイドルもそれと同じで自分の適量というものがあるのではないだろうか。

 アイドルとたがいにふざけた会話をすること。アイドルの前でふざけてみせて笑わせること。真摯にライブの感想や自分の想いを伝えること。アイドルをとにかく褒めること。アイドルといっしょになにかの文句を言いあうこと。まあ、同じ人の接触に通いつめ、マンネリを乗り越え、最終的には世間話だけするようになるところまでやって接触という気もするが。どういう会話が楽しいかは別として、楽しくない接触というのは基本よろしくないものである。楽しめない接触に赴くのは不健全だし、アイドル側にとっても負担でしかない。接触にいくからには楽しくやらないと自分にも相手にもよくない。

 最初のエピソードに登場する彼がよかったのは、あの人はなんだかんだで楽しそうだったということだ。自分よりほかのオタクが好かれていたり、ライブにいきすぎて会話にすることもなくなったり、いろいろと思うところはあったとは思うが、彼はひとりで楽しんでいた。

 接触を楽しめていないオタクについて今回は触れたわけだが、オタク側が楽しくてもアイドル側は苦しんでいる場合もある。次回は接触を中心にそういったことについて触れていきたいと思う。

 

ロマン優光(ろまん・ゆうこう)
1972年高知県生まれ。ソロパンクユニット「プンクボイ」で音楽デビューしたのち、友人であった掟ポルシェとともに、ニューウェイヴバンド「ロマンポルシェ。」を結成。ディレイ担当。WEBサイト「ブッチNEWS」でコラム「ロマン優光のさよなら、くまさん」を隔週連載中。
著書に『90年代サブカルの呪い』『SNSは権力に忠実なバカだらけ』『間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに』『日本人の99.9%はバカ』(いずれもコア新書)、『音楽家残酷物語』(ひよこ書房)。