こんな授業があったんだ│第19回│『子どもが解決! クラスのもめごと』より3章「奮闘する班長会」(後編)│平墳雅弘

こんな授業があったんだ 授業って、教科書を学ぶためだけのもの? え、まさか。1980〜90年代の授業を中心に、発見に満ちた実践記録の数々を紹介します。

授業って、教科書を学ぶためだけのもの? え、まさか。1980〜90年代の授業を中心に、発見に満ちた実践記録の数々を紹介します。

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『子どもが解決! クラスのもめごと』
3章「奮闘する班長会」(後編)
平墳雅弘
(1990年代 ・ 中学1年生)

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トラブルメーカー、吉井くん

 その日の班長会の話し合いの参加者は、吉井くん、勇気をだして暴力を訴えた3人の男子生徒、班長、わたし、そして吉井くんの母親だった。
 冒頭、母親は「みなさん、こんにちは。吉井の母親です。きょうは学校のようすをうかがいにお邪魔しました。よろしくお願いします」とあいさつし、教室の隅のイスにちょこんと腰をかけた。質疑応答は、緊張した雰囲気となった。
「吉井くんは、どうしてすぐにたたいたりするのですか」
「冗談、冗談、軽くさわっただけ」
「人の肩にもたれてきたり、顔をなめたりするのは、どうしてですか」
「……べつに」
「はっきり言ってよ」
「言ってもしかたない」
「マンガを貸すことを断っただけでたたいたのは、どうしてですか」
「いやだと言われ、ムカついた。でも、軽くさわっただけ」
「違う、パチンと音がしたし、手のあとが赤く残った」
「たたかれて、痛くて泣いていた子もいた。連続10回以上もたたかれた子もいる。冗談ではすまされない」
「でも、みんなも笑っていたじゃん」
 吉井くんに反省の色はみられない。
「笑いたくて笑ったんじゃない!」
 ある男子生徒の真剣な受け答えに、班長の井沢ヒロシはハッとしたという。ヒロシは班長に立候補した理由をつぎのように語っていた。
「人権とか権利とか、口ではかんたんに言えるけど、守ることはかんたんではないと思います。クラスでもおもてでは先生の言うことを守ってしっかりと授業を受けていても、先生のいないところでは人を侮辱している人がいます。こうしたことも話し合いたい」
 かつてヒロシも吉井くんに、「おはよー」とすれちがいざまに背中を思いっきりたたかれたことがあった。バシリと音がしたのに、なぜか笑ってしまった。思い出すと、どうして「やめろ」と言えなかったのかと情けなかった。「ぼくだって、笑いたくて笑ったんじゃない」と思ったという。質疑応答は続いた。
「吉井くんは『先生に言ったら殴る』と言ったけど、ほんとうですか。どうしてそんなことを言ったのですか」
「……先生に怒られるのが怖かった。それに……」
「それに、なんですか。はっきり言ってよ」
「先生に知られると、家に連絡される……」
 吉井くんは、母親をチラリと見た。質疑応答に続き班長たちが意見を述べると、吉井くんは「ゴメン」と小声でつぶやいた。
「いくらここでゴメンと謝っても、吉井くんは先生のいないところできっと仕返しにくるに決まっている。信用できない」と男子生徒が突っぱねた。そのとき、母親が「ごめんなさい、いいですか」と発言を求めた。
「みなさん、ほんとうにごめんなさい。謝ってすむことじゃないけど、ほんとうにごめんなさい。みなさんの心配はもっともです。きょう、家族でどうするか話し合います。ほんとうに許してください……」
 母親は目を真っ赤にして、涙声で何度も「ごめんなさい」と頭を下げた。結局、吉井くんのことはお母さんにお任せすることになり、その日の話し合いは終わった。

 翌日、吉井くんが両親につき添われて職員室の戸を開けた。仕事を休んできた父親は、「息子がご迷惑をかけました。わたしたちの教育がなっていませんでした。息子には相手の気持ちを考える子になるよう、つねづね言っていたのに……。先生、子どもさんの前で謝らせてください」と語った。父親と吉井くんと母親は、クラス員の前に立った。
「みなさん、こんにちは。吉井の父親です。きょうはみんなに謝りにきました。今回はうちの子がほんとうに迷惑をかけました。ごめんなさい。きのう家で、二度と同じ過ちをしないようにきつく注意しました。息子はもう人をたたいたりしないと約束しました。こんど、暴力をふるうようなことがあったら、おじさんに直接連絡してください。お願いします。いつでも飛んで来ますから、かならず連絡してください。こんど手を出したら、もう学校には来させません。こいつも反省していますから、ごめんしてください。ほんとうに許してやってください」
 父親は、黒板に連絡先の電話番号を書くと、生徒に向かって深々と頭を下げた。吉井くんも、「もう二度とたたいたりしません。ほんとうにごめんなさい」と神妙な面持ちで頭を下げた。それから、吉井くんの暴力はやんだ。
 わたしは親の教育力のすごさをまざまざと思い知らされた。この吉井くんの一件から、保護者の参加がはじまった。
 これまで多くの保護者が班長会に参加した。
 あるとき、部活で中学2年生の同級生どうしがケンカ沙汰になり、双方の保護者が班長会の話し合いに参加したケースがある。
 ことの発端は、バスケットボールの練習中、大石くんが投げたボールが友だちの顔に当たり、ケガをしたことだった。被害を受けた生徒は、大石くんが顔をめがけてわざと強いボールを投げたと主張。一方で、大石くんは、ちゃんと声をかけながらふだんどおりにボールを投げたと言う。
 大石くんの両親はそろって学校にやってきた。玄関でわたしが「こんにちは、ごくろうさまです」とあいさつをしても、父親は「この教師は、何を考えているのか」といったようすでにらみかえしてきた。
 教室には、大石くん、ケガをした生徒、班長、バスケット部員、わたし、それに大石くんの両親。父親は腕組みをして教室の隅にどかりと腰を下ろした。生徒たちが萎縮しないかとハラハラしたが、結果は思わぬものであった。
 バスケット部員たちは、大石くんの性格や日頃の行動をよく知っていた。
「先週も、ぼくが部活の準備をしていたとき、大石くんはいきなり強いボールをぶつけてきた」
「ぼくは、大石くんに『おい』と呼ばれてふり向いたら、顔にボールを当てられた」
「大石くんは、すこし悪ふざけがすぎる」
「大石くんは、『やめて』と言ってもやめない。すこしも反省しない」
と、大石くんの部活でのようすがあきらかになった。
 班長会のあと、父親は「先生、さきほどは失礼しました。学校から呼び出されたときは、正直言ってすこしムッとしました。でも、きょう子どもたちの意見を聞いて、親として反省することがたくさんありました。このような会を開いていただいて、ほんとうにありがとうございました」と深々と頭を下げた。その後、部活から大石くんへの不満の話題は消えた。

「だれか、友だちのつくりかたを教えて!」

 あれから吉井くんはというと、マイペースで、野球にだけは熱を入れていた。しかし、なぜ吉井くんは人の肩にもたれかかったり、ほおをなめたりしていたのか。彼は「べつに」などと答えていたが、その理由がわかったのはしばらくしてからだ。
 悩みアンケートに、「友だちのつくりかたを教えてください」と相談が寄せられた。なんと相談者は、班長の原田さんだった。班長たちが「これ、何?」と原田さんにつめよったのは、彼女がクラスでいちばんの人気者だったからだ。
「えへへ、それわたし」と原田さんは照れ笑いした。
「え、どうして。原田さんはたくさん友だちいるじゃない」
「いるにはいるんだけど。いつも同じ子ばかりで、どうやって新しい友だちをつくっていいのかわからないの」
 班長会は、原田さんの相談を学級会に提案した。その日の学級会のテーマは「友だちのつくりかた」。司会者が、「どのように友だちをつくったらいいのか、どしどし意見を言ってください」とクラス員に呼びかけた。
「あいさつをする」「いっしょに遊ぶ」「声をかける」などの意見が出されたが、「相手の子が無視したらどうするの」「遊ぶのがいやだと言ったらどうする」などの意見もあって、これといった名案は浮かばない。
 そのとき、「そんなのかんたんや」と手を挙げたのが吉井くんだった。
 吉井くんは立ち上がってツツツと教壇に歩みよると、「こうすればいい」と突然、司会者の肩に手を回して、「ヨウ」と唇をとがらせ顔を近づけたのである。司会者は「ウエー」と顔をのけぞらせたが、吉井くんはかまわず「ヨウ、ヨウ、ヨウ、アソボ」と続けた。司会者は、「ああ、わかったから顔をどけて」と笑って返事をした。
 クラス一同大爆笑。が、わたしは、ハッと思った。吉井くんが肩を組んだりほおをなめたりするのは、彼なりの好意の表現だったのではないか、話し合いで彼が「べつに」と答えたのは、「そんなこと説明してもしかたない」の意味だったのではなかったか、と。
 原田さんも大笑いしながら、「そうか」と納得顔でうなずいていた。吉井くんは、「どうだ」と言わんばかりに自慢げに席に戻った。
 吉井くんは学年の最後に、つぎのような作文を書いた。
「ぼくが班長会でいいと思うことは、みんな素直に反省できることです。ケンカなどした友だちとなかよくしていけるからです。後輩たちにも、班長会をやってほしいと思いました。班長会では、自分の意見もみんなの意見も言えるので、ぜったいに続けていったほうがいいと思います。悪いことをやったほうもちゃんと反省できるので、ぜったいにいいと思います。それに、すぐに怒られる心配もないし、理由やわけを話せるのでいいと思います」

 班長のヒロシは、班長会の活動をふりかえった。
「ぼくは、はっきり言うと、子どもたちで話し合うことにあまり賛成ではなかった。それは自分と同じように入学した人に、問題が解決できるのかという考えがあったからです。それに人に話してしまわないかとも思いました。しかし、日がたつにつれ班長たちもリーダーらしくなり、事件も解決しました。話し合いで自分のどこがいけなかったかを整理したり、反省したりできました。クラスの団結力も高まると思います」
 班長でもあり、友だちのつくり方について相談した原田さんは、「わたしはクラスの問題を生徒の力で解決することで、クラスの子のひとりひとりの声を聞くことができました。わたしは班長会がとても好きです。もっともっとこれを全国に広めて、自殺する子や悩んでいる子に救いの手をさしのべてあげられるといいなと思います」と語った。
 わたしは原田さんたちに、班長会の実践を教育研究会や論文で発表することを約束した。

〝強情な子〟は〝辛抱強い子〟か

 保護者にとって、学校の敷居は高い。問題が起きたときに保護者が参加できる仕組みづくりも重要だが、学校の呼びかけに応えるだけでなく、保護者自身が、みずからの意志で参加できる仕組みが必要だろう。そのための判断材料となるのが、「情報」である。
 いまの学校は、保護者に日常の子どもの姿をありのままに伝えることのできない仕組みになっている。
 かつて文部省(当時)は、「所見は長所をとり上げるのが基本」と学校現場に通知し(1991年)、通知表などの所見欄には子どものよいことだけを記入することになった。理由は、教師の所見が「中学生の高校進学などに不利益をおよぼしている」と問題になったことにある。結果、たとえば〝頑固〟は〝粘り強い〟、〝落ち着きがない〟は〝活発〟などと表記するようになり、指導要録にも同様に記載されるようになった(学校教育法施行規則では、学籍にかんする記録は卒業後20年間保存)
 当時わたしは中学3年生の担任をしていたが、〝すぐに泣く子〟は〝やさしい子〟、〝強情な子〟は〝辛抱強い子〟と表記するよう上司から指導され、とまどった。ある同僚は「授業中に騒ぎたて、迷惑しています」と保護者に連絡したら、「そんなはずはありません。うちの子は小学校からずーっと〝活発で明るい子〟と言われてきました」と言いかえされたという。
 通知表は保護者だけでなく生徒も目を通すが、自分が問題行動を起こしてもよい評価しか書かれていなかったら、生徒はどう思うだろうか。何が正しくて何がよくないのか、わからなくなってしまう。さらに問題がある。ある母親が、「中学生になると、子どもが学校のことを話さなくなった。問題が起きたときだけ連絡するのではなく、もっと日常的に学校のことを知らせてほしい」と語った。たしかに学校は、問題が起きればその日のうちに保護者に電話連絡をしてはいるが、保護者が求めているのは「日常の情報」である。学期末にしか受けとれない通知表の連絡では、問題が風化してしまう。保護者が知りたいのは、「わが子のいまのようす」だ。
 わたしは保護者向けに「連絡ノート」を用意して、月に2回、生徒の生の情報を保護者に発信した。そこには、日常の学校生活についての、担任だけでなくクラス員のコメント、読書感想文や作文なども盛り込んだ。また、班長会の話し合いに参加できなかった保護者には、報告書も添付した。この反響は、予想以上に大きなものだった。以下は、保護者の声である。

○連絡ノートをとおして、学校のなかでの子どもの生活のようす、先生の考え方がわかり、参考になりました。親としてはどうしても成績にこだわりがちです。テレビで中学生の事件が報道されますが、あまり了見の狭い親にはならないよう、親も子どももたがいに意見を聞いて一方的にならないようにしていきたいです。
○あらためて連絡ノートを読みなおし、上の子のときにはぜんぜんわからず終わってしまったことがほんとうによくわかりました。
○子どもが何を考えているのか。いま学校で何が起こっているのか。どのように問題を解決していくのかがよくわかり、家庭では見られない子どものようすがよくわかりました。また、自分の子どもだけでなく、ほかの子どものこともわかり、参考になりました。
○子どもから「はい、連絡ノートけっこうあるよ」と渡されて、最初から読みかえしてみました。連絡ノートがあったおかげで、入学してからいままでのことについて子どもと親子の話し合いができました。とくに、ほかの子どもさんの意見も記載されてあり、あらためて子育てのむずかしさを痛感しました。やはり、子どもの話を最後まで聞いてあげること、かんたんなようでいちばんむずかしいですね。

ノートと感想の写真
連絡ノートと保護者の感想

反省は、夢の力を借りて

 仕組みづくりでもっとも悩んだのが、「罰則」についてだった。文科省は、「授業中に教室に立たせる」「立ち歩きの多い子どもはしかって席に着かせる」などの懲戒例を示しているが、それがどれだけ中学生の恨みと反発を買ったかは、経験ずみだ。
 また、ある生徒は、「だれかが悪口を言ったとき、先生に『謝りなさい』と言われたけど、心から謝れなくて、また悪口がはじまった」と述べたが、見せしめや脅しなど、なんの意味もない。しかし、相手に迷惑をかけて、ただ「ごめんなさい」だけですませていては、周囲の子どもは納得しないだろう。
 仕組みづくりのなかで、罰則作成の糸口となった事件がある。
 クラスの女子生徒が、休み時間に隠れてお菓子を食べていた。生徒は「二度とお菓子を持ってきません」と反省したが、同級生たちは「あの子は小学校でも学校にアメやお菓子を持ってきて食べていた」「口では反省しても、また隠れて持ってくる」と冷ややかだった。生徒が自分を見直すためによい方法はないものか、考えてはみたものの妙案は浮かばなかった。
「園長先生に注意してもらえばいいんじゃないの」
 ある生徒から貴重な意見と情報がもたらされた。女子生徒は、小さなころにお世話になった保育園の園長先生を尊敬しており、将来は保育園の保母さんになるのが夢だった。
 わたしは、「これだ」と直感した。さっそく学校に隣接した保育園を訪ね、園長先生に保育園でのボランティア活動をさせてもらえるようお願いした。女子生徒は、禁止されていたお菓子を食べた反省として、保育園のボランティアに参加したのである。
「保育園はおもしろかったし、いろいろと勉強になりました。わたしは小さい子が好きだし、将来は保母さんになってみたいと思っています。保育園の先生を見ていて、小さい子にはよくできたことはほめてかわいがり、悪いことは悪いと注意することを学びました。ただ甘やかすだけでなく、悪いと言って覚えさせてあげるのはとてもたいへんだけど、たいせつでやりがいのある仕事だということがわかり、ますます保母さんになりたいと思いました。小さい子はとてもかわいく、本を読んであげたり、だっこしてあげるとニコニコと笑ってくれてうれしかったです。時間がたつのが早く感じられて、もっといっしょに遊びたいと思ったほど楽しかったです。とてもいい経験ができたと思います。これからは、決められたことは守りたいです」
 違反については、女子生徒は最後にたったひとこと、「決められたことは守りたいです」と作文し
ただけだが、十分に自己と向きあったことがうかがえる。
 社会を見渡せば、じつにユニークな罰則を命じた判決がある。無免許運転で捕まった被告人にたいし、阪神淡路大震災後に神戸の仮設住宅で生活する人びとへのボランティア活動を命じた判決。アメリカでは、退役軍人記念公園の施設を壊した少年にたいし、映画『プライベート・ライアン』の鑑賞を命じた判決などがある。
 わたしは、生徒とPTAの保護者代表と三者で、つぎのような罰則を決めた。

 ○ 美化コース
 ○ ボランティア・コース
 ○ スタディ・コース
 ○ ヒヤリング・コース
 ○ チルドレン・コース

「美化コース」は教室や学校の美化清掃、「ボランティア・コース」は学校や地域での奉仕活動、「スタディ・コース」は学校の課題図書や推薦図書を読んで感想文を書くもの、「ヒヤリング・コース」は校長やPTAの方との対話、そして「チルドレン・コース」は幼稚園や保育園での園児のお世話、である。「コース」とした理由は、保護者から「罰則」という表現は気になると意見が出たからだ。
「ヒヤリング・コース」を選択した生徒は、校長室で校長先生と給食をとりながら会話をし、「緊張したけれど、いろいろなお話を聞かせていただいてとても勉強になった。こんな機会はもうないだろうが、しっかり生活して新しい自分を見てもらいたい」と感想を述べた。
 コース設定には、つぎの条件をつけた。

 一、みせしめや屈辱的・懲罰的でないもの。
 一、子どもの権利や人権に配慮したもの。
 一、子どもの年齢や発達段階に配慮し、子どもがきちんと納得できるもの。
 一、保護者や第三者も納得できるもの。
 一、作成には、生徒・担任・保護者が参加すること。

 条件をつけたのは、掃除をサボった子の対応を学級会で話し合ったことによる。生徒たちは最初、「反省文を書かせる」「罰として放課後にトイレ掃除をさせる」などの意見を出した。しだいに議論はエスカレートしていき、「反省文を10枚にトイレ掃除10日」「もっと、反省文100枚にトイレ掃除1か月。それに運動場を100周走る」など、本気か冗談なのかわからない意見まで飛びだした。これでは、集団によるリンチ(私刑)だ。
 コースは、工夫しだいで地域と学校をつなぐ架け橋になる。たとえば、高齢者や独居老人の世話や話し相手のコース、交通安全パトロール・コース、火の用心パトロール・コースなど、地域の実情にあわせていろいろ考えられるだろう。

段階ごとの教師の役割

「子どものケンカに親が出る」と、むかしの人は戒めた。
 かつて日本のムラには、子ども参加の仕組みがあった。7歳ごろから15歳ぐらいまでの子どもは、「子ども組」という小集団を組織して、ムラの祭りなどの行事に参加していた。かれらの活動に大人が干渉することは許されず、ケンカも、大人の手を借りずに子どもたちで解決していた。そんな子どもたちを直接、指導・助言することが許されたのは、村人から許された信頼のおける「年長者」にかぎられていた。
 教師は現代版の「年長者」であろう。新しい仕組みにおける教師の役割の場は、話し合いの前・中・後と大きく三つに分けることができる。
 まず話し合いのまえには、「相談者のカウンセリング」「相手のカウンセリング」「保護者への連絡」がある。
 中学1年生のある女子生徒が、部活の先輩たちに「目つきが悪い」「生意気だ」と呼び出される事件があった。先輩たちをまじえて班長会で話し合うことになり、班長たちは、「先輩の席はどうするか」「先輩にどんな質問をするか」などの対策に大忙しとなった。
 いよいよ当日となったが、「先生、女の子が『ひとりにしておいて、だれにも会いたくない』と泣いています。それに、先輩たちが、どうして下級生に呼び出されるのかと怒っています」と班長が告げにきた。班長たちがいくら説得しても、女子生徒はとり乱してとりつく島もない。それに班長たち自身が、先輩の言動に動揺している。
 わたしはまず、女子生徒のもとへ走り、「あなたの気持ちはわかるが、それではなんの解決にもならないよ。どうして先輩からそんなことを言われたのか、理由を確かめなくてはいけないよ」と語りかけた。つぎは先輩たちに会い、「しかるつもりで呼んだんじゃない。あの子はどうして先輩に呼び出されたのか、まだよくわかっていない。もう一度、確かめたいだけだよ」と諭し、話し合いを成立させた。話し合いのなかで、女子生徒は視力が低いため目を細めて見る癖があり、それを先輩が、自分をにらめつけたと勘ちがいしたことがわかった。その結果、先輩たちも納得した。
 話し合うことが決まっても、子どもの心は揺れている。相談した子は、「ほんとうに解決できるのか」「仕返しされないか」と、不安で食事ものどを通らない。相手の子も、「どうして自分だけ呼ばれるのか」「自分はぜったいに悪くない」と思っている。カウンセリングにより生徒の心を落ち着かせ、問題解決の道筋を示すことは担任の重要な役割だ。
 話し合いに保護者の参加を求めることが教師の役割であることは、すでに述べた。だが、すべての保護者がすんなりと参加に応じるわけではない。「どうして親が呼び出されなければならないのか。うちは被害者だ。相手が謝りにくるべきだ」などと言う保護者もいる。教師は保護者と話し合いをもち、参加をうながす。また、仕事や家庭の事情で参加できない保護者には、話し合いの内容を電話や連絡ノートで伝える。
 話し合い中については、「ゴールへのナビゲーター」の役割がある。
 話し合いがスタートしても、すんなりゴール(なかなおりや謝罪)にたどり着くとはかぎらない。ある女子生徒は、「謝ればいいんでしょう、謝まれば。ゴメン」と言って、途中で抜け出してしまった。もちろん班長たちも「落ち着いて」「そんな謝り方はないよ」と説得するが、ここは教師の出番である。休息時間をとって落ち着かせる、問題点を整理して軌道修正するなど、話し合いをナビするのも教師の重要な役割だ。
 ほかにも、いじめっ子ににらまれた相談者が固まってしまったケース、相手の子が逆切れして一触即発になったケース、話があちこちに飛び火して収拾がつかなくなったケースなどがあった。
 話し合い後には、「コースの選択」と「アフターケア」がある。
 コースは、生徒自身が選択できることは述べた。しかし、一週間も掃除をサボったにもかかわらず、一日ですまそうとするちゃっかり者もいる。教師は生徒がコースの選択をするときに、「たった一日の清掃ではみんなが納得しないよ」などと、過ちにみあった反省をアドバイスする。
 話し合いが終了し、やれやれひと安心というわけにはいかない。あとのケア(支援)を怠ったためにふたたびいじめが起き、関係修復に多くの時間とエネルギーが割かれて苦労した苦い経験がある。話し合いのあとも教師は生徒の状況や日常のようすを観察し、一週間に一度、三日に一度などと、定期的に面談をもち、生徒の日常を支援していく。紹介した吉井くんのような生徒の場合、数か月にわたってそれをおこなうこともある。

出典:平墳雅弘『子どもが解決! クラスのもめごと』2014年、太郎次郎社エディタス

平墳雅弘 (ひらつか・まさひろ)

1956年、岐阜県大垣市生まれ。小学校に13年間、中学校に24年間勤務。現在、岐阜県内の公立小学校教諭。専門は美術。
ポーランドの教育者・コルチャックによる「仲間裁判」に着想を得た、子ども自身で問題を解決する仕組みとして「子ども裁判」を考案・実践し、いじめや不登校をはじめとするさまざまな問題に向きあってきた。2003年、第35回中日教育賞受賞。2010年、国際コルチャック会議で「子ども裁判」の実践を発表。
著書に『日本初「子ども裁判」の実践』(国土社)、『生徒が生徒を指導するシステム』(学陽書房)、『子どもが解決! クラスのもめごと』『保護者はなぜ「いじめ」から遠ざけられるのか』(以上、太郎次郎社エディタス)がある。