こんな授業があったんだ│第3回│授業「木になる」PART2│近藤真

こんな授業があったんだ 授業って、教科書を学ぶためだけのもの? え、まさか。1980〜90年代の授業を中心に、発見に満ちた実践記録の数々を紹介します。

授業って、教科書を学ぶためだけのもの? え、まさか。1980〜90年代の授業を中心に、発見に満ちた実践記録の数々を紹介します。

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授業「木になる」 PART2
「自分の木」を詠む(中学2年生・1997年)
近藤 真

木は学校の歴史を見つづけてきた

 学校の敷地にはさまざまな木が植わっている。64本の桜にはじまり、杉、椿、茶、しゃく、楠、きょうちくとう躑躅つつじ、梅、アカシア、しゅ無花果いちじくやつしい一葉ひとつばたご、千両、南天、かいづかぶき、柿、山茶花さざんか百日紅さるすべり、五葉松、かえで、桑、ポプラ、くろ、フェニックス、くちなし銀杏いちょう、月桂樹……まだまだあるぞ。戦後まもなくのN中学校の写真を見ると、小高い丘の上に木造の校舎がでんと建っているだけ。ほかには何もない。北風は容赦なく吹きつけていただろう。今年定年退職した同僚のOさんは、昭和20年代の終わりにこの学校で校長を務めていた父親が、生徒といっしょに桜の苗を植えた話をしてくれた。

 昭和20年代から30年代にかけて、教師と生徒が協働し、営々として木を植えてきた。殺風景な丘が、やがて潤いと奥ゆきのある学びの空間へと変わることを夢見て。戦後民主主義教育のシンボルとしての新制中学校。その学校づくりに教師ばかりでなく生徒も参加した。その事実を私は、植物園さながらの校庭の中庭の木々の繁茂に読みとる。これからの授業「木になる」は、先人たちの学校づくりの歴史を再生する試みでもあるのだ。私は生徒にこう投げかけた。

 たしかに木は動け(か)ない。それがきみたちが木になりたくない最大の理由、「ぼく」に対して抱いた疑問だったね。「自由」を求めるきみたちにとってもっとも嫌いなことだ。

 動けない苦しみ、悲しみがあるだろう。しかしそのよさも考えてごらん。学校の木は、戦後すぐ中学校ができ、植えられたときからもう50年もこの一点に立ち、四季の移ろいのなかで、N中学校の生徒と先生、めまぐるしく変わる眼下の風景をじっと見てきた。きみたちのお父さんやお母さんの中学時代も見ていたんだよ。ひょっとしたら、植えられたばかりの桜の苗はきみたちのおじいさん・おばあさんを見ていたかもしれないね(全校生徒の3分の1の親のいずれかが本校の卒業生である)。また将来、自分の子どもがここの木たちに見守ってもらう人もいるだろう。すべてがめまぐるしく変わる時代、きのうのほんとがきょうはうそになる時代、きのうはAと言っていた人が、きょうはB、あしたはCと言う時代、こんな時代だからこそ、変わらぬ一点に立ちつづけて物事をじっくりと見、考え、発言することが大切ではないだろうか。

 それから数日をかけて、校庭のなかから自分が変身して語りたい木を探させた。
 

分身として選んだ木のつぶやきを聞く

 授業の日は数日ぶりに暖かさが戻った。校門に集まった35人は、グラウンドから中庭から体育館の裏から、校門に続く坂道から……学校のあちらこちらに散っていった。自分の木によりそって、50分間をその木になって木のつぶやきを書きとめてゆく。それは「木」を媒介にした、内なる自己との対話なのである。

 地面に座り込み、裸の木を見上げ、何かを熱心に書きつけているかれらを、先生たちが職員室や廊下の窓からいぶかしげに見ている。

 私はカメラを手に駆けまわる。1時間で、生徒の詩を見、ひと言コメントし、そして木によりそった一人ひとりの写真をとる。広い敷地にくまなく散った35人にこれだけのことをするのだから、汗だくになる。

 マサオは棕櫚の木に抱きついてにっこり笑った。ヒロアキは桜の木によじ登った。ジュンイチは、なんと逆さになって桜に抱きついた。ミカは体育館裏の日陰に生える小さな無花果のそばにしゃがんだ。サチコは真っ赤な花をつけた藪椿を見上げた。トモノリは枝ばかりの柿の木の幹になって、真一文字に口を結んだ。身長184センチのヒロユキが選んだのは、高さ50センチの名も知らぬ木。そばにしゃがんではにかんだ。小さなヒロミは、体育館前の桜の大木の幹に背をぴったりつけて、背伸びして立った。

 こうやってできた木のつぶやきは、写真とイラストを添えて画用紙に書いて、発表しあった。
 

カズオは木とボールに寂しさを託した

 カズオは山遊びが大好きである。夏になると、近くの山に入ってとったクワガタムシやカブトムシを、ズボンのポケットに突っ込んで学校にやってくる。先生の娘にあげると、りっぱな角を生やしたカブトムシをもらったこともある。いまは学生服のポケットにハムスターとひまわりの種を入れて登校している。知的障害があっても、山遊びと虫とりにかけては彼は近所の小学生の先生である。同級生が塾や部活動で忙しい日曜日、彼は子分どもを引きつれて森へ入る。だから森のことは彼に任せろ。S岳はカズオの遊び場なのだ。

 しかし、いったん教室へ入ると、彼は硬直した身体を椅子に座らせて50分をじっと耐えていなければならない。やがて教室に入らなくなり、廊下をうろうろしはじめた。寂しいのだ。寂しくてしようがないのだ。

 この時間もカズオは、何をすればいいのかわからず、ひとりでぶらぶらしていた。私もやることがいっぱいで、彼に十分にかかわることができなかった。やがて写真ができあがった。画用紙に写真を貼り、そこにイラストを添えて詩を書く。みんな、自分の作品づくりに黙々と取り組んでいる。ところが、彼だけが写真がない。ぼんやりしているカズオを連れて、私は外に出た。写真だけでもいい。とにかく校庭のどれかの木といっしょに写真をとってやろう。

「どの木ととろうか。きみはどこの木になりたい?」

「ぼくはバスケットコートの木になりたい」

 ふたりはバスケットコートに足を運んだ。カズオはバスケットが大好きなのだった。彼はバッグにボールをひとつ入れて学校に来る。そして朝から2、3人の仲間とバスケットに興じている。冬のこの時期は、頭から湯気を立ちのぼらせて、汗びっしょりで朝の会の始まる教室に駆け込んでくる。

 ところが、バスケットコートのそばは崖になっていて、そこからコートの上に張りだした木があるものの、そこへは危なくて近づけそうにない。

「ぼくはこの木になる」

「じゃあ、この木を入れてとってあげるからコートに立ってみなさい」

「いや。ぼく、木に登る」と、カズオは聞かない。彼は上履きのまま崩れた石垣に足をかけ、崖をするすると登っていく。私ははらはらしながら見守った。めざす木にたどりつくと、今度は幹をよじ登ろうとする。

「よし、そこでいい。動くな!」

カズオは気どってポーズを決める。

「先生。いいよ」

 しんとして作品づくりに没頭している教室に戻ると、カズオはすぐに詩を書きはじめた。いままで鉛筆を握ろうともしなかったカズオが書いた、はじめての詩がこれだ。

 木

ぼくはバスケットコートの上の木になった。
いつもみんなが楽しそうにしている。
ぼくの体に鳥がとんできた
だまっているとぼくのあたまに小鳥のすがあるじゃないか。
夜になったら昼あそんでいる虫や鳥たちがきて、ぼくの体にかぶとむしたちがとんできたじゃないか。
そしていろんな虫たちもとんできた。
ちかくの森からふくろうがとんできて、ホオホオとないているんだ。
朝になるとカラスがとんでくる。

 私は大きな声でクラスの生徒に読んでやった。よほどうれしかったのだろう。

「今度はぼくはバスケットボールになる」と言ってたてつづけに書いた。

 バスケットボール

ぼくはもうすぐバスケットボールになる。いつもみんなはぼくをつかってバスケットをたのしくあそんでくれる。そしてみんながいなくなった。ぼくのちかくにうさぎがぴょんぴょんととんできた。うさぎはたのしそうにそこらじゅうぴょんぴょんとはしりだした。そしてなにもなかったように森のなかにかえっていく。うさぎのうしろすがたをみると、じぶんもあんなふうになりたいなとおもっても、ぼくは足もない、手もない。みんながぼくをあそんでくれるからうれしいんだ。みんながいないがっこうはさびしいんだ。みんながぼくのすぐちかくであそんでいるひるまのがっこうはとてもたのしいんだ。

「愛するものに関してだけ、人はすぐれた批評家になりうるし、言葉を導き出せるし、他人にも何ものかを伝えうるだろう」(茨木のり子「詩は教えられるか」、『言の葉さやげ』〈花神社〉所収)。カズオの詩はこのことばが真実であることを証明している。愛するものを自分のうちにしっかりと持っている者はしあわせである。自分がほんとうに愛するものを探すこと、それを自分のうちに育てることが、自分探しにまっすぐつながっていくのではないだろうか。

 さて、ここで生徒の作品をいくつか紹介しよう。
 

同じ木からも生徒それぞれの詩が紡ぎだされる

◉体育館前のN中でいちばん大きな桜の木になって──10人あまりの生徒がこの木に変身した。

 空  ヒロミ

気がついたらここにいた
それから動くこともなかった
ずっと ずっと
同じ場所から
同じ空を見てきた

あきることはなかった
同じ空だけど
一日一日
表情がちがうから

通り過ぎてゆく
白いわた雲が
横目で聞いてきた
「いっしょに旅したいと思わないかい」

 桜  ジュンコ

桜の花が満開の季節になると、在校生のみんなは私を見て喜ぶ。桜の花のトンネルをくぐり抜けてきた入学する子どもたちも私を見て喜ぶ。まるで自分の希望が大きく開花したかのように。そして言うのだ。「きれい」だと。……うれしいけど……「きれい」、それだけだ。後はピンク色の夢の季節が移り変わってゆくと、もう誰も私のことなど見向きもしない。それに最近、私の根の上にある固いコンクリートの道がとても重苦しい。でも、それでいい。毎日、生徒の顔が見られるんだから。それが一番幸せだから。私はこの先、何百年もこの場所に立っていられる。変わりゆく生徒の笑顔とずっと一緒に。

 春への招待状  サエコ

こんにちは、みなさん。お元気ですか?
わたしは今日はとても気分がいいんですよ。
なぜって、もうすぐ春がやってくるからですよ。
わたしの枝の先のつぼみもこんなにふくらんで、今にもはじけそう。
流れる風もふんわり暖かくなってきた。
それに、ほら。わたしの足元を見てくださいよ!
ごつごつとした木の根の間に、
小さな芽が顔を出しているでしょう。
こんなにすてきなことが他にありますか?
さあ、みなさんも来てください。
たくさんの生命が生まれる春の季節に。
その時はわたしも淡いピンクの服を着て、
仲間たちといっしょにお待ちしていますね。
それでは その時が来るまで……。

N中の体育館前の桜の木より

◉プールのそばのフェニックスになって

 おいらの話を聞いてくれ  マサオ

今日おいらの話を聞いてくれ
せみがミンミン鳴く頃にゃ
四本足の連中が
四角い池におぼれにやってくる
なのに顔は笑ってやがる
でもあいつらはいいやつだ
おいらに水しぶきをかけてくれる
暑い日にゃ
水は気持ちいい
ありがてえ
でも この頃こねえんだ
なあ 今度あいつら見かけたら
伝えてくれ
またおぼれにこい
待ってるぜ ってな

 木の名前  ユキトシ

プールの前の木です。
何という木なのかわからない。
でもみんなはこう言う。
ヤシの木。
パイナップルの木。
どれもほんとの名前じゃない。
何ですかね。ほんとの名前って……。
あっ! そーでした。
ほんとの名前はプールの前の木でした。
でもそれでいいんですかねー?
木に名前なんて必要ないかもしれません。
木は木ですから。

選んだ木に自分の内面が映しだされる

◉運動場のテニスコートの横のポプラになって

 君といっしょに  ユウイチロウ

いっしょについてる葉はあなたと過ごした時間たち
思い出は枯れ葉になってどこかへ飛んでゆく
あなたに会えなくなってから私は独りぼっちの木
三月の新月だけがこんな私を知っている
あなたのようになれたらと憧れる
その思いが私に力をくれる
気づいてよ バカ
やっと言う気になったら
もう先の方から枯れている
やさしい人たちのさりげない同情を×と大きく枝で書いた
少し生き返ったような気がした
それでも今日はこんな私に気づかずに通り過ぎてゆく

◉森のなかの小さな木になって

 私の居場所  アキコ

どうしてここにいるのだろう
こんな冷たい風にあたり
頭の上だけ太陽の光がふりそそぐ
どうしてここにいるのだろう
いつもの場所に鳥が止まり
となりの木とおしゃべり
どうしてここにいるのかわからない
外へ出ようと思っているけど
私はこの場所が大好きだから
ここにいる

◉中庭の銀杏の木になって

 ぼくの世界  キヨコ

今日も小鳥のさえずりでぼくの一日が始まる。
今日はどんな一日になるんだろう?
ちょっと後ろを振り返ると、いろんな顔をした生徒たちが、いろんな授業を受けている。
ちょっと耳をすますと、きれいなメロディーが風と共に流れてくる。
ずっと聴きいっていると、今度は大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
また、あの子が怒られてる……。

あれからどのくらい時間がたったのだろう?
教室をのぞいても、周りを見わたしても、誰もいやしない。
みんなぼくには見えない所へ行ってしまったんだ。
人間ってのはいろんな所に行ってしまう。
でも、ぼくはずっとここで、この場所で、明日の世界を見ていくんだ。
永遠に………。

◉校門の椿になって

 あこがれ  サチコ

毎日 この坂を登ってくる生徒たち
小さいころ この場所に来た時から
それは 変わらない
私は椿としてここにいるしかないけれど
この子たちはたくさんの可能性を秘めている

きっとこんな子どもがもっとたくさんいるんだろう
そしてみんな学校を離れていくのだろう
私と同じように
大きくなっていろんなことを知るだろう

私は椿にしかなれないけれど
この子たちは いろんな道を選べる
だから 私のように一つの道しか歩けない
そんな大人にならないで
たくさんの道を歩いて
その笑顔を忘れないで

◉校門の楠になって

 心があるから  マリコ

私は生きているのかわからない
だから教えてほしいと思ってる
そうっとさわってみて胸に耳あててみて
聞こえる、それなら教えてほしい

なにか思えるのがうれしい
いいにおいだってみんながいってくれるのがうれしい
落ち葉にうずもれてくれる誰かがいるのがうれしい
せみの子がつかまって生きようとしてくれるのも
こもれ日の下で遊んで大きいなって抱きついてた子も
全部うれしい
うれしいと思うのは、生きてるのと違うかもしれない
でも私は私で心があるならそれでいい

◉棕櫚の木になって

 へんな木  ソウキチ

おまえって変な木って
飛んできたアホウドリに言われた。
たしかにおれの頭はバクハツしてるけど
たしかにおれは細いひょろひょろの足だけど
俺は俺なりに一生懸命に生きている。
天に向かってまっすぐに生きてる。
雨にも負けず風にも負けず
それが俺の生きざまだ。
笑うなら 笑え!

◉体育館の裏の小さな無花果の木になって

 小さな僕だけど  ミカ

僕は小さな小さな木
高さはたったの一メートル
太陽からも見はなされ
チョウチョや小鳥も僕をす通り……。
たまに来る中学生に腕を折られりゃ
僕はすぐにでも枯れてしまうだろう……。
それに、こんな僕に見せつけるかのように満開に咲きほこっているとなりの木。
いつも誰かと楽しそうにおしゃべりしているんだよ。
──きっと僕を鼻で笑っているんだね。──
でも今年、こんな僕にも希望が生まれたよ。
芽が出たんだっ!

◉池のそばのつきやまの木になって

 私の誕生  ヨシエ

 私はいつからここに立っているんだろう。中庭の池のすみに今こうやって立っている私……。どこからきたのかいつから立っているのか誰か教えてくれないだろうか。私は動けない。足は地面に埋まったまま。根は水を吸い上げる。風は私の枝をゆっくり、たまに強く折れそうになるほどゆらしていく。それでも私はめげずに立っているしかない。それが私の「定め」なのだろうか。
 そうだ、風に聞いてみよう。風はいろいろなところをまわり旅をしながらやってくる。そんな風なら私の誕生を知っているかもしれない。私は風に尋ねてみた。けれど風は葉をゆらし、おかしそうに笑いながら去っていった。

 でも私はあきらめなかった。みんなに聞いてみよう。私を照らす太陽に、まわりにしげる草に、飛んでいく鳥に、池の鯉に、そして私の横を通る人間たちに……。少しでも気づいてくれるように隣の梅の木みたいに花なんか咲かないくせに、枝を精いっぱい上にのばし、花に負けない緑の葉をつけるんだ。そしてこう尋ねる。「ねえ、君は私がどこから来たか、誰なのか知らない?」
 それからの私の日課はこれを聞くこと、あきらめないこと。だって世界中に一人は私の生いたちを知ってるはずだから……。

◉保健室のまえの楓の木になって

 木の心  タケシ

ぼくは保健室の前の木です。僕は昔から保健室に来る人々を見てきました。大けがしている人、病弱な人、気絶している人、心の相談に来る人、そういう人を見てきました。そうするうちに僕も病気にかかっていました。今では幹には穴が開き、砂がつもり、枝はくさり始め、葉は少なくなる一方です。根はくさり、日光が当たっても元気が出ません。でも、僕はもういいんです。今まで見てきた子供たちが元気に育ってくれるのなら、僕一人の命ぐらいなくなっても。でも、もう一度あの子供たちの笑顔が見たいなあ。

子どもはだれでも「自分の森」をもっている

 なぜこの子がこの木を選び、この詩を書いたのか。一枚一枚の作品を読み解きながら私は、子どもは一人ひとりがそれぞれの森(他人がみだりに踏み込んではならない禁忌の領域。あるいは他者にはわからない、もしかしたら自分自身すらわからない神秘の空間)を自分のなかにもっていることに気づいた。かれらが紡ぎだしたことばの背後に広がる深い森。そして私は、いまやっとその入り口に立っている。これが私が「木」の授業で発見したことだった。そうして、かれら一人ひとりがほんとうにいとおしく思えてしようがなくなったのだ。

出典:近藤真『中学生のことばの授業』太郎次郎社エディタス、2010年

近藤 真(こんどう・まこと)
1957年、山口県宇部市生まれ。長崎県北松浦郡佐々町に育つ。1981年より長崎県中学校教員。のち、長崎県の公立中学校校長。著書に、上に紹介した『中学生のことばの授業』のほか、『コンピューター綴り方教室』『大人のための恋歌の授業』、共著書に『文学作品の読み方・詩の読み方』などがある。