他人と生きるための社会学キーワード|第11回(第4期)|「対面神話」──コミュニケーションのオンライン化の普及と対面回帰の動きのなかで|坂口真康

リレー連載 他人と生きるための社会学キーワード 毎号、ひとつのキーワードから「問題を考えつづける」ための視点を伝えます。社会学者から若い人へのメッセージ

毎回、ひとつのキーワードから「問題を考えつづける」ための視点を伝えます。社会学者から若い人へのメッセージ。

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「対面神話」
コミュニケーションのオンライン化の普及と対面回帰の動きのなかで

坂口真康

 2019年末より世界中で蔓延した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により、物理的空間を共有しつつ他者と生きることの安全性が脅かされた。対面での人と人との関係性にいっそうの緊張感がともなうようになったのである。そのようななか、急速に普及したのがテレビ会議システム等を用いたコミュニケーションのオンライン化である。

 そのことにより、普段は他者に閉じられている私的空間と他者と接する公的空間との距離が、より縮まることとなった。たとえば、自身が居住している住宅(私的空間)からオンラインで学校の授業(公的空間)を受講するといったように、身体的・時間的・経済的などのなにかしらの理由で公的空間でのイベントへの参加が困難であった人びとの参加の機会を増やす契機にもなり、人と人との関係性のあり方を更新する新たなる可能性が示されたといえよう。

 しかしながら、コロナ禍であっても、オンラインのコミュニケーションという形態は社会的な対面回帰の動きを受けて完全に定着するには至らなかった。たとえば、読売新聞オンラインの2021年3月5日付の記事(「文科省、全国の大学に再び「対面授業」求める通知」)では、文部科学省が2020年より、「再三にわたり、大学に対面授業を求める通知を出している」ことが記載されている。学校教育をはじめとした社会の多くの分野で、対面回帰を目指す動きが見られたのである。

 そのようななか、2022年に開催された日本科学哲学会第55回大会のシンポジウム「コミュニケーションメディアの哲学」において、呉羽真は「対話神話を乗り越える――コミュニケーションの再設計に向けて」という発表をおこなった。そこで呉羽は、「オンラインコミュニケーションに対する対面コミュニケーションの優位性を説く言説」を「対面神話」と名指しつつ、それがコロナ禍のもとで流布したことを指摘している。「対面神話」という言葉の流布に象徴されるように、コロナ禍以降、コミュニケーションのオンライン化により他者との関係性の構築がいっそう困難になったという主張や、オンラインではなく「対面であればより理解できる」といった見解が、社会のなかで広まったといえる。

 たしかに、呉羽が上述の発表でオンラインのコミュニケーションの「不便な点」として「偶然の出会いの不在」と「体験の共有の困難さ」を挙げるように、対面と比べたさいに、それが包含しづらい要素は存在する――ほかにも、他者と出会う可能性を狭めるデジタル・デバイドなどの課題も無視できない。とはいうものの、深く考えることなく安易に「対面神話」に則ってしまうことは、人と人との関係性の幅を狭めてしまうことにつながってしまうと考えられる。

 内田良は、オンライン化により自身の名前や顔を出さない匿名性があることにより大学の授業がいっそう活気づいたことや、オンライン化が普及したからこそ対面で積極的に交流をするようになったことなどを挙げつつ、二項対立的にとらえられがちなオンラインと対面のコミュニケーションが、コロナ禍でむしろ両方同時に活発化したことを指摘している(詳しくはブックガイド①を参照されたい)。そのような指摘があるなか、オンラインも対面も両方を活かした人と人との関係性のあり方を考えるためには、理由なく思考停止的に「対面神話」に沿うことなく、コロナ禍を経験するまでは当たりまえとされていた対面の形態をとることの意義や強みをあえて吟味する必要があるといえないだろうか。

 ここでは、コミュニケーションのオンライン化が進むなかで対面による学びの意味を探究した事例を取り上げたい。兵庫教育大学の2023年度の教員研修プログラムでは、「学校教育で対面ワークショップを用いた学びの意義と留意点を考えよう」という講習が設けられた。それは、「情報化時代とされる中の学校教育において対面ワークショップを用いて学ぶことの意義と留意点について考える」ことが目的とされた講習である。この講習では、対面での学びをいっそう充実させるためにワークショップの意義や強みを論じた既存の議論が参照されつつ(詳しくはブックガイド②と③を参照されたい)、対面の場では「協働性」「即興性」「身体性」といった要素が重要であることが見出された(詳細は同講習の成果をまとめた論稿を参照されたい)。それらは、先述した呉羽が指摘するところの、「偶然の出会いの不在」と「体験の共有の困難さ」という、オンラインのコミュニケーションの「不便な点」を補いうる要素だととらえることができる。

 上記の講習では、社会学と教育心理学の観点からのワークショップに関する講義に加えて、受講者同士によるワークショップが実施された。そのさい、講習前半の「自己紹介」のワークを進めるなかで、ネットワークづくりという観点から同ワークが受講者にとって有意義な時間になっていると担当講師が判断したため、活動予定時間と内容の変更がおこなわれた(「即興性」の要素)。また、同講習の後半には、受講者同士が動物の頭骨標本を実際に見て、触りつつ(「身体性」の要素)、担当講師からの動物に関するさまざまな問いをいっしょに考え、答えるワークが展開されたが(「協働性」の要素)、そのさいにもやはり、受講者同士のやりとりをふまえて、担当講師が当初予定していた活動内容が変更された(「即興性」の要素)。

 ここで紹介したように、人と人とが対面で関係性を築くさいには、一定の時間や内容の枠組みには収めることのできない、予想だにしない出来事への対応がアドリブで求められる。さらにここで重要な点は、物理的にその場にいる人びと全員がなにかしらのかたちでその対応の一員になるという点である。それは、ビデオカメラと音声をオフにし、名前を伏せることで自らの参加を制限でき、ボタンひとつでその場から容易に離脱することができるオンラインのコミュニケーションとは異なる点である――対面でもその場を離れることはできるが、他の参加者に理由を尋ねられる可能性があることなどから、オンラインほど容易ではない。

 そうすると、対面の意義や強みを主張するさいには、「即興性」の要素、すなわち突発的かつ無作為に起こるあらゆる出来事に対して、その場にいる人びと全員の反応を考慮しつつ対応することがオンラインより容易である、ということを主張することになるだろう。それは、先に示した呉羽が指摘する「偶然の出会い」と「体験の共有」という――オンラインのコミュニケーションには欠けるとされる――要素を最大限活かすことでもあるといえる。

 他方、「対面神話」が流布するなかにあってコミュニケーションのオンライン化の利点を主張する場合は、その場からの離脱が対面よりも容易であるという点が挙げられる。コミュニケーションの遮断の容易さは一見すると、他者と生きるという営みと逆行しているように思われる。しかしながら、その場が自他に著しい不利益をもたらす場合に容易に離脱できるという点は、「共生」の観点から賢明な手段となりえる。なぜなら、限られた時間のなかで他者と完全な同意に達することが困難である場合は、その関係性が自他の安全性を危険にさらすことから身を遠ざけることが、優先される必要がでてくる場合もあるからである(詳しくは、本連載「他者と共に生き延びる」を参照されたい)。

 まとめると、オンライン化の普及のなかで「対面であればより理解できる」と主張するさいには、不測の事態に他者と共により柔軟に対応できるから、という理由づけがなされる必要があるといえる。そして、その逆を主張するのであれば、参加の容易さに加えて、自他の関係性の存続を脅かす状況からの離脱(問題状況の留保)の容易さ、という理由づけがなされることが肝要になるということができる。総じて、コミュニケーションのオンライン化がコロナ禍前よりは比べものにならないほど普及したなかにあっては、呉羽が指摘する「対面神話」の流布に安易に便乗して二項対立的に対面とオンラインをとらえるのではなく、両者の特性を見きわめつつ、状況に応じて使い分けることが求められているといえるだろう。


■ブックガイド──その先を知りたい人へ
①内田良『教育現場を「臨床」する――学校のリアルと幻想』慶應義塾大学出版会、2023年.
②茂木一司編集代表、上田信行・苅宿俊文・佐藤優香・宮田義郎編『協同と表現のワークショップ――学びのための環境デザイン〔第2版〕』東信堂、2010年.
③中野民夫『ワークショップ――新しい学びと創造の場』岩波書店、2001年.

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坂口真康(さかぐち・まさやす)
大阪大学大学院人間科学研究科准教授。筑波大学大学院3年制博士課程人間総合科学研究科ヒューマン・ケア科学専攻修了。博士(教育学)。専門分野:教育社会学、比較教育学、共生社会論、共生教育論。
主要著作:
『「共生社会」と教育』春風社、2021年
『共生の社会学』共著、太郎次郎社エディタス、2016年
『新時代のスポーツ教育学』共著、小学館集英社プロダクション、2022年
『SDGs時代にみる教育の普遍化と格差』共著、明石書店、2023年
『「途上国」から問う教育のかたち』共著、左右社、2025年

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