いっそ阿賀野でハラペーニョ!|第14回|育った苗を地に植えつける|高松英昭

第14回
育った苗を地に植えつける
効率よりも選びたいものがある
農業用ハウスで育苗したハラペーニョを畑に定植するために、肥料をまき、畝を立てなければいけなかった。肥料は化学肥料ではなく、有機肥料を使うつもりでいた。
「化学調味料論争」のように、化学肥料と有機肥料では思想や考え方、どこまで効率性を求めるかで、どちらを選ぶかは農家の判断によるもので、善悪ではないと思っている。ただ、化学肥料はシステム化されて効率的である一方、温室効果ガスや環境問題とも相関関係にあるのは間違いない。システムや効率的なものは依存性が高く、ほかの選択肢を奪う。
私にはシステムから外れて、効率のよくないほうを選択する癖がある。
大学を卒業後、カメラマンになろうと1年間アルバイトをして学費を稼ぎ、写真専門学校に通い新聞社に入社したが、退職してフリーカメラマンになった。そしていまは、地域おこし協力隊員として地方に移住して、ハラペーニョを育ててタコスソースを作ろうとしている。「ガラガラポン」をくり返すような人生で、効率が悪い生き方をしている。
結局、苦労して「やっぱり、やめておけばよかった」と後悔することが多いが、「やっておけばよかった」という後悔をしないために、「やっぱり、やめておけばよかった」と後悔する道を選んでいるのかもしれない。どちらにしても後悔が多い人生であるが、いろいろな選択肢を持ちつづけていると思っている。
有機肥料もいろいろあるが、私はぼかし肥料を作る計画で、材料費を予算に計上していた。ぼかし肥料は米ぬか、なたね油かす、かき殻石灰などを混ぜて、微生物の力で発酵させた肥料である。発酵しているので、植物が栄養分を吸収しやすく、長くおだやかに効果を発揮するらしい。そもそも、ぼかし肥料を作ったことがないので、ネット情報の見よう見まねである。
材料はホームセンターで手に入るが、米ぬかは無料で手に入れようと思っていた。新潟ではいたるところにコイン精米機があり、精米で出る米ぬかの貯蔵室を併設しているところがあって、自由に持ち帰ることができた。しかし、あてにしていたコイン精米機の米ぬか貯蔵室をのぞいてみると、からっぽですべて持ち去られていた。春先は家庭菜園に米ぬかをまく人が多く、競争も激しい。こんなことなら冬のあいだに、アリのように少しずつ集めておけばよかったと後悔した。結局、米ぬかも農業資材を販売する商店から買うことになった。
発酵肥料を手作りする
ぼかし肥料の発酵には1か月以上かかるので、まだ残雪がある3月下旬に仕込んでいた。ネットで調べておいた配合比率どおりに材料を混ぜ、最後に発酵をうながす微生物であるEM菌を投入して、水を加える。うまく発酵させるには水分量が重要で、多いと腐敗してしまい、少ないと発酵が進まないらしい。材料を握って団子状にして、指先で軽く突っついてほろりと崩れるくらいがちょうどよい水分量とのことだった。水を加えすぎると材料を買い足さないといけなくなるので、じょうろでちびちびと水を加えながら混ぜ、握って指先で軽く突っつくことをくり返した。
お好み焼きを作るとき、いい加減に水を加えてびしゃびしゃの液状になってしまい、あわてて、いい加減に粉を足して今度は粘度が高くなりすぎ、あげく水と粉を交互に足しつづけてとんでもない量になるデカ盛りスパイラルに巻き込まれたことがあったので、時間がかかっても面倒くさがらずにちびちび加えるのが早道だと経験からわかっていた。
やがて、握った塊がいい感じにほろりと崩れるようになった。あとは直射日光が当たらないように黒いビニール袋に空気を抜きながら入れて、発酵を待つだけである。定植するころにビニール袋を開封して、ぬか床と同じような匂いがすれば成功である。ネット上にはフルーティーで芳醇な香りとあるが、メキシコのメルカード(市場)で嗅いだ熟れた果物の発酵臭みたいな香りがすればよいのだろう。
ゴールデンウィークを過ぎると気温が20度を超える日が多くなり、定植作業の時期を迎えた。仕込んでおいたぼかし肥料を入れたビニール袋を開封すると、うまく発酵した匂いがしている。フルーティーで芳醇な香りかどうかわからないが、感覚的に微生物が健康的に生きている匂いがした。消費期限の過ぎている肉が食べられるかどうかを匂いで判断するのと同じような感覚で、私の本能は腐敗していないと判断した。それに、メキシコのメルカードの匂いとも少し重なっている。

役所の課内で援農要請
「ハラペーニョの定植作業を手伝ってもらうことは可能でしょうかね?」
私が所属する企画財政課企画係の地域おこし協力隊の担当者に声をかけると、「たまに外で作業したいと思っていたので、いいですね。手伝いに行きますよ」と、ドライブにでも誘われたように応じてくれた。ふだん、農林課や建設課のように屋外での仕事は多くないので、なんだか楽しみにしているようだ。
「じゃあ、晴れの日に定植作業をしたいので、天気予報をみながら予定を決めましょうか」
「それでいいですよ。ただ、業務になるので、高松さんから係長に、定植作業に手伝いが必要なことを伝えてもらってもよいですか。係長から指示あれば、私たちも手伝いに行けますから。まっ、ダメだとは言わないと思いますけど」と担当者は言ったあと、念を押すように「まずは係長を通してください。あくまでも業務として行きますから」とニヤリと微笑んだ。
4月の人事異動で、カットマン係長に代わり、新しい係長が着任していた。180センチある私の身長より、こぶしひとつ分ほど背が高く、筋骨隆々というわけではないが肩幅が広く、がっしりとした体形で、学生時代はラグビー部に所属していたということだった。それでいて、体育会系というより文化系の雰囲気が漂う人柄で、「高松さん、安心してください。今度くる係長も穏やかな人ですよ」と同僚が私に耳打ちしてくれていた。
威圧感を感じさせないが、身体能力が高く、いざというときは攻撃能力があるカンガルーみたいな係長である。
「定植作業に人手がほしいので、企画係で応援態勢を組んでもらうことは可能でしょうか」とカンガルー係長に相談すると、「企画係の事業なので、みんなの都合さえよかったら大丈夫だと思いますよ」とこころよく応じてくれた。さすが「One for all, All for one」のラガーマン精神である。
数日後、「係長から定植作業の応援をお願いされたので行けますよ」と担当者がニヤニヤしながら私に言った。

苗の植えつけは畑の祝祭
畝立てについては、地元JAから、畝を立てながらマルチ(畝の土を覆うビニール)を張るマルチャーという農業機械をレンタルすることができ、半日で終わらせることができていた。人力で作業していたら3日はかかっていただろう。いくら効率の悪いほうを選びがちな私でも、3日間連続で鍬を振るのは体力的に厳しい。マルチャーをレンタルしなかったら、腰をさすりながらめちゃくちゃ後悔したはずだ。農業機械は一度使ったら、もう手放せない。その依存性は酒やたばこよりもはるかに高いのだ。いま一番ほしいものはなんですか、と聞かれたら間違いなく、トラクターかマルチャーと答える。
定植作業の日は、企画係から担当者と同僚のふたりが役所から支給された作業着を着て応援に来てくれた。「私も忙しいですけど、高松さんの頼みだから来ましたよ」と駆けつけてくれた農業研修生を経て新規就農したMさんや、同じ地域おこし協力隊の荒木さんも作業に加わった。
苗の定植や収穫作業には祝祭的な要素が強い。豊作を願いながら苗を植え、恵みに感謝しながら収穫をする。作業という面からいえば、苗の定植は下準備のほうが大変で、定植じたいはひたすら手順に従って植えていくだけである。作業を手伝ってもらえることはもちろん助かるが、定植という祝祭を他者と共有したいという私のわがままにつきあってくれることに高揚した。
やはり祭りは大勢のほうが楽しい。企画係のふたりはていねいに苗を植え、「俺のほうが上手に植えているよ」と冗談を言いあいながら、楽しそうに作業している。しばらくして「午後から別の仕事があるので」と言って、ふたりは去って行った。

(つづく)
高松英昭(たかまつ・ひであき)
1970年生まれ。日本農業新聞を経て、2000年からフリーの写真家として活動を始める。食糧援助をテーマに内戦下のアンゴラ、インドでカースト制度に反対する不可触賤民の抗議運動、ホームレスの人々などを取材。2018年に新潟市にUターン。2023年から新潟県阿賀野市で移住者促進のための情報発信を担当する地域おこし協力隊員として活動中。
著書(写真集)に『STREET PEOPLE』(太郎次郎社エディタス)、『Documentary 写真』(共著)などがある。
![[Edit-us]](https://www.editus.jp/wp-content/uploads/2021/01/c04ff33146ebacd91127e25459d47089-1.png)

