いっそ阿賀野でハラペーニョ!|第9回|初めての事業計画づくりは予算案から|高松英昭

いっそ阿賀野でハラペーニョ! 高松英昭

フリーカメラマンが百姓に転進? 常識も前例も踏みこえて、今日も地域おこし協力隊はゆく。タコスソース売り出します。

第9回
初めての事業計画づくりは予算案から

高松英昭

民間とは違う購入システムにとまどう

 阿賀野市でハラペーニョを栽培して、唯一無二のタコスソースを作るために予算要求案をつくることになった。地域おこし協力隊員として着任するまえからタコスソースを試験的に作っていたので、必要な資材や材料などはわかっていた。ネット検索で価格を調べながら必要経費を積み上げていくのだが、Amazonで必要な資材を見つけても、そのままポチッとクリックして購入することはできないのだ。

  市役所では物品を購入する場合は掛売り(後払い)が基本で、ネット通販でクレジット購入することはできない。店舗で購入して領収書をもらい、あとで精算することも、基本的にはできない。まずは商品を受けとり、その後に請求書を送ってもらって、それぞれの課で支払命令書を作成し、会計課が支払い処理をすることになっている。そこで、ネットで必要なものを検索して出店者をチェックして、つぎにその電話番号を調べて、「掛売りができますか」と電話で問い合わせることになる。「当社では掛売りはしていないんですよ」とあっさりと断られることあるし、「えっ、ネット購入できないんですか」とあきれたような語気をにじませて断られることもあった。

  幸いだったのが、市内にある大手ホームセンターが発行する自治体専用カードが使えることだった。そのホームセンターで農業資材のほとんどを購入できるので、店頭で必要な農業資材の価格をメモして予算要求案に反映することができた。できれば、タコスソースを作るための調味料も、市内のスーパーマーケットで購入したかった。調味料はいろいろな銘柄を試してみたいから、まずは少量購入したい。なので、掛売りは面倒だった。市役所近くにあるスーパーマーケットに問い合わせると、「すいません。掛売りはしていないんですよ」とにべもなく断られた。

 別のスーパーマーケットに電話して、「いろいろ調味料を買いたいのですが、なかなか掛売りに応じてくれる店がなく、困っています。なんとかなりませんか」と、やや芝居じみた口調でお願いすると、「本部の経理に問い合わせてみますが、できるだけ対応したいと思います」と愛想のよい声で店長が応じてくれた。

 後日、タコスソース作りの企画書を持参してあいさつに行くと、「面白そうな企画ですね。当店でも地域性が出るような商品を販売したいと思っているので、タコスソースが完成したら教えてください」と興味をもってくれた。ネットで購入したり、レジで領収書をもらうだけだったら、こういう展開にはならなかっただろう。

市役所内。私は企画財政課で移住者促進のための情報発信を担当している
ハラペーニョをどこで育てる?

 予算要求案づくりと並行して、ハラペーニョを栽培する農地を確保する必要があった。農林課に相談に行くと、「〝うららの森農園〟にある畑を使ってもいいんじゃないかな」とE課長補佐が提案してくれた。がっしりとした体格のE課長補佐は、一見すると強面だが、話しかけると冗談交じりに笑顔で応じてくれる兄貴肌である。相談すればきっとなんとかしてくれると思っていた。うららの森農園は市が農業振興を目的に運営している園芸施設で、半反(500㎡)ほどの畑もあった。

「サツマイモの栽培体験に使っている畑を使ったらいいよ」

 E課長補佐は迷いなく言った。

「でも、来年度も栽培体験を実施するんじゃないですか。あそこを使えればとても助かりますが、いいんですか?」

 あまりにも気さくに応じてくれたので、私のほうが遠慮してしまう。そもそも、私は農林課ではなく、企画財政課に所属する情報発信担当の協力隊員なのだ。

「来年度もサツマイモの栽培体験を実施するなら、別な場所に移動するからいいよ」と、あらためて私に言った。

 ハラペーニョを栽培する畑をあっさりと確保することができたが、E課長補佐との口約束だけというわけにはいかない。うららの森農園にある畑を使ってもよろしいでしょうか、という伺いを書類にして、企画財政課と農林課それぞれの担当係長と課長の承認印をもらう必要があった。それから、うららの森農園で施設管理を担当する職員にあいさつに行った。

「うららの森農園の畑でハラペーニョを栽培することになると思います。農具などもお借りすることになるのでよろしくお願いします」と農園担当職員に声をかけると、「市役所からいきなり書類が回ってきたら、聞いていないよと言うつもりだったよ。現場にも事前に相談してほしいからね」と農園担当職員は冗談交じりに微笑みながら言った。現場にも事前にあいさつをしておくことの大切さは、長年のフリーカメラマンの仕事のなかでも痛感していた。

 ホームレスの人たちの炊き出しを撮影する場合は、炊き出しをしている団体の責任者の許可を得ていても、現場のリーダーや炊き出しに来ている人たちへのあいさつが必須である。「責任者の許可を得ています」と伝えても、現場では「聞いていないよ」と一蹴されることが多い。あいさつをおこたって、胸ぐらをつかまれたり、カメラを取り上げられそうになったことは何度もあった。もちろん、撮影を嫌う人もいるから、声をかけて撮影するのは最低限の礼儀でもある。どこの世界にも現場なりの理屈とプライドがある。事前にあいさつしておくだけで、いろいろなことがスムーズに運ぶことが多いのだ。

ハラペーニョ畑へと続く道。木々に囲まれて、気持ちのよい空間が広がる
タコスソースはどこで調理する?

 ほかにも、タコスソースを製造販売するためには、保健所の許可を受けている調理施設を使用する必要があった。市内にある道の駅に調理施設があるので、そこを使わせてもらいたかったが、地域おこし協力隊員が使用できるかはわからなかった。道の駅を所管するのは、市の建設課である。私が所属する企画係の同僚が、道の駅の管理運営に関するワーキンググループのメンバーだったことから、建設課に相談してくれて、その担当者と面談することになった。

「高松さんの企画書を読ませてもらいました。道の駅の駅長に説明するために、簡単な資料を作成したので確認してください」と建設課担当者はていねいに言って、私に1枚のプリントを差しだした。そこにはイラストを使って、私が道の駅を使用してタコスソースを製造販売し、将来は私の事業になるというチャート図が簡潔に記されていた。

「ありがとうございます。これでお願いします」と、私は建設課担当者に頭を下げた。

「では、先方にスケジュールを確認して、この資料で私が駅長に説明しますので、高松さんも同行してください」と、建設課担当者もていねいに頭を下げた。

 数日後、「高松さん、説明資料を変更したので、ちょっといいですか」と建設課担当者が企画係に来て、私に声をかけてきた。

「上司とも話したのですが、タコスソースを製造販売して、将来それをどうするかは高松さんが決めることなので、建設課が将来を決めつけるような資料を作成するのは適切ではないということになりまして、将来の部分は削除しました」と説明しながら、前回の資料から将来イメージを削除して、私が道の駅の調理室を使用してタコスソースを製造したいという部分だけが記された修正資料を差しだした。

 同席していた企画係の係長は資料を確認して、「ありがとうございます」と言って建設課担当者に感謝を伝えた。建設課担当者を見送ったあと、私と係長は目を合わせてキョトンとしていた。正直、どちらでもよかったのだ。ただ、ていねいに対応してくれる建設課担当者の誠実な人柄に心から感謝した。

 道の駅の駅長も好意的に受けとめてくれ、地域おこし協力隊員も調理施設を使用できることになった。これで、調理施設の使用料も予算要求案のなかに盛り込むことができる。具体的な予算案になってきたが、まだまだ、先は長かった。必要経費は歳出予算要求額で、販売もするから売上の見込みを歳入予算要求額として計上しなければならないのだ。事業計画としては当たりまえのことだが、私は一度も事業計画を立てたことがない。どんぶり勘定の出たとこ勝負で生きてきた。

 フリーカメラマンが関心あるテーマを独自に取材しても、採算が合うことはまずない。時間とお金をかけて取材して、雑誌に売り込んで1ページ5万円ほどで10ページもらえたとしても、わりに合わないだろう。現実には、10ページの大特集をフリーカメラマンの記事で展開することなど、ほぼありえない。採算を考えれば、自分でテーマを設定して取材するのは修行か苦行の域に近い。私は長年、路上で生きる人びとをテーマに取材してきたが、取材時間を人件費として計上して、必要経費を計算すれば気絶するような大赤字である。

 たが、今回は違う。農産物の六次産業化として利益を出して、生業なりわいのひとつにしなければいけないのだ。そもそも、赤字前提の事業計画など上司は認めないだろう。とはいえ、なにごとも初めての経験だから、初年度は赤字にならない程度の売上を見込む事業計画を立てることにした。

市の予算ヒアリングでプレゼンすることに!

「高松さん、ここの経費は税込みですか、税抜きですか」。私がエクセルで作成した予算要求案を確認しながら、担当者が言った。

「あれっ、税抜きになってるね。税込みじゃないとおかしいよね」。私は担当職員のパソコンの画面に顔を近づけて答えた。

「それと、この部分がいくら計算しても合わないんですよね」。担当者は電卓を使って再計算を始めた。電卓を両手で包み込むように持って、両親指で器用に数字を打ち込んでいく。

「あれっ、エクセルの計算式を間違えたかな」。私は担当者の跳ねるように動く両親指を眺めながら、言いわけがましく答えた。

 私がエクセルに落とした歳出と歳入予算要求案を担当者がチェックして、修正する日々が続いていた。

 予算要求案がどうにか完成したころ、「高松さん、係長とも相談したのですが、高松さんから課長に直接説明してもらったほうが早いと思って、企画財政課の予算ヒアリングに出てもらうことになりました」。運動会のリレーの選手に選ばれましたよ、みたいな雰囲気で担当者が言った。

 地域おこし協力隊員の人件費や活動費は特別交付税として国から支払われるが、その歳出と歳入は阿賀野市の財源となるので、タコスソース事業は阿賀野市の事業のひとつとなる。だから考え方としては、阿賀野市のほかの事業と横並びで査定されることになる。各課から上がってきた事業計画を企画財政課がヒアリングし、事業の妥当性を検討して、その後、市長査定を経て、議会で予算案を承認してもらわなければ、事業をおこなうことはできないのだ。

 担当者とともに予算ヒアリングの会場になっている会議室に向かうと、企画財政課のN課長とH課長補佐が座っていた。横の席には係長もいる。私たちは課長と課長補佐の前に着席した。

「それでは、予算ヒアリングを始めます。説明をお願いします」。係長が穏やかに言って、私のほうに視線を向けて説明をうながした。

肥料など農業資材置き場として使っている農業用ハウス
地域おこし協力隊用にと、スペースを空けてくれた

(つづく)

 

高松英昭(たかまつ・ひであき)
1970年生まれ。日本農業新聞を経て、2000年からフリーの写真家として活動を始める。食糧援助をテーマに内戦下のアンゴラ、インドでカースト制度に反対する不可触賤民の抗議運動、ホームレスの人々などを取材。2018年に新潟市にUターン。2023年から新潟県阿賀野市で移住者促進のための情報発信を担当する地域おこし協力隊員として活動中。
著書(写真集)に『STREET PEOPLE』(太郎次郎社エディタス)、『Documentary 写真』(共著)などがある。