拾いもの探偵の取材帳|第5回|アヒル口のティーポット|谷本雄治

※一部、刺激の強い写真は小さくしてあります。写真をクリックすると拡大されるので、好奇心旺盛な方はどうぞごらんください
第5回
アヒル口のティーポット
千葉・鴨川散策の途中で
谷崎潤一郎は『陰翳礼讃』で、蛾のはねを使う中国のトイレの話を紹介した。
厠といえばもっと雰囲気が伝わるのだが、それはさておき、興味深いのはそのつくりだ。いわく、大量に集めた蛾のはねで落下物をふんわりと受けとめる。なんとも優雅であり、ロマンさえ感じる。
さっそく、蛾の採集仲間に話した。
「それ、ええやん」
「ほうやな。そんなん、すぐに集まるで」
知らない人が聞くと首をかしげるかもしれないが、それほど驚くことでもない。曇って月が見えず風のない夜に明かりをともせば、ひと晩で数百匹集めるのは難しくない。
問題は、はねをむしりとる作業だ。手間がかかる。だからといってそのままだと、タンパク質たっぷりの胸や腹の腐ったにおいが立ちのぼりそうである。スズメガのように、太いからだを持つ蛾はなおさらだ。
「うーん。たしかになあ……」
その時点で、計画は頓挫した。
野山を歩けば、虫の死骸に出くわす。コガネムシとかスズメバチが多いが、蛾を見ることもある。そのはねを地道に集める手もありそうだ。
「蛾のはね、蛾のはね……」
ある秋。ぶつぶつ唱えながら、千葉県南部・鴨川あたりを散策した。蛾のはねはともかく、どんぐりのひとつやふたつ見つけるのは造作ない。
マテバシイのどんぐりがすぐに拾えた。クヌギもアラカシも見つかった。だが、食べるならスダジイがいい。渋み成分がほとんどないため、古代に思いをはせながら、「縄文クッキー」を焼いたこともある。ゆえに、足元への目配りは欠かせない。
――れれれ?
チョコレート菓子のようなものが数個、かたまって落ちていた。
仙台に住んだ時期があり、そのころはシカやウサギのふんをよく見た。それらに似ている。
土地柄を考えるとおそらく、外来種・キョンのふんだろう。観光施設から逃げたものが野生化して増え、農作物への被害が広がっていると聞く。
表面は、つるんとしていた。つやもあった。湯気こそ立っていないが、排泄したばかりの新鮮なものにちがいない。
と――。
近くのやぶで、カサッと音がした。
シカを小柄にしたようなキョンがいて、こちらをじっと見ている。はからずも答えあわせができ、うれしいような、推理する楽しみを奪われたような複雑な気持ちになった。
そのあとすぐ、あらたな問題が起きた。それこそ、拾いもの探偵が本領を発揮すべきものだった。
――これもキョンの落としもの?
そう疑いたくなる、黒くて丸い謎の物体が目の前に現れたのだ。
キョンのふんよりひとまわりは大きく、直径1センチはある。地面に半ば、埋まっていた。
やわらかそうなキョンのふんと異なり、かたそうだ。つやつやした部分とつや消し部分があり、ほんらいの姿がはっきりしない。
木の枝を箸がわりにして、つまんだ。そして、いつも持ち歩く七つ道具のひとつである樹脂製の容器におさめた。コロンと、小さな音がした。
「もどきもどき」は何かの木のタネ?
手がかりが得られたのは、それから2年後の木枯らしが吹く季節だった。いつものように近所の公園を歩いていると、かりに「キョンのふんもどき」とよぶことにしていたあの物体にそっくりのものに出くわした。
しかも、いっきに3個だ。
くすんだ感じの玉がひとつ。あとふたつは、つやがある。容器に入れっぱなしの「もどき」にそっくりだから、「もどきもどき」とでも言いたくなる。街にある公園なので、動物のものではなく、樹木のタネではないかと思えてきた。
とはいえ、こんなにも大きなタネをもたらす木が身近にあるのか。
――いや、待てよ。
なんともふいに、たまたま立ち寄った冬の北海道の温室で見た「ピンポンの木」を思い出した。おかしな名前だが、ピンポン玉とは関係がない。中国名の「蘋婆」に由来するピンポンノキだ。
タネは丸く、赤い〝さや〟に抱かれていた。ピンポンノキのタネは、公園で拾った玉の倍くらいあった。だがそんなことより、さやにおさまっていたことが重要だ。ふくらみのあるさやを持つ木が、謎の玉の親の木にちがいない。
わが推理を信じて、念入りに周囲を見まわした。
だが、これだと思える木は見つからない。1歩進んで2歩下がる感じだった。
それでも、現場が近所なのは幸いだ。数日後、そこにまた出かけた。
拾いものを家でまじまじと見ると、表面に産毛があった。何かに入っていた痕跡とみてよさそうだ。ピンポンノキのヒントは正しかった。さやもなく、むきだしのまま木にぶら下がっていたら、気味が悪い。
本気になって探した。それなのに、それらしいタネも木も見つからない。
もしかしたらとてもめずらしいもので、見つかったこと自体が奇跡だったのか。だとしたら、もっと下調べをしなければならない。
灯台もと暗し
「えーっ。どうなっているんだ?!」
すっとんきょうな声を上げた。心のなかで。
おそらくは樹木のタネだろうと目星をつけたものの真相にたどり着けず、さっさと断念した1年後のことだ。夏のおわりに訪ねた近所の別の公園で、謎が氷解したのである。
人気のない、公園の端っこだった。なんの考えもなく見上げた空の手前で、いくつもの玉が風とたわむれていた。望遠側でカメラのファインダーをのぞくと、なんとも美しい黄金の実が目に飛びこんできた。
ほしくなった。でも、とても届かない。しかたなく、地面に目を移した。ひとつぐらい、転がっているかもしれない。
と、あったのだ。
空に浮かぶ黄金のタマタマと、答え探しを断念したはずの謎の黒い玉がばらばらっと、いくつもそこに散らばっていた。
疑いようがない。木の名札には、「ムクロジ」とある。あの4個の拾い玉は、もともとは果皮におさまっていたムクロジのタネだったのだ。つやの有無は、時間の経過がもたらしたものだろう。
――どうしてくれるのだ、ピンポンノキよ!
悪態のひとつもつきたくなったが、かってに勘違いしたぼくが悪い。ピンポンノキに罪はないのだ。
ムクロジの名の由来には諸説あるが、漢字の「無患子」から想像できる縁起説がわかりやすい。さまざまな患いをとりのぞく木と考え、寺社にあれば祈りをささげ、拾ったタネは数珠やお守りにして身につけた。とくに子どもの無病息災を祈ることが多かった。
硬度を生かし、タネは羽根つきの玉にもした。邪気をはねのける羽子板遊びにムクロジが使われたことで、その厄よけ効果はさらに高まったことだろう。
「果皮」とかんたんに記すが、半透明であめ色をしたムクロジの果皮もまた、タダモノではない。ろう質で、サポニンを多くふくむことから洗剤がわりになるという。それならとじっさいに布を洗ってみたら、汚れが落ちた。
アヒル口の謎
「これ、かわいいね。アヒルのくちみたい。ティーポットのふたにも見えるし……」
大木の下にはたくさん落ちていると知って家族で拾っている最中に、だれかが言った。果皮の頭にある突起部分が気に入ったようである。
とはいえ、実のすべてにアヒル口のふたがあるわけでもない。同じ一本の木になる実なら、どれもほぼ同じなのがふつうだろう。差が生まれるとしたら、実の生育過程に理由があるように思えた。
それが確かめたくて拾い集めると、解決の糸口になりそうな三つ子の実が見つかった。玉が3個、離れずについている。これこそ、ムクロジの実のほんらいの姿ではないのか。
何ごともなければ実は3個ワンセットになって育ち、時至ればそのままで地上に落ちる。しかし、なんらかの事情で生育がとまると正常な実になれないものが出てきて、しぼんでしまう。それでもほんらいは三つ子だったことを証明したくて、ガンコにへばりついて行動をともにする実があるのではないか。
「……ということで、うまく育たなかった実の名残がふたのようになったんじゃないかと思うんだ」
「ふーん、そうなの」
思いつきの推理だから無理もないのだが、突起のないつるんとした頭の実があれば、2個くっついた実もある。それはそれぞれ、2個または1個がうまく育たず、途中でしぼんでしまった実なのだろう。
合点がいかないのは、最初の公園に転がっていた3個はなぜそこにあったのかということだ。それでまたまた、現場を訪ねた。
そして、見つけた。巨大なムクロジの木がちゃんと、デンと構えていた。だが奇妙なことに、実はひとつも見えない。
にわか調べではあるが、ムクロジの実がいっせいに落下することはない。秋から翌春にかけて、だらだらと地上に向かう。
それなのに、その原則に従わない木があるのか。それとも、大木ゆえ大量の栄養が必要なのに、確保できなかったのか。あるいは何かのストレスのせいなのだろうか……。
謎が謎を呼ぶようだが、解きたい謎はほかにも山ほどある。だからあわてない。時間をかけて答えを見つけていいのが、拾いもの探偵に与えられた特権でもあるのだ。
谷本雄治(たにもと・ゆうじ)
プチ生物研究家・作家。1953年、名古屋市生まれ。田畑や雑木林の周辺に出没し、虫をはじめとする、てのひらサイズの身近な生きものとの対話を試みている。肩書きの「プチ」は、対象の大きさと、研究もどきをたしなむという意味から。家庭菜園ではミニトマト、ナスなどに加えて「悪魔の爪」ツノゴマの栽培に挑戦し、趣味的な“養蚕ごっこ”も楽しむ。著書に、『雑草を攻略するための13の方法 悩み多きプチ菜園家の日々』(山と溪谷社)、『地味にスゴい! 農業をささえる生きもの図鑑』(小峰書店)、『きらわれ虫の真実 なぜ、ヤツらはやってくるのか』(太郎次郎社エディタス)など多数。自由研究っぽい飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。
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