拾いもの探偵の取材帳|第3回|たくらみの紡錘コルク|谷本雄治

※一部、刺激の強い写真は小さくしてあります。写真をクリックすると拡大されるので、好奇心旺盛な方はどうぞごらんください
第3回
たくらみの紡錘コルク
半世紀前の石垣島で
踏んづけたもの
「沖縄の蛾を調べようや」
「おお!」
大学の生物クラブの仲間とはじめて石垣島に向かったのは、半世紀ほど前のことだった。
ふるさと名古屋から大阪まで、急行電車で約4時間。大阪港から33時間の船旅で那覇に渡り、さらに16時間かけてようやく石垣島の港にたどり着いた。
弥生3月、春のはじめ。出発時には多くの人がコートを着ていたというのに、島では色とりどりの蝶が舞い、コオロギが鳴いていた。
目の前は、青く透きとおった海。背後に、ジャングルのような亜熱帯の森が迫る。約1か月の予定で西表島や与那国島にも渡り、ガソリンスタンドの敷地や幼稚園のグラウンドを借りてテントを張った。島の人たちはとても親切で、公民館や学校の宿直室まで貸してくれた。悪天候で出航できない船には、貸しきり状態で2泊させてもらった。いまも感謝の気持ちしかない。
背中には生活・採集道具一式がおさまるリュック。自分の足だけを頼りに、島内を歩いた。
「〇〇チョウだ!」
「何言っとる。××チョウやろ」
「ほいたら、すぐに追いかけんと!」
出身地ごとの方言が入りまじる。
大昔のリンボクを思わせる巨大なヒカゲヘゴやクワズイモの超特大の葉に驚き、カンムリワシやオオゴマダラ、カバマダラといった鳥や蝶が飛んでいないかと、あたりを見回した。
小豆のようなタネがあった。赤と黒のツートンカラーで、かなり目立つ。気にもなる。
「なんや知らんが、きれいやなあ」
「ほうやな。食えるんか?」
「やめとけ。毒があったらマズいだろ」
「ふーん。まずいのか」
トウアズキという猛毒つる性植物だと知る由もなく、とんちんかんな会話をくり返した。だが、そのいいかげんさのおかげで命拾いし、いまもピンピンしていられる。
ごはんだけ注文し、ラーメンの残りスープをおかずにするビンボー学生の集まりだ。日ごろから野山を歩き、食べられる木の実に出くわせば片っ端から口に放りこむ。だからなまじっか探究心をかき立て、トウアズキの恐ろしさを知らずにかじったら……苦労せずとも閻魔大王に謁見できたことだろう。タネにふくまれる毒素「アブリン」には、青酸カリをも上回る毒性があるという。
そんな物騒なタネはともかく、紡錘形のコルクのようなものもあちこちに落ちていた。
反射的に、靴で踏んづける。
へこむでなく、つぶれるわけでもない。靴底にくぼみができたような感覚だけが脳に届いた。
「木の実のようだけど、ようわからんわ」
「そこらじゅうに落ちとるで」
「ほうやな。うーん……でもまあ、そのうち……」
いつものように、すぐさま別の話になった。
沖縄本島での再会
あやしげで謎に包まれた紡錘コルクは、時を経た真冬の沖縄本島でも目にした。
というより、道路の隅にあたりまえのように転がっている。拾いもの探偵としては、さすがに無視できない。麻袋の切れ端で何かをくるんだようにも見えるのに、その何かがわからない。それだけに気になる。
――証拠物件として押収するしかないか。
その日の宿はまだ先だ。
夕闇迫る北部地域に入ると、道の駅があった。トイレを借りるため、駐車場に車を停めた。と、そこにもまた紡錘コルクが散乱していた。コルク質むき出しの一歩手前とおぼしきものもはじめて、いくつか目にした。
「これはもしかして……」
つやのある紡錘形で、黄だったり、こげ茶だったりした。周辺にあるのは見慣れた紡錘コルクだから、同類とみてまちがいなさそうだ。何かの実のなれの果てではないかというおぼろげな予想は、確信に変わった。
――ふむふむ。共通点はなんだ?
拾いもの探偵、推理の見せどころである。
木があった。青い実が数個、しがみついている。しかも、紡錘形をしている。
――よっしゃ。動かぬ証拠、押さえたぞ!
木にぶら下がる場面を押さえたのだから、名が明らかになるのは時間の問題だ。
写真を撮った。そして鋭い捜査の目は、所どころにある丸いボタンのような物体も見逃さなかった。
質感は、紡錘コルクに酷似する。だが、形と大きさが違いすぎる。新たな推理が求められるが、いかんせん、より重要なホテルの夕食時間が迫っていた。
――暗くなったことだし、あとはこんどだな。
検分ずみであるかのような言い訳を残し、駐車場をあとにした。
先を急ぐ。途切れ途切れに視界をかすめる葉の厚い街路樹は、フクギだろうか。だとしたら、風よけ目的でびっしり植えていた村があったなあ、福を呼ぶ縁起のいい木だとも教わったよなあ……。そんなことを思い出しながら走ると、フロントガラスの前を横切る黒い影があった。
オオコウモリだ。
その旅で見たかった動物のひとつである。よほどの運に恵まれないとかなわないと思っていただけに、偶然の出会いに感謝した。
漢字で「蝙蝠」と書くコウモリもまた、福を呼ぶとされる。フクギとオオコウモリを見るとは、拾いもの探偵の運は上向いてきたようである。
オオコウモリがくれた福
「オオコウモリ? ええ。ここにもよく飛んできますよ」
チェックインのときになにげなく尋ねると、ホテルマンに言われた。
「ほんとうですか」
「モモタマナの木の実を食べにくるんです」
「ん?」
授かったばかりの運を使うときだ。
「どんな木ですか」
「あれですけど……見えませんか」
な、なんと。駐車場で見た木と同じではないか! オオコウモリ、モモタマナというふたつの固有名詞を得て、鈍い脳天にもビビッときた。
コルク質の紡錘形の物体は繊維質がむきだしになったモモタマナの実で、果皮をはがした主犯はオオコウモリだろう。それなら、丸いボタン様のしろものは、オオコウモリが吐きだす「ペリット」、つまり食べかすということになる。
国内に生息する40種近いコウモリの大半は小型種で、蚊や蛾などを食べる。それで古くは、「蚊食い鳥」ともよばれた。残念なことに近年は、絶滅が心配な種もふえている。
オオコウモリは大きくふたつの点で、それらの小型コウモリと区別される。
「フルーツバット」の異名が示すように、オオコウモリの食料は果物や花粉、花の蜜などだ。小型種は超音波を駆使するが、オオコウモリは超音波に頼らず、すぐれた視覚と嗅覚を生かしてえさを探し、まわりを見る。
沖縄本島にはオリイオオコウモリ、石垣島や西表島などにはヤエヤマオオコウモリがいて、モモタマナの実だけでなく、アコウやガジュマル、クワの実なども食べるという。
すっきりした。大きな謎が、半世紀を経てついに氷解した気分である。
とはいえ、伝聞でしかない。自分の目で確かめないかぎり、断言はできない。拾いもの探偵のコケンにもかかわる。
夕食後。腹ごなしを兼ねて、夜の散歩に出た。モモタマナの木の下には、おなじみの紡錘コルクやかじりかけの実、ペリットが散乱していた。
キーッ――。
甲高い声がした。
いた。逆さにぶら下がり、食餌の真っ最中だ。
あの硬い実を平気でかじるなんてどれほど鋭い歯かと思いたくなるが、じっさいにはそうでもない。かみ砕く歯ではなく、果肉を効率よく擦りつぶすことに特化した歯だそうだ。黄熟した実の果皮下にある薄い果肉をこそぎとり、汁を吸う。そして用ずみになった食べかすを唾液で固め、ペリットにして吐きだす。
その一連の行動をこの目で見たのだ。紡錘コルクの製造者がオオコウモリであることはもはや、ゆるぎようがない。
それにしてもモモタマナは、食われっぱなしの泣き寝入りなのか。果肉の層は薄いから、たいした損失ではないと考えるのか。
ペリットが落ちているあたりに、なにげなく目をやった。枯れ葉にまぎれて、双葉を広げたばかりの若い苗が見えた。
合点がいった。
鳥の体内を通ることで、実やタネの表面を覆う発芽抑制物質がとりのぞかれることがある。モモタマナもその作戦で、ほんのわずかの果肉を提供する見返りとして、芽を出しやすくしてもらっているのだろう。いわばビンボ―学生に、スープぐらい恵んでやるよといったところか。
うまくすれば、いくつかの実をよそに運んでもくれる。そうなれば、新天地に根を下ろすことも可能だ。
その深謀遠慮、なかなかである。
帰宅後。金づちを振るってコルク質の実のなかに隠れるタネ(仁)をとり出し、食べてみた。アーモンドみたいな味がした。大量に集めて料理に使うという話にも納得だ。
葉も、ムダにはならない。観賞魚の飼育マニアはモモタマナの枯れ葉を「マジックリーフ」とよんで、水槽の水質管理にもちいる。
オオコウモリをうまく利用するのがモモタマナなら、その上前をはねるのがヒトだ。なんともはや、抜け目がない哺乳類であることよなあ。
谷本雄治(たにもと・ゆうじ)
プチ生物研究家・作家。1953年、名古屋市生まれ。田畑や雑木林の周辺に出没し、虫をはじめとする、てのひらサイズの身近な生きものとの対話を試みている。肩書きの「プチ」は、対象の大きさと、研究もどきをたしなむという意味から。家庭菜園ではミニトマト、ナスなどに加えて「悪魔の爪」ツノゴマの栽培に挑戦し、趣味的な“養蚕ごっこ”も楽しむ。著書に、『雑草を攻略するための13の方法 悩み多きプチ菜園家の日々』(山と溪谷社)、『地味にスゴい! 農業をささえる生きもの図鑑』(小峰書店)、『きらわれ虫の真実 なぜ、ヤツらはやってくるのか』(太郎次郎社エディタス)など多数。自由研究っぽい飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。
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