すばらしきニッポン政界語│第2回│日常語の特殊用法/答弁回避形│イアン・アーシー

今日も国会では、政治家たちの摩訶不思議なことばが飛び交う。
「政界語」研究の第一人者(自称)を講師役に、話題の悶絶教材を味わいつくす。

今日も国会では、政治家たちの摩訶不思議なことばが飛び交う。
「政界語」研究の第一人者(自称)を講師役に、話題の悶絶教材を味わいつくす。


第2回講座
日常語の特殊用法/答弁回避形


日常語の特殊用法

 ごくふつうの日常的な言葉でも、特定の世界では特別な意味を帯びます。政界語でも、日常会話に出てきそうな日本語はたびたび登場します。

 ただ、うっかりしてはいられません。身近な日本語だからといって、身近な用法で使われているとはかぎらないのです。ごくふつうの言葉でありながら、政界では使い方が微妙にずれているものがあります。

 本講座の前半では、そんな日常語の特殊用法を学習してみましょう。とりあげる日常語は「受け止める」です。


▶︎「受け止める」の特殊用法 例文1

[提供者]
安倍晋三総理(教材提供者の肩書きは発言当時のもの。以下同)

[文脈]
国の基幹統計である「毎月勤労統計」について、厚生労働省が不正な調査をずっとおこなっていたことが発覚したことを受けて。

[文例]
今回、毎月勤労統計で長年にわたって誤った処理が続けられ、それを見抜けなかったことや、他の統計においても手順の誤り等の問題が多数認められたことについて、重く受け止めております。いただいた御意見を真摯に受け止めて、今回のような事態が二度と生じないよう徹底して検証を行い、信頼を取り戻していく所存であります。(2019年6月10日、参議院にて)

[鑑賞]
重く受け止めたり、真摯に受け止めたりした結果、同じような事態が二度と生じなかったかというと、そうでもありません。こんどは国交省が基幹統計をずっと書きかえていたことが判明したのです。
これが政界語における「受け止める」の特殊用法ですね。重く受け止めたり真摯に受け止めたりして、それで終わり。そう言ってみせることによって国民に淡い期待をいだかせるだけで、何かがじっさいに変わるわけではありません。いままでのやり方や既定路線でそのまま突っ走るのみ。


 この2度目の統計不正についてもまたもや検証がおこなわれることになるわけですが、その結果を受けて、時の岸田文雄総理は何と言ったと思いますか。

 そうです。

[文例]
検証結果を真摯に受け止め、国民の皆さんにお詫び申し上げます。(2022年1月17日、施政方針演説にて)


▶︎「受け止める」の特殊用法 例文2

[提供者]
菅義偉総理

[文脈]
2021年7月、東京都議会議員選挙の結果を受けて。

[文例]
まず、自公で都民の皆さんにお約束して戦った、自公で過半数、このことを実現できなかったことは、謙虚に受け止めさせていただきたい、このように思います。(2021年7月5日、記者会見にて)

[鑑賞]
「いいよ。謙虚に受け止めさせてあげるね」と答えたくなりますね。(私はいつもこのようにテレビの画面に向かって政治家のお話に相槌を打っています。みなさんはどうですか?)
選挙で期待したほどの議席数がとれなかったから、いちおう反省のポーズをとってみせています。選挙の結果を謙虚に受け止める。だからと言って、何か具体的なアクションを起こすわけでもありません。まあ、某超大国の前大統領みたいに「選挙を盗まれた!」と癇癪かんしゃくを起こすよりはずっとマシだけど。


▶︎「受け止める」の特殊用法 例文3

[提供者]
岸田文雄総理

[文脈]
安倍政権を揺るがした公文書改竄かいざん事件。改竄を強いられたことを苦に自殺した近畿財務局職員赤木俊夫さんの妻、雅子さんが再調査を求める手紙を岸田首相に送りました。その手紙を読んだかと聞かれて。

[文例]
御指摘の手紙は拝読いたしました。その内容につきましては、しっかりと受け止めさせていただきたいと思います。(2021年10月11日、衆議院にて)

[鑑賞]
しっかりと受け止めたがっていたわりには、いまだに(本講座の時点で)再調査に応じていません。それどころか、国は雅子さんに起こされた訴訟で突然敗訴を認め、裁判を事実上強制終了させました。負けるが勝ちと言わんばかりに。真相究明からうまく逃げたわけです。
「しっかりと受け止める」とは、そのていどの意味です。


答弁回避形

 日常語の特殊用法に続いて学習するのは、政界語の勉強で避けて通れない「答弁回避形」です。

 政治家のみなさんは四六時中、質問責めにあっています。国会ではたえず野党から意地悪な質問を浴びせられているし、議場を出たとたん、陰険な記者たちの群れが、あら探しをしようと手ぐすねを引いて待っています。質問に体よく対応する技術が求められるわけですが、いちばん無難な対応法は、答えること自体をうまく避けること。答弁回避形の出番です。

 答弁回避形の基本形はつぎのとおりです。


 ○○について/なので/だから、お答え/コメントを(差し)控える


「○○について/なので/だから」のところには答えられない適当な言い訳が入ります。適当な言い訳の用例を2、3、挙げてみましょう。


▶︎適当な言い訳例1

[答弁回避者]
菅直人内閣の松本龍環境大臣

[時期と状況]
2010年11月5日、衆議院環境委員会にて。

[された質問の趣旨]
けさのビッグニュース(尖閣沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突する模様を記録したビデオがユーチューブに流出した件)について閣僚としてどう思うか。

[言い訳+答弁回避形]
私、きょうの質問でずっと朝7時から勉強しておりましたので、そういう事実関係すら知りませんので、コメントは差し控えたいというふうに思います。

[鑑賞]
ちょっと逆説的な言い訳。国会での質問に答えるための勉強に夢中だったんで、そのニュースを知らない、だからご質問に答えられない。


▶︎適当な言い訳例2

[答弁回避者]
岸田内閣の松野博一官房長官

[時期と状況]
2021年11月4日、記者会見にて。

[された質問の趣旨]
某国際NGOが気候変動対策に後ろ向きな国に贈る「化石賞」に日本を選出したが、政府の受け止めは?

[言い訳+答弁回避形]
ご指摘の点は承知をしていますが、民間団体の活動の一つ一つにつき政府としてコメントすることは差し控えさせていただきたいと思います。

[鑑賞]
たかが一民間団体の活動だからコメントに値しない、というニュアンス。この話を相手にしたくない気持ちはわからないでもありません。なにしろ、つぎのように応じるわけにはいかないでしょう。
「閣議で議論した結果、政府として受賞を辞退することにいたしました。その旨、外交ルートを通じて該当の団体にすでに連絡してあります」
とか、
「政府を代表して授賞式に出席するため、小泉進次郎前環境大臣を現地に派遣することがさきほどの閣議で決まりました」
とか。
しかし、コメントを差し控えると言ったかと思えば、松野官房長官はそのつぎの瞬間、日本の脱炭素社会に向けた強い姿勢を一所懸命アピールしたのです。こんなはずかしい賞を政府として受賞して、ちょっと傷ついちゃったのかな。


▶︎適当な言い訳例3

[答弁回避者]
岸田内閣の国交副大臣に就任したばかりの豊田俊郎参議院議員

[時期と状況]
2022年8月13日、記者に追われて。

[された質問の趣旨]
(旧統一教会との関係について)一点だけ質問をよろしいか。

[言い訳]
緊張してますから。

[鑑賞]
正直でいいですね。言い訳のみで、「お答えを差し控える」という部分は省略されていますが、文脈から補いましょう。


 言い訳もふくめて答弁回避形そのものを丸ごと省くという離れ業もありますが、最上級者限定です。


[参考文例]

記者①:日露関係についてうかがいます。先日、ラヴロフ外務大臣が日露平和条約の締結について(ホニャララホニャララ)というような発言をされていますけれども,この発言に対する大臣の受け止めをお願いします。

河野太郎外務大臣:つぎの質問どうぞ。

記者②:いまのに関連してうかがいます。〈中略〉(ロシア側から)いろいろな原則的立場の表明があります。これに対して反論を公の場でするおつもりもないということでよろしいんでしょうか。

河野太郎外務大臣:つぎの質問どうぞ。

記者③:ひき続き、関連の質問なんですけれども、(ホニャララホニャララ)と思うんですが、その点に関してはどうお考えでしょうか。

河野太郎外務大臣:つぎの質問どうぞ。

記者④:大臣、なんで質問に「つぎの質問どうぞ」と言うんですか。

河野太郎外務大臣:つぎの質問どうぞ。(2018年12月11日、記者会見にて)


[鑑賞]
答弁回避形を超越した、まさかの完全無視形ですね。


 みなさま、今回のレッスン内容も、しっかりと受け止めていただけましたでしょうか。


・・・・・・・・・・

この連載が本になりました(2024年1月19日発売、定価●各1600円+税)

 本連載のオリジナル版が、『ニッポン政界語読本[単語編]——ぼかし言葉から理念の骨抜き法まで』『ニッポン政界語読本[会話編]——無責任三人称から永遠の未来形まで』として2冊の本になりました(ともに、イアン・アーシー=著、ひらのんさ=イラスト)。異言語の学習や総選挙の予習に、ぜひ、お求めください。

 

イアン・アーシー
カナダ人のフリー翻訳家、ことばオタク。1962年生まれ。1984年から3年間、日本の中学校で英会話講師を務めるとともに、日本語を独学で習得。現在、日本在住。翻訳のかたわら、古文書解読などの研究にいそしむ。漢字に目がなく、永遠の日本語学習者を自覚。古代ギリシア語オタクでもある。趣味は史跡巡り、筋トレ、スキンヘッドの手入れ。著書に、『怪しい日本語研究室』(新潮文庫)、『政・官・財(おえらがた)の日本語塾』『マスコミ無責任文法』(ともに中央公論新社)がある。本書は20年ぶりの著書となる。