すばらしきニッポン政界語│第3回│甘い未来形/永遠の未来形│イアン・アーシー

今日も国会では、政治家たちの摩訶不思議なことばが飛び交う。
「政界語」研究の第一人者(自称)を講師役に、話題の悶絶教材を味わいつくす。

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第3回講座
甘い未来形/永遠の未来形


甘い未来形

 プロポーズの言葉の定番として、こんなものがあるそうです。

 ぜったい幸せにするよ。
 あなたのことはぼくが一生守ります。
 一生大切にします。
 これからもずっと愛しつづけます。

 以上はいずれも相手に対する約束で、文法的には未来形と考えていいでしょう。かなり甘~い未来形ですが。「結婚してくれれば、ぜったいにこうします!」という必死の自己アピールです。

 悲しいことに、こういうすてきなプロポーズに落ちて結婚がめでたく成立しても、美しい約束が絵に描いた餅に終わってしまうケースは少なくないかもしれません。

 政界語にも同じような甘い未来形があって、しかも絵に描いた餅に終わってしまうのがむしろふつうです。とくに選挙のさいに登場して、有権者を口説きおとすため集中的に使われる傾向があります。

 そんな甘い未来形の古典の名作とでもいうべきものはこれでしょう。

[文例]
・税金のムダづかいと天下りを根絶します。
・議員の世襲と企業団体献金は禁止し、衆院定数を80削減します。
・中学卒業まで、1人当たり年31万2000円の「子ども手当」を支給します。
・出産時に55万円の一時金を支給します。
・年金制度を一元化し、月額7万円の最低保障年金を実現します。
・後期高齢者医療制度は廃止し、医師の数を1・5倍にします。
・中央政府の役割は外交・安全保障などに特化し、地方でできることは地方に移譲します。
・ガソリン税、軽油引取税、自動車重量税、自動車取得税の暫定税率を廃止し、2・5兆円の減税を実施します。
・高速道路は段階的に無料化し、物流コスト・物価を引き下げ、地域と経済を活性化します。
・中小企業の法人税率を11%に引き下げます。
(「民主党の政権政策Manifesto2009」より、2009年7月27日発表)

[解説]
 これは2009年7月、鳩山由紀夫さん率いる民主党が総選挙を控えて発表した「マニフェスト」、つまり選挙公約をまとめた政権政策集の一部を抜粋したものです。多くの有権者がこの夢のような話に心を奪われた結果、民主党は選挙で圧勝、自民党を権力の座から引きずりおろして、晴れて日本国民を代表する政府となりました。
 このバラ色の公約のオンパレードの行く末は、みなさんご存じですよね。先のプロポーズの言葉で考えると、「ぜったい幸せにする」と誓っておきながら、ふつうに不幸にするようなものでした。
 甘い未来形は、そんな頼りない文法なのです。

 選挙公約の甘い未来形と政権運営の苦い現実とのあまりにも大きなギャップに幻滅し、日本国民はやがて民主党政権に愛想をつかして、2012年の総選挙で自民党とよりをもどしました。こんどは自民党の甘い未来形に引っかかったのです。

[文例]
・日本を、取り戻す。
・名目3%以上の経済成長を達成します。
・大学教育の見直しや、質・量ともに世界トップレベルとなるよう大学強化などを行います。
・議員定数の削減など国民の求める改革を必ず断行します。そして、真の政治主導による信頼される政治を実行します。
・社会のあらゆる分野で2020年までに指導的地位に女性が占める割合を30%以上とする目標(〝2020年30%〟〈にいまる・さんまる〉)を確実に達成し、女性力の発揮による社会経済の発展を加速させます。
・「天下り」を根絶します。
(「重点政策2012 自民党」より、2012年11月21日発表)

[解説]
 2012年末の総選挙にさいして、安倍晋三さん率いる自民党が発表した政権公約の一部です。民主党のマニフェストほどの大盤ぶるまいではないにしろ、かなり魅力的な自己アピールです。「天下りを根絶します」という部分に至っては、完全にダブっています。
 この政権公約が世に出てから十年以上、自民党は政権の座に居座っていますが、どのぐらい実現できたのでしょうか?
 政権公約集の表紙を飾った最初の「日本を、取り戻す」という未来形だけは完全に叶えられました。自民党は選挙で大勝して、文字どおり民主党から日本を、取り戻したわけだから。
 自民党のみなさんにとっては最高に甘かったのでしょう。


永遠の未来形

 政界語では、ちょこちょこ使われる未来形がもうひとつあります。つぎの文例を読んでください。

[文例]
国民の皆様に疑念を与えた結果となったことについては深く反省し、襟を正し、今後とも誠実に説明責任を果たしてまいりたいと考えております。(安倍晋三総理、2018年6月25日、参議院にて。肩書きは発言当時のもの)

[解説]
「国民の皆様に疑念を与えた結果となった」のは、具体的には森友学園問題とそれに関する財務省の公文書改竄かいざん、および加計かけ学園問題を指します。つまり信頼されない政治の代名詞ともなったモリカケです。マニフェストに記された「真の政治主導による信頼される政治を実行」するとの未来形を信じたのはやっぱり甘かったといえますね。なお、「桜を見る会」問題がなぜふくまれていないかというと、この時点ではまだバレていないからです。
 安倍総理が「誠実に説明責任を果たしてまいりたい」と言っているんだから、当然、将来のある時点で誠実に説明責任を果たしてくれるだろう、と解釈するのはふつうの日本語の感覚。でも、じっさいに説明責任を果たしてくれるのは、いつまでも将来の不特定の時点にあったのです。「果たしたい」とか「果たしていかなければならない」とか「果たしていく考えだ」とかと永遠にくり返しただけです。
 これこそが永遠の未来形
 永遠の未来形は、「〇〇をする」「〇〇をしたい」などという形をとり、意思を表すふつうの日本語となかなか区別がつきません。ただ、肝心な「〇〇」が未来永劫えいごうにわたって実現しないところにその特徴があります。
 いつやるか? いまじゃないでしょ!
 それが永遠の未来形なのです。

★ 安倍首相のダチが理事長を務める加計学園に政府が不当に便宜をはかったんじゃないかという疑惑。


[補足]
 安倍総理の「今後とも誠実に説明責任を果たしてまいりたい」のような発言の文法について、政界語学界では、永遠の未来形説を否定し、別の学説を唱える向きもあります。
 まず、つぎのちょっと不自然な会話文を読んでください。

 ――永遠の愛を誓います。
 ――お断りします。
 ――頼むよ。
 ――厳重に抗議したいと思います。
 ――じゃ、撤回します。

 ロボットのような奇妙な求愛のしかたですが、言語学的には、これらの発話はいずれもたいへんおもしろい特徴を備えています。それぞれの動詞の使い方に注目しましょう。一般的な動詞の使い方とはちょっと違うのです。

「ぶつ」という動詞を例にとってみましょう。「ぶつよ!」と言えば、ぶつという行為をおこなうことの予告になります。ぶつのをやめようと思えば、まだまにあいます。しかし、この会話の動詞はそうではありません。たとえば「永遠の愛を誓います」。「誓います」と言えば、誓うという行為をおこなうことの予告ではなく、誓う行為そのものです。言ってから、誓うのをやめようと思っても、もう遅い。

「お断りします」も「頼む」も「撤回する」もしかり。

「厳重に抗議したいと思います」も、形式的には意思表示の形をとっていますが、やはり厳重に抗議するという行為の予告ではなく、厳重抗議そのものです。

 言語学では、このように使われる動詞は「遂行すいこう動詞」といい、このような文章は「遂行文」といいます。

 さて、この話は本題といったいどういう関係があるのでしょうか。

 安倍総理の「誠実に説明責任を果たしてまいりたい」は、ニセ遂行文ととらえるべきだ、という一説があります。つまり、「誠実に説明責任を果たしてまいりたい」と言えば、誠実に説明責任を果たしたことになる。言っているご本人はそう勘違いしているんじゃないか、という説です。たしかに、そう解釈すると、安倍総理の前後の言動とつじつまがあいますね。

 どの説をとるかは、受講生のみなさんの自由です。


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 本連載のオリジナル版が、『ニッポン政界語読本[単語編]——ぼかし言葉から理念の骨抜き法まで』『ニッポン政界語読本[会話編]——無責任三人称から永遠の未来形まで』として2冊の本になりました(ともに、イアン・アーシー=著、ひらのんさ=イラスト)。異言語の学習や総選挙の予習に、ぜひ、お求めください。

 

イアン・アーシー
カナダ人のフリー翻訳家、ことばオタク。1962年生まれ。1984年から3年間、日本の中学校で英会話講師を務めるとともに、日本語を独学で習得。現在、日本在住。翻訳のかたわら、古文書解読などの研究にいそしむ。漢字に目がなく、永遠の日本語学習者を自覚。古代ギリシア語オタクでもある。趣味は史跡巡り、筋トレ、スキンヘッドの手入れ。著書に、『怪しい日本語研究室』(新潮文庫)、『政・官・財(おえらがた)の日本語塾』『マスコミ無責任文法』(ともに中央公論新社)がある。本書は20年ぶりの著書となる。