拾いもの探偵の取材帳|第6回|波が運んだ巨人の涙|谷本雄治

※一部、刺激の強い写真は小さくしてあります。写真をクリックすると拡大されるので、好奇心旺盛な方はどうぞごらんください
第6回
波が運んだ巨人の涙
ダイダラボッチの
涙に浮かぶもの
水族館で、おかしな生きものを見た。水深200〜600メートルの海底にすむという、オオグソクムシだ。
体長はおよそ15センチ。戦国時代の武者が身につけた具足(甲冑)に想を得た命名だろうが、見た感じは巨大なワラジムシでしかない。それでも深海で果たす役割は重要で、深海スカベンジャー(掃除屋)として魚の死骸などを片づける。好き・きらいはともかく、見た目のインパクトは抜群である。
スカベンジャーつながりで、オオグソクムシの10倍も深い海にいる巨大ヨコエビの存在も知った。体長はオオグソクムシのざっと2倍の約30センチ。その名前がまたスゴくて、日本での通称はダイダラボッチというのだそうだ。そんじょそこらの巨大生物も真っ青だろう。
身長数万メートル説もある本家のダイダラボッチとは比較にならないまでも、海岸で見るヨコエビの多くは1センチに満たない。かりに1センチのヨコエビとくらべれば、ダイダラボッチはその30倍。人間でいえば身長50メートルにもなる。
伝説の大男・ダイダラボッチはデーラボッチ、ダイダラ坊、ダダ星など、土地によってさまざまな名前でよばれきた。その巨体を生かして軽々と山を運び、大地を削る。近江の土を掘って富士山をつくり、その掘り跡が琵琶湖になったとか。こぼした涙がたまって浜名湖ができたとも伝わる。
「ふーん、なるほどねえ」
ダイダラボッチの伝承を思い出したのは、家族で山梨県に出かけたときだった。自然散策路を歩いていくと、目の前に突然、池が現れた。それで、もしかしたらダイダラボッチの涙でできたのかも、なんて夢想した。
茶色い玉がいくつも浮かんでいた。
「あれ、クルミじゃない?」
「そのようだな。それにしても、皮がきれいにむけてるなあ」
若いクルミはまるで、青梅だ。それを見たことがないと、「クルミ」のもとの姿は想像できない。
池に浮かぶクルミははじめてだったが、海岸ではめずらしくない。千葉市に住むこともあって年に何度かは海辺に出かけ、そのたびに漂着したクルミを拾ってくる。
うっかりすると、桃や梅干しのタネとまちがえる。きれいなクルミ形をしたものだけでなく、スパッと半分に分かれたもの、側面を何ものかにかじられたようなものも落ちている。
そんなのを見つけるとつい、知ったかぶりをして話す。
「あー、そのまっぷたつに割れたのは、リスが食べたものだな。横穴が開いているのは、ネズミがかじったクルミだ」
動物の本にも書いてあるから、基本的には正しかろう。だが、横穴タイプはまだしも、ふたつに割れたものはカラスのしわざとも考えられる。
国内には数種のクルミがあり、山で見る多くはオニグルミだ。ところが浜ではオニグルミとともに、ちょっとスリムなヒメグルミにも出くわす。
「ヒメグルミって、クルミらしくないね」
「だな。しかし、それよりも、いつか見た何かに似ているような⋯⋯そうだ、浣腸の容器だ!」
その名を口にするのは、何年ぶりのことか。子どものころはたびたび世話になったが、成人してから使った記憶はない。それでもあの独特の形はまちがえようがないし、現に浜で見たこともある。
「浣腸はともかく、そいつはたぶん、ヒメグルミだな。図鑑にあったような気がする」
「へえ。外国から来たの?」
「いやいや。山の川から流れてきたんじゃないか」
山梨の池にあったオニグルミは、あの池から出ようがない。歌の文句ではないが、せいぜい、ドジョウと遊ぶくらいだろう。だが川に落ちたヒメグルミなら、桃太郎の桃のようにどんぶらこと流れ流れて、海にたどり着いてもおかしくない。
浜のヒメグルミは意外に多い。家族でよく行く海岸に限れば、5個に1個はヒメグルミだ。
「またあった」
「まさか、使用ずみの浣腸じゃないよな」
冗談を言いながら、写真を撮ったり、拾ったりした。しかしそれも、何度も続くとさすがに無視するようになる。
ところが、その日は違った。
秋の終わり、南房総市の浜辺だった。
謎の漂着物
「これ、なーに?」
海藻の切れ端や杉の実、木の枝の破片などが混じる波打ち際で、いまひとつ形のはっきりしないものを家族が見つけた。
桃か梅干しのなれの果てではないかといわれれば、そう思える。いやいや、クルミの一種だろうと意見されたら、うん、まあ、そういえばヒメグルミにも見えると答えそうだ。ヤシの実にも似ているというなら⋯⋯ヤシ科のなかにはちいさな実をつけるものがあるかもなあ、と応じそうな得体の知れない物体だった。ほぼまちがいのないところでいえば何かの植物の実かタネであり、海を漂ううちに果皮がむけたか腐ったものだろう。
鳥かネズミがかじった跡なのか、先端とおぼしき部分が欠けていた。
「ねえ、どう?」
「えーっと⋯⋯浣腸でないことは確かだ」
それらしい木でも近くに生えていて、それっぽい実がなっていたらありがたいのだが、そんなものはない。いつものように、まあそのうち、ということで茶をにごし、次へと向かった。浜辺はそこだけではない。
房総半島が暖地だと実感するのは、南の島でよく見るデイゴやソテツがなんの違和感もなく生えているのを見たときだ。沖縄や奄美ではめずらしくないクロマダラソテツシジミという小さな蝶も侵入・定着したと聞くから、できればそれも見てみたい。その名のとおり、幼虫時代はソテツの葉をえさにする。
「ソテツシジミやーい」
心のなかで呼びかけながら、葉の隅ずみに目をやる。だが、そうかんたんに見つかるものではないのだろう、ソテツシジミならぬソテツをしみじみとながめるだけに終わってしまう。
ソテツは原始的な裸子植物で、雄株と雌株に分かれる。トウモロコシの芯のような形をしたのが雄花、ドーム型の屋根に鳥の羽根をくっつけたようなものが雌花だという。成長が遅いうえに雄株と雌株が近くにないと受粉・結実しにくく、十数年にいちどしか花は見られないと園芸家が話していた。そうなるとさて、蝶とソテツの花のどちらを見るのが難しいのか⋯⋯。
愚問も気にかけていることが重要らしく、花との出会いはほどなく実現した。九十九里浜にある宿の庭で、写真でしか見たことがなかった雌花に遭遇したのである。
想像していたよりも複雑なつくりだ。ドーム型といえばそのとおりなのだが、こぼれ落ちそうな朱色の卵をかき集めようとしている鳥の羽根のように見えた。
いくら原始的な植物でも、鳥と合体するわけがない。だからそれは卵ではない。朱色の皮をかぶったソテツのタネというべきだろう。
ひとつとり出そうと、手をつっこんだ。
その瞬間——。
「痛っ! いててて⋯⋯」
タネを守るしかけなのか、羽根のような大胞子葉の先端部はとがっていて硬い。そして葉の付け根にあるとげと呼応し、侵入者である手をチクチクと刺す。それでもなんとかとり出したタネの朱色の皮は、タネにぴったり張りついていた。
涙の連想のさきに
見えた正体
何かに似ている。
どことなくチューリップの球根を思わせるが、皮の張りつきぐあいが違う。雰囲気的には浜で拾ったヒメグルミに近いものの、朱色の皮が目立ちすぎる。それでも、しずくのような、一滴の涙のような形状が、チューリップやヒメグルミを連想させた。
皮をとりのぞこうとしたが、うまくいかない。痛みをこらえてもうひとつとり出そうか⋯⋯と思ってなにげなく見た足もとに、皮がとれてほぼむき出しになったものが落ちていた。
拾いあげて、土を払う。
それは、南房総市の浜辺で見つけた謎の漂着物に酷似していた。あの先端は欠けていたが、地面にあったソテツのタネは、先っぽがつくんととがっている。
拾いもの探偵のアンテナが、ゆっくりと反応した。
あの浜辺で、ソテツは見なかった。だが、おそらくは近くに生えていて、そこからこぼれ落ちたタネが海に入ったのだろう。遠くから流れついた可能性も否定できないものの、ソテツのタネであったことはもはや揺るぎようがない。
ソテツのタネには有毒成分がふくまれる。知らずに食べて運が悪いと、命を奪われる。それでもかつての食糧難の時代には沖縄や奄美で食べようと試みる人が相つぎ、「ソテツ地獄」なることばまで生まれた。拾いものの正体がわかったのはうれしいが、ソテツのタネにまつわる話は、涙なしには語れない。
それでも奄美にはいまも、ソテツを原料の一部に使った「ナリみそ」づくりの伝統が受けつがれている。毒も悲劇も乗りこえた島の人びとの生活力には頭が下がる。
拾ったソテツのタネの中身をとりのぞき、ツバキやドングリと同じような笛にした。
唇に当て、鳴らしてみた。
ひゅおーん——。
どことなく悲しげな音がした。
谷本雄治(たにもと・ゆうじ)
プチ生物研究家・作家。1953年、名古屋市生まれ。田畑や雑木林の周辺に出没し、虫をはじめとする、てのひらサイズの身近な生きものとの対話を試みている。肩書きの「プチ」は、対象の大きさと、研究もどきをたしなむという意味から。家庭菜園ではミニトマト、ナスなどに加えて「悪魔の爪」ツノゴマの栽培に挑戦し、趣味的な“養蚕ごっこ”も楽しむ。著書に、『雑草を攻略するための13の方法 悩み多きプチ菜園家の日々』(山と溪谷社)、『地味にスゴい! 農業をささえる生きもの図鑑』(小峰書店)、『きらわれ虫の真実 なぜ、ヤツらはやってくるのか』(太郎次郎社エディタス)など多数。自由研究っぽい飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。
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