冒険と探究|第2回|〝見たことのない景色〟を求めて|北田雄夫

第2回 〝見たことのない景色〟を求めて
冒険と探究を循環させる
ぼくはいま、地球のはてを走っている。地平線の先まで広がる砂漠、獣や虫であふれる密林のジャングル、天まで届きそうな山岳、生命が生存困難になる氷原。道なき道を駆けぬけて、時を忘れて無心で歩みつづける。心身が限界に達すれば大地に横になり、希望と感謝をいだいて朝日を拝む。行くか退くか。何万回と自問自答をくり返し、己の生身ひとつで進みつづける。そんな、ネットやAIでは味わえないリアルな冒険の先にある〝見たことのない景色〟に、ぼくは魅了されてきた。
アドベンチャーランナーとなって12年。中学生で陸上部として走りはじめてから30年が過ぎた。人生の4分の3を走ることが占めている。はじめから、こんな自分になるんだ! といった明確な夢をもっていたわけではない。社会や極地で生きぬく術をちあわせていたわけでもない。むしろ、小心者でぐじぐじとした人間だったし、レース中にはいつもおなかを下して困っている。
才能にあふれた人間ではないからこそ、ぶつかりながら得てきた〝続ける技術〟や、極限のなかで感じた〝生きる喜び〟をみなさんと分かちあいたい。
「冒険」と「探究」。似たような意味にも感じられるが、ぼくは「冒険=外に踏みだすこと」、「探究=外で見つけたものを内側へとりこみ、理解を深めること」と考えている。その両方に取り組み、循環させることで、人生が豊かに広がりつづけてきた。ぼくの冒険と探究は極端であるかもしれないけれど、世界のだれも歩んだことのない道のりから学んだことを、前向きになれることばにしてつづろうと思う。

人間としての総合力が試される道に挑みたい
なぜアドベンチャーマラソンに挑むか。ほかのスポーツもあったのでは? そう聞かれることも多い。
似た競技にトレイルランニング(以下、トレラン)がある。日本でも世界でも盛りあがりを見せているし、じっさいにぼくも参加することが多い。トレランはおもに山の登山道やトレイル(森や海岸などの未舗装路)を走る。軽量な荷物で、自然と一体になって颯爽と走るおもしろさは、とても大きい。
ほかにもうひとつ、アドベンチャーレースという競技もある。男女混合の3~4人チームで、カヤック、マウンテンバイク、ランニングの3種目をおこなう。秘境が舞台になることもあり、仲間と力をあわせて、道なき道を進む冒険はとても魅力的だ。
だが、それらをぼくは選ばなかった。だれもやってないことをやりたかった。できるかぎりフィールドを限定されない、想像できないような世界と未来に飛びだしていきたかった。もっと言うならば、走りつづける体力に加え、多種多様な自然への順応、心身のマネジメント、答えのない道のりへの創意工夫、そして生死に向きあうこと。ひとりの人間としての総合力が試される道に挑んでみたかった。
その背景に、燃えるような毎日を過ごしたいという思いがあった。中学から大学までの10年間を陸上競技に注いだ。アルバイトはせずに、毎日トレーニングを重ね、競技へと没頭した。その後、社会人になると、走っているだけでは生活はできなかった。プロでもないから、あたりまえだ。理解はしていた。
それでも、歳を重ねていくなかで、さきが見えてくる自分の人生。30歳のとき、働いていた会社を辞めて、アドベンチャーランナーとして生きていく道を選んだ。
この道で生きていける可能性は不明。前例がない。安定を手放したあとの生活を想像すればするほど、不安で押しつぶされそうなる。
心揺らぎそうなときに思い出す存在
そんなときに心を支えくれたのは母の口癖だ。「なせば成る、なさねば成らぬ、何ごとも」。江戸時代の米沢藩藩主、上杉鷹山のことばで、「成しとげようという意思をもって行動すれば、何ごとも達成へと向かう。あきらめて努力しなければ、実現はしない」という意味である。ふだんの母は大阪人らしく冗談を言うのだが、ときおり武士のような熱いことばをほほえみながら口ずさんでいた。ぼくはその情熱的な血を受けついだんだろう。そのおかげもあり、30歳でアドベンチャーマラソンの世界に飛びこんで、これまで幸いにも挑みつづけてこられた。
だが、挑めば挑むほど、より危険の多いレースが増えていく。感染症、骨折、凍傷、足裏の変形などのけがや病が降りかかり、40代に入って落ちていく体力。2020年に結婚をして家族もできた。いつまでも心躍る挑戦をしつづけ、経済的にも社会的にも安定した日々を送りたい。だれもが思っていることかもしれないが、レースも生活もアドベンチャー(不確実)であるがゆえに、いっそう悩みはつきない。
心揺らぎそうなときにもうひとり、思い出す方がいる。トライアスロンで計226kmを走破するアイアンマンレース。その世界最高齢完走記録を持つ稲田弘選手。92歳になられてもなお現役選手であり、「(挑戦することは)楽しいんじゃなくて、うれしくてしょうがない」。そのようにYouTubeでお話しされていた。いくつになっても挑みつづける姿にあこがれるし、挑戦できることは幸せなんだと、いつも初心を思い出させてもらっている。ぼくもまだまだチャレンジしつづけていく。

日々の暮らしが冒険を支える
2014年にはじめてから20レースを走破した。レース総距離1万2000km。費用2000万円を超えた。
余談だが、じっさいは22レースに挑んだものの、ふたつはトラブルで記録なしとなった。
そのひとつは2016年のナミビア/ナミブ砂漠250kmレース「Sahara Race」。飛行機が遅延して、乗りつぎがかなわず数日遅れに。スタートにまにあわず途中参加となった。もちろん参加費や航空券代は返ってこない。泣きたくなる思い出だ。
もうひとつは2018年のピレネー山脈横断866km「Trans Pyrenea」。開催1か月前に急遽中止となり、自主レースでおこなうことに。せっかくなら地中海から大西洋へ行こう! と、レース予定にはなかった海からのルートを42kmつないで踏破した。
各レースの完走率は難易度によってさまざまだが、難しいレースでは20%ほどの完走率となる。ぼくはこれまで出場したすべてのレースでゴールすることができた。その20レースのすべてをリタイアせずにゴールする確率を調べると、0.004%。2万5000回挑んで1回かなうという、とても小さな確率だった(完走率不明の4レースは完走率100%で計算)。
ぼくのレースを支えたものはなんなのだろうと考えると、最後は日々の暮らしにたどり着く。「完走」と書いたが、レースでは歩くことも、休むこともある。また、日常と同じように、祈ること、結ぶこと(つながること)、生きること。それらの営みからもアドベンチャーマラソンは成り立っている。
新しいことに一歩踏みだす力。感情やモチベーションに左右されない習慣。継続を可能にするための身体と生活基盤。これらについても、冒険と並走しながら、これからの連載でつづりたい。みなさんが取り組まれるスポーツや仕事や生活において、よい気づきになればうれしい。そして、いっしょに冒険を楽しみ、見たことのない景色を見にいければ、とてもうれしい。

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現在、筆者は極寒のアラスカ1600kmを駆けぬける「Iditarod Trail Invitational 1600km」に挑戦中です。こちらのウェブサイト(英語)では、現時点の筆者の状況を知ることができます。
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https://trackleaders.com/iti26f.php/
北田雄夫(きただ・たかお)
アドベンチャーランナー。1984年生まれ、大阪府堺市出身。中学から陸上をはじめ、近畿大学3年時に4×400メートルリレーで日本選手権3位。就職後はいちど競技から離れるも、「自分の可能性に挑戦したい!」とふたたび競技をはじめる。2014年、30歳からアドベンチャーマラソンに参戦。17年、日本人としてはじめて「世界7大陸アドベンチャーマラソン走破」を達成。24年には三大極地1000km超レース(砂漠、山岳、寒冷地)を世界初走破。現在は、最難関レースであるアラスカ1600kmの10回走破をめざし、挑んでいる。23年からは足の神様・服部天神宮の神主としても奉職中。著書に『地球のはしからはしまで走って考えたこと』(集英社)がある。
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